鬼百合「鬼百合の話を聞いたことがあるかい」
そんな風に耀夜が話し始めた。昼に悲鳴嶼を呼び出して、時候は丁度百合の咲く夏だった。自分が産まれたのもこんな時候だったと聞いた事がある。
産屋敷家の、戸障子を締め切った部屋の中で耀夜は涼し気な顔をしていた。悲鳴嶼には耀夜の貌が見えない。ただ涼しくやわらかで甘い彼の声に陶酔する心地がしていた。
「百合でございますか」
「そう、鬼百合だということだよ。人知れず谷間に数多群れ咲く。その百合は、鬼を倒すと翌日にはまた一茎伸びて咲くのだと。そういう風に元隊士の育手から、手紙を貰ったことがある」
「然様ですか」
「不思議だね」
「南無……」
「無惨の血の為す怪異かも知れないね」
耀夜が手元の湯飲みからお茶を少し飲んだのが悲鳴嶼に聞こえていた。
2035