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    エスデュwebオンリー開催おめでとうございます!
    webオンリー参加が初めてなので少し緊張します。 それでもエスデュの愛する住民として未熟ながらも文一編を準備しました。
    素敵な翻訳はネンネさん(@dont_nenne)がしてくれました。 ありがとうございました!


    <attention>
    *「愛してるゲーム」するエスデュの話
    *めっちゃ喋る監督生がいます。

    これはゲームじゃない








     空は青く、雀は囀り、1年生を悩ました相次ぐテストと課題があらまし終わる日になった。暗記科目が大嫌くてテストの前日になってから本にさっと目を通すだけだったエースにさえ自ら勉強させた、地獄の週間だったと言っても言い過ぎではないくらいだった。まさに名門魔法士養成学院らしい学事日程であった。そうしてやっとしばらく息抜きする暇が出来て、学業で疲れていた監督生たちは事前に企てた通り、友人たちを呼び集めて夜っぴて食べたり飲んだり騒いたりして遊ぼう、という遠大な計画を実行しようとしたのだ。




    ⋆ + * ♥ * + ⋆




    「もうお前がない人生なんて想像もできない。デュース、愛してる」
    「………」

     皆が息を詰めている内に、目の前から告白されたデュースは何も言わず乾燥な顔でエースを眺めている。ゲストルームの真ん中。ソファにたむろしに座っている1年生たちは、お互い向き合っているエースとデュースをじっと目凝らす。ごくり、と誰かが緊張という唾を大きく飲み込む。それぞれ自分なりの期待を抱いて告白された人からの答えを静かに待っている。こうして皆の前で、友人(マブ)の一人であると同時に腐れ縁である人物から告白された当人のデュース•スペードは、細かく眉を蠢いて、無表情な顔で堅固に耐えている。数秒間の短い沈黙がまるで1時間のように感じられる。普段のエースだと信じられないほど、慎重で揺るぎない目つきと静まって賢く優しい声。どう見ても模範的で望ましい、相手が女だったら誰でも惚れそうな恰好いい告白だった。

    「…ごめん」

     しかし告白された当人のデュースは、大きな反応は見せず平気な顔で断りの言葉を言い捨てた後、エースから目を逸らした。一瞬顔が強張ったエースのことを見流したデュースは向うに座っているジャックに向かって口を開く。

    「ジャック、いつも信じて頼んでるぞ。お前は僕の知っている奴らの中で一番カッコイイ奴なんだ。愛してる」
    「すまん。ふむ…、グリム……お前はいつも我儘だが、それが一番お前らしくて… ま、悪くねぇと思うぜ。愛してる」
    「ふ"なあっ!! やっぱりこれキモいんだゾ! ここの毛逆立ったの見るんだゾ!」
    「ははっ、グリム君脱落だね」

     監督生の腕で縛られたままこの雰囲気を全く耐えられなくて暴れるグリムを見た皆が声を出て笑う。そうだ。今彼らは「愛してるゲーム」をしているところだ。「愛してるゲーム」を簡単に説明すれば、「愛してる」と言われて照れるか大笑いすると負けになるゲームだ。どうして女一人もなく、どんよりした男たちが集まってこういうゲームをしているのかは余所にしよう。ただ、既にボードゲームとオルトの持ってきたゲーム機で思いきり遊び切った彼らは、お菓子と飲み物などが散らかされたテーブルを囲み座って雰囲気に酔ってしまい、酒のゲームを―実際のお酒なんて一滴もないにも関わらず―始めてここまで来たとは言える。その中には、監督生が「自分の世界にはこんな面白いゲームもあるよ」と紹介した「愛してるゲーム」が含まれていたのだ。
     脱落したグリムを置いておいてゲームが再開される。今度はジャックが監督生に「愛してるぜ」と伝えたが、監督生は笑顔でそのままデュースに答えを返す。

