first name「ふるや、れい」
自分以外誰もいない空間に、その声は零れ落ちた。
発生源は疑うまでもない、自分自身だ。
高すぎるということもないが、低くもない。
高低差など声帯の振動数によって決まるものだから、そこに性格的な意味を内包することなど無い筈だが、どこか冷たく聞こえると自分では思っている。
けれどもそんな自分の声が紡ぎ、静寂に包まれた部屋に満ちた響きは、とても綺麗だと思った。
眼前にかざしたスマートホンの登録者名のひとつに、その名前はある。
連絡先を交換したのは、随分と前の話だ。
「本名で登録して問題は無いのかしら」と尋ねると、「僕はできないけど、君はご自由に」と返されたのを思い出す。
立場上、近しい知人を本名のまま登録しておくことは、彼が危機に直面した折に巻き込む可能性があるからだろう。
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