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    はるち

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    はるち

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    絶対にリーの料理を食べたくないドクターと食べさせたいリーによる攻防戦のお話

    #鯉博
    leiBo

    Super size you 大事な話があるから執務室に来てくれ、と言われたのが今朝のことだった。自分の仕事が片付いてから来てほしいから夜遅くになると思うが大丈夫か、とドクターは言ったけれど、しかしそれを無碍に出来るような空気ではなかった。一体何を申し付けられるのか。過酷な任務の命令であればまだマシだろう。契約の破棄か、あるいはもっと悪い何かか。悪い想像を追い払うように、執務室の扉の前で一度頭を振ったリーは、努めて高らかにドアをノックした。
    「ドクター?いいですかい?」
     どうぞ、という声で中に入ると、そこにはもうドクターの姿しかない。もう夜も遅い。今日の秘書は帰った後なのだろう。ひとりきりで仕事をさせるくらいなら自分が手伝ったのに、と言いかけて、一体いつから自分はこの人にこんなに甘くなったのかと苦笑する。
    「仕事は片付きましたか」
    「なんとかね」
    「そりゃ重畳。……で、話って?」
     デスクの前に立つと、両手を組んで天板に肘をついたドクターが、顎を指の上に預けてこちらを見上げる。今から汎用人型決戦兵器に乗り込んでパイロットとして出撃して欲しいと言い出しそうな雰囲気さえある。いや、そんな物語にはとんと覚えがないが。
    「今回のロドス滞在は一ヶ月だったか?」
    「そうですねえ、それくらいのつもりですが」
     まさか本艦を離れて任務に付けとでもいうのだろうか。この人が恋人としての蜜月よりも指揮官としての責務に重きをおいていることは理解しているし尊重もしているが、しかし実際にそう言われたときに落ち込むくらいは許して欲しい。最悪の予想が現実にならなかっただけマシと思うべきか、とリーは腹を括ったが、しかしドクターの言葉は想像を超えていた。
    「君が本艦にいる間、……私に料理は作らなくていいから。その腕は、食堂で君を待っているオペレーターたちのために振るうと良い」
    「……は?」
    「あ、あと私はしばらくジュナーとドーベルマンの訓練に付き合うことにしたから。君と一緒に居られる時間が減ると思うけど、許してほしい」
     それで言いたいことは終わったというようにドクターは両手をほどき、出口はあちらですと扉の方を指し示したが、しかしこちらとしては何も終わっていない。一体何を言っているんだこの人はと正面から傍らに周り込んで、ドクターを見下ろすと、デスクを挟んで相対していたときよりも余程如実に二人の体格差を感じる。
    「一体どうしてです、おれの料理にはもう飽きたっていうんですか?」
     確かにロドスには自分以外にも料理のうまいオペレーターはいるだろうが、しかし炎国の伝統料理に関しては自分が一番であるという自負があり、例え他国の料理であっても、準備期間さえ与えてくれればそれなりのものは作れる。
    「この前会った時はあれだけ楽しみにしていてくれたじゃないですか」
     毎日のように君の料理が食べられるのが楽しみだ、早く本艦に来てくれないかなあ、と。例えそれが閨にいるときだけの睦言であったのだとしても、その期待に応えられることを自分も楽しみにしていたのに。
     泣き落としが通じるような相手ではないことはわかっていたが、しかし泣き真似は思いの外響いたようだった。数拍の沈黙の後で、ドクターは言った。
    「……った、から」
    「は?」
     いやに歯切れが悪い。戦場で指揮を取っている時とは大違いな声に、思わず聞き返す。それが逆鱗に触れたようだった。
    「ふ、太ったんだよ!君の!料理を食べるようになってから!」
    「は、はあ」
    「新年のパーティーで着る用のドレスをロベルタに選んでもらったときに、前と同じでいいよって言ったら、今のドクターには別のドレスのほうが似合うって!」
     おかしいと思い、以前のドレスを自分で着てみたところ――、サイズが、合わなくなっていたのだという。
     ロベルタはランクウッドでその名を馳せたメイクアップアーティストだ。すなわちニトログリセリンよりも取り扱いに注意と繊細さを要する女優という生き物を相手にしてきたのであり、なるべく直接的な言及は避けたのだろう。しかしドクターは放っておけば自力で答えに辿り着く。それが正しいかは別の問題であるが。
    「太ったって……、そんなに体重が増えたわけでもないでしょうに」
     白衣という身体のラインが出にくい服を着ているが、しかしぱっと見は最後にあった時と変わらない。いや、徐々に体重が増えたのであれば気が付かなくとも不思議ではないが。それ以上を確かめようと思うのなら、一旦服を脱いでもらわなければならない。
    「でもこの前のドレスがきつくなってたんだよ」
    「どこがですか?そんな風には見えませんが」
    「世辞はいい。胸の辺りがきつくなっていたんだよ。あれじゃあ息が詰まる」
    「……ほーお」
     胸、胸か。胸と来たか。
     リーはじっくりとドクターの全身、主に胸部に視線を注いだが、しかしドクターはその意味にはまるで気づいていない。おそらくは自分の発言の意味にも。リーが押し黙ったのを良いことに、自分の考えをまくし立てている。
    「これはもう絶対に太った。間違いない。君が私に食べさせては寝かせてばかりいるからだ。痩せるしかない。もうトレーニングの日程は組んである、ジュナーに協力してもらって、次のパーティーまでには――」
    「――いや、その必要はないでしょう」
    「は?」
     ひょい、とリーが脇の下に手を入れてドクターの身体を持ち上げる。まるでぬいぐるみのようだった。ドクターが何をされているのかわからず、呆然としていたのは瞬き一つ分の時間で、おろしてくれと両足をばたつかせたが、リーにとっては可愛いだけの抵抗で、蛙の面に水もいいところだった。この場合は鯉かもしれないが。
    「ロベルタさんが代わりのものを選んでくれるんでしょう?じゃあそれでいいじゃないですか」
    「は、いや、そういうわけには」
    「それよりおれとしてはドクターのどこに肉がついたのかが気になりますねえ」
    「いや、あの、まだ仕事が残って」
    「仕事が終わったからおれを呼んだんですよね?ドクター」
     口八丁と三寸不欄の舌の前では正に八方塞がりだった。
     リーがドクターを抱えて向かう先には仮眠室が在る。デスクで突っ伏したまま眠るのは体に良くないという医療部からの提言で執務室に設置されたものだ。これがあるとドクターが私室に戻らくなる、と一部のオペレーターからは不評を買っており、リーもその一人であったのだが、まさかこんな形で役に立つ日が来ようとは。
    「本当に太ったのか、今から確かめましょうよ。――大丈夫です、本当に太っているなら、おれがちゃーんと、責任を取りますから」
    ドクタァ、と呼ぶ声は蜂蜜のように甘いが、そこにドクターを逃がす意思はない。
     かくして悲鳴とともにドクターはリーと仮眠室で一晩を過ごすことになり、翌日のジュナーたちとの訓練には初日から遅れての参加となったのだが、しかし遅刻の連絡はリーがあらかじめ行っていたので大事には至らなかった。
     後日、食堂で昼食を取っているドクターは、効率を重視した携帯栄養食でなくて良いのかという通りすがりのオペレーターによるからかい混じりの質問に、溜息とともにこう答えている。
    「あなたはまだまだ成長期なんだから、ちゃんと食べなさい、って言われたからね」
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    はるち