    「ごめんね、ジャック。自分はデュースが好きだよ。愛してる!」

     どう見ても親友の仲でたまに言う茶目なセリフだった。デュースは嫌ではないのか少し微笑んでしまそうになった顔面筋をようやく取り締まって、真っ直ぐエースの方に振り向かう。

    「ごめん… 監督生。僕にはエースしかいないから、受けてあげられないんだ。エース、先の告白、断って悪かった。実は僕もお前のことが… 大好きなんだぞ。愛してる」
    「…!」

     突然始まった痴情ドラマみたいな状況に皆が興味津々だと言うような表情だ。だんだん「愛してるゲーム」とは距離が遠くなる感じだが、面白いからいいではないか。

    「………」

     皆がデュースとエースのことを注視しているところ、今度は告白された当人のエースの頭の中が一瞬真っ白くなってしまう。他の奴らと同じく、監督生とデュースのやり取りを興味深く見詰めていたエースは急にデュースから矢が向けられるとは想像もできなったので、やにわに急所が叩かれたような感じだった。それも何故か正面に。そのせいだろうか。いつものエースなら図々しい態度でさっさとデュースの調子を合わせるはずだったが、今はそうできない。

    「え、ち、ちょ… ふはっ!」
    「はははっ!」
    「エース脱落なんだゾ!」
    「ぷっ、いや待って!」

     早速何でも言わなくちゃ、と思って少しぼんやりしていたエースは口をくぱくぱしたが、何も言えず代わりに笑いを噴き出した。下心なんか1ミリも無さそうなサッパリした顔で眺めているデュースと見合っていたら、わけもなく胸がわくわくして思わず大笑いになったのだ。

    「ふっ、しょぼい勝利だな」
    「はあ?告白するならもっとカッコよくしなくちゃダメじゃん、デュ~スくん?お前こそしょぼい顔で愛してる~なんて、ウケるでしょ!笑うしかねーんだもん」
    「そう言ってもお前が僕に負けたという事実は変わらないんだぞ」
    「はーあ?やるくりしないでしっかりしろよ。お前がちゃーんとしたらオレも笑わなかったんだよ」

     そろそろ無意味な口喧嘩になる前に監督生が二人の間を取り持って、一応一区切り付く。そうして脱落したグリムとエースを置いておいてゲームがまた再開される。順序に回り、今度はセベクがエペルに「愛してる」と伝わったら、エペルは照れる気配もなく突っぱねた後、新しい狙いを探し求める。まるで獲物をあさる肉食動物のように周りを睨んだエペルと、デュースの目がぴったり合ったその瞬間、デュースは天敵に出会ってしまった草食動物の如く反射的に体がびくっとする。それにも関わらずエペルはデュースの方に向かって、後ろの背景から派手やかな花を散らかしつつ目を細くして爽やかな笑顔を浮かぶ。愛しさを擬人化したらこうなるだろう。あたかも可憐な一輪の花が咲くように、見る者をしていくら凶悪な犯罪者であっても庇護したくなるほど、致死量レベルの愛らしさだ。皆が口をあんくりと開いたところ、軽く拳を握った片手を頬に当てたエペルが首をひねながら、恥ずかしそうにウグイスみたいな美声で囀る。

    「デュース君…… 僕、前からずっと…デュース君のことが好きだったんだ。愛してる、よ」
    「……」

     デュース•スペードの完璧な敗北だ。一瞬心臓がびりつくなるほどドキッとしてしまったデュースはうなじまで赤くなて俯く。何も言えない。女の子に勘違いするほど可憐で可愛い美容の主のエペルから全身全霊で告げられた「愛してる」を、異性に弱すぎるデュースとしては全然耐えられなかったのだ。とはいえエペルのことを女だと思っているのではないけれど。とにかく、楽にデュースを脱落させたエペルは拳をむくっと挙げながら「やった!」、と勝利感が湧き上がったようなポーズを取る。

    「デュース•スペードさんのバイタルサインチェックの結果、脈拍と呼吸が異常に急上昇して、体温も1.2度上がったよ」
    「デュースのヤツ、みともねーんだゾ~」
    「あっははははは!やば~!いくらこんなもん苦手だってエペル相手にこんくらいじゃホントの女の前ではどーすんの?一生彼女なんか出来ねーよな。はっは!だっせー。ま、いつかオレが合コンに行くことになったら連れて行ってあげるかな~?」
    「っう、うるさい!」

     「今も心臓がひくひくしているようだ」と呟いたデュースは、火照った顔を片腕で覆ったまま後ろに身を寄せる。そんなデュースの横でエースは先のことの復讐をするのか、にやにやと笑いながらデュースをからかい続ける。
     その後にもゲームは続き、錚々とした勝負はいよいよ終わって、栄光の最終優勝はオルトの手に握られた。こぼれ話で、セベクは「マレウス様に向かった高々な忠誠心がとても素敵」とお世辞が言われて簡単に脱落したそうだ。
     いつの間にか窓の外に暗闇が立ち込めていた。ゲームが終わった後にも映画感想と枕投げとかが続き、彼らは思い切り遊び疲れたせいで片付けは後にしたまま寝落ちしてしまった。折角皆と一緒に過ごした楽しくて賑やかな青春の1ページだった。

     しかしエースのページはここで終わらない。
     皆が寝ている夜。ゲストルームにある数個のソファの中に一個の狭いソファに、エースは不都合なポーズでデュースと並んで座ったまま寝ようとしている。ジャンケンに勝ったらジャックみたいにあそこのソファ一個を独り占めして一番早く爆睡できるはずだったのに。あまりにも惜しかったが、だとしてもセベクみたいに他のルームに渡って行くのは面倒臭い。エースは重い瞼をゆったり瞬ぎつつ、毛布を身に掛けて呑気で歯軋りしながら寝ているデュースを横目で見る。
     窓のガラスに透き通れたふんわりした月明かりが、のんびりな顔で寝込んでいるデュースを眉毛の先まで美麗に抱きかかえつつ仄かに光っている。そのためなのか。デュースの紺色の髪と元気そうな肌が月明かりを受けて普段より真っ白そうに見える。こうして寝顔だけ見れば、とても大人しい子だと思ってしまいそうだ。しかしその中には猪がいるとは、彼のことを知らない人なら想像もできないだろう。見た目は真面目な優等生だが口を開くと幻滅してしまいそうな印象だ。
     ったくウケる奴でしょ。そういえば今日「愛してるゲーム」で平気に冗談するようにオレに矢を向いたな。「愛してる」って… 何だそれ? 何げに実はオレのことが大好きだって言うの、何だよ! は!このオレに勝とうとするなんて、すげー怪しからねー奴だ。やっぱりエペルに負けた時もっとからかってあげたら良かった。
     目を半分閉じてデュースをじっと眺めていたエースの視野に、ふいと障る何かが見える。口をもぐもぐしながら少し寝返りを打ったデュースの額に、細い髪の毛一本がするっと垂れたのだ。それが何故か気になったエースは髪の毛をかき揚げようとうっかりと手を伸ばしたが、デュースの額に触れる寸前止めてしまう。

    「……」

     そのまま手を動いて髪の毛をかき揚げてあげると終わることなのに… 
    デュースは寝ているから自分が何をされているか知るわけがない。ただ好き勝手にやってもいい何でもないことだが、エースは何故かこの小さな行為が躊躇う。エースの指がデュースの額のうぶ毛に擦れてくすぐったかったのか、デュースの睫毛がぶるぶると震える。一瞬心臓がぎっくりして反射的に手の先がびくっとしたエースは、手を下げてデュースと反対方向に体を回した。
     いつの間にか慣れてしまったデュースの歯軋りの音を聞き流しつつ、瞼が閉まるその最後の瞬間まで… 先からエースの胸の片隅には何だと明快に言い切れない、うさんらしい痼りが固く根付いているような重苦しい気分が抜いていない。それはあまりにもおかしくて気まずいの傍ら心が痺れる、不思議にわくわくする感覚だった。