    DONEドクターの死後、旧人類調技術でで蘇った「ドクター」を連れて逃げ出すリー先生のお話

    ある者は星を盗み、ある者は星しか知らず、またある者は大地のどこかに星があるのだと信じていた。
    あいは方舟の中 星々が美しいのは、ここからは見えない花が、どこかで一輪咲いているからだね
     ――引用:星の王子さま/サン・テグジュペリ
     
    「あんまり遠くへ行かないでくださいよ」
     返事の代わりに片手を大きく振り返して、あの人は雪原の中へと駆けていった。雪を見るのは初めてではないが、新しい土地にはしゃいでいるのだろう。好奇心旺盛なのは相変わらずだ、とリーは息を吐いた。この身体になってからというもの、寒さには滅法弱くなった。北風に身を震わせることはないけれど、停滞した血液は体の動きを鈍らせる。とてもではないが、あの人と同じようにはしゃぐ気にはなれない。
    「随分と楽しそうね」
     背後から声をかけられる。その主には気づいていた。鉄道がイェラグに入ってから、絶えず感じていた眼差しの主だ。この土地で、彼女の視線から逃れることなど出来ず、だからこそここへやってきた。彼女であれば、今の自分達を無碍にはしないだろう。しかし、自分とは違って、この人には休息が必要だった。温かな食事と柔らかな寝床が。彼女ならばきっと、自分たちにそれを許してくれるだろう。目を瞑ってくれるだろう。運命から逃げ回る旅人が、しばし足を止めることを。
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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