    ⋆ + * ♥ * + ⋆



     数日後。今日の授業もホームルームも全部終わった教室の中は解放感を感じた生徒たちの興奮で人騒がしい。騒々しい空間で監督生とグリムは勿論、エースとデュースも席を片付いてそれぞれ自分の部活と寮に戻る準備をする。

    「デュースは今日も陸上部に行くのよね?もうすぐ大会だったっけ?頑張って~」
    「ああ。まだ1ヶ月くらい残っていたけどな、そりゃあっという間に来るだろ。ありがとう、監督生。精一杯やるぞ」

     腹が減ったとむずかるグリムをあやしながら席から立ち上がった監督生に付いていくように、デュースも立ち上がる。しかし急いだせいで教科書の間に挟んでいたプリント一枚が垂れて落ちる。

    「あっ」

     デュースが体を曲げて拾うとしたが、一足違いでエースの手の方が早かった。

    「よ。授業終わったってぼーっとしないでっつーの」
    「あぁ。ありがとう、エース」

     にっと微笑んでプリントを渡されたデュースの顔がエースから離れる。今度はもっと几帳面に教科書やプリントを取りまとめているデュースを眺めるエースの表情が何故かぼんやりしている。エースはプリントを拾ってくれた手をわけもなく握ったり開いたりして、少しきこちない顔でデュースの肩をぽんと叩いた後、デュースに先んじて行く。

    「先に行くよ。またな」
    「うん。あ!エース」
    「ん?」

    自分を呼ぶ声にエースが後ろを振り返すと、デュースが自信満々な顔で口を開ける。

    「今夜、寝る前にゲームで勝負するの忘れてなかったよな?今度は絶対に僕がもっとハイスコア打ちたって勝つんだから覚悟しろよ」
    「…オレの足元にも及ばないくせに、偉そうに何言ってんの。わかったわかった~ じゃな~」

     デュースを置いてバスケ部に向かうエースの足は泰然自若としたが、教室から出て、廊下を歩んで、コーナーで折れた頃には、徐々遅くなっていた足取りがやがて完全に止まる。人跡まれな隅っこに立ち止まったエースは片手を壁に付いて凭たせ掛けたまま、もう片方の手ではいつの間にか微熱で火照った顔を覆った。
     先から心臓がむずむず、どきどきしている。正確にはデュースのプリントを拾ってあげた時から、いや… もっと正確に言えば数日前からエースはデュースと共にするたびに心臓が少しづつ壊れているような感じだった。最初には小刻に震えるくらいだったのに、今はどんどんと轟くようなレベルになってしまった。
     一体どうして?
     出来る限り平気そうな顔を装っていたが、エースの胸の中はへどが出そうなことがあるほど平穏ではなかった。全く煩わしくて厄介な現象だった。デュースの顔を見るだけで心臓ががくんと壊れてしまう気持ちなんて。現在進行的にすごく惨すぎる。
     その実相、既にエースは何故こうなったのかについての理由を大体気づいていた。そう。こないだ、友人(マブ)たちと一緒にオンボロ寮で遊んだ後からだ。だから…多分「愛してるゲーム」をした後からだろう。あのゲームの以来、デュースから愛してると言われたあのシーンが忘れられず頭の中で何回も再生されているのだ!
     いや… そういうゲームだから当然言うべきの「愛してる」だが、何故かそれが… 何と言うか、時々「エ~スくん」 「デュ~スくん」と言いたりして気が合って遊んだ時もあるが、実はあんなに本格的に「大好き」とか「愛してる」とか言ったことはない。男同士に「愛してる」なんて。しかもデュースと?想像するだけでキモすぎて死にたいんですけど?
     しかし実際にそんなことが出来てしまい、その結果エースは世の中は全てがそのままなのに自分だけおかしくなってしまった現実に直面したのだ。

    「くっそ…」

     相手がデュース•スペードだからこそもっと問題だった。それより深刻なことは、デュースは平気なのに自分だけどこか引っ掛かれたように気にしているということだ。お互い同じく「愛してる」と言ったのになーんでオレだけ エースは悔しかった。しかしエースの悔しさにも関わらず、時間は止めなく流れ続けている。
     この後エースはバスケ部の練習にも集中できなく油断した間フロイドに絞められたし、寮に帰ってからは当番の仕事をしているところミスでハリネズミたちを放してしまった。また、談話室で友だちと一緒にトランプゲームをしていた途中にいつもなら普通に乗せられるはずのイカサマがバレったまで。一番最悪だったのは約束通りデュースと部屋でゲーム勝負をするになったことだが…
     二人は公正な試合の為デュースのベッドの上、それもすぐ傍に並んで座って、スマホでゲームをしていた。誰かさんのせいで最近体調があまり良くないエースは手が滑ってゲームをやり続けられなかったのでそのまま終える。エースは惨いスコアが記されているスマホを呆然と掴んだまま、周りのことに気をする暇なんてなさそう顔でゲームに夢中になっている隣のデュースを眺める。赤々と燃える眼光でスマホの画面を睨むデュースの目は、問題集を解いている時とかとは違く、生き生きと輝いている。普段勉強する時にもこう成果がぐいぐい出たらいいのに。そして一体どんだけ熱中しているのか、口まで尖らしている。そんな唇が金魚みたくてほんの少し可愛いかも。
     いつの間にかゲームを終えたデュースがお互いのスコアを比べて見て、意義揚々とした顔になる。エースが自分をじっと凝らしていたことは全然気づかなかったのか、デュースはぱっと笑顔になってエースにひたっと寄り添って自分のスマホを差し付ける。どうやらデュースは自分のスコアを自慢したいようだ。

    「おお!こら、エース!僕の方がお前より高いスコア打ったぞ!」
    「…っ、ちょ、わかったから!」

     しかしそれは逆効果だった。エースは目の前まで近づいたデュースの顔と、接された身体から沸き上がる熱気のせいで、心臓が急速にドキドキと踊り始まる。何の準備運動もせずに長距離マラソンを走ったように脈が早く打って胸が焦れる。唾でも飲み込んだら緊張しているということを見苦しくバレてしまいそうだ。結局いかにデュースから離して自分のベッドに戻ったのかすら覚えていないまま寝付いてしまった。
     それに、その夜。エースはデュースと一緒にベッドの上でゲームしたり映画を観たりして、のんびりゴロゴロして彼を抱きしめて昼寝する夢まで見た。




    「……ス!エース!起きろ!」

     聞き慣れた声に自分の名前が呼ばれ鼓膜に響く感じに、エースは眉間を顰みながら沈吟を低く零す。すぐ傍から聞こえる声と体を振る気配に、目も開かないまま夢の中の人物に手を伸ばす。間違いなくちゃんと抱き締めていたはずなのに何で勝手に離れたのか。それが気に食わなくてエースは再びその人物を捕まえて自分の懐に抱き寄せる。

    「あっ、エース!いきなり何してるんだ?このままじゃ遅刻だぞ」
    「んん… もう5分…」
    「うぐっ、しつこい!寝相が悪すぎる!もう、これ放して起きろって!」
    「ま、いいじゃん… もうちょっと…」

     体格は同じだが意外と抱くと気分がいい。彼のうなじに鼻を押し付けば心が落ち着く心地よい匂いがする。程よい気持ち良さに暖かい体温。こうやっていれば、すやすやともっと眠くなってくる。大人しくいてほしいのに、腕の中の人は疲れる気もなく活魚のようにもがいていたので、エースは思わず微笑んでしまう。まったく余計に元気な奴…

    「起きやがろって言ってんじゃねーか!」
    「ぐっ」

     …だ
     エースは一瞬腹部に突き刺さった強い打撃に息を吸い込んだ。ベッドが大きく揺れて、いつの間にか腕の中はがらんと虚ろになっている。

    「ごめん。抜け出ようとしたら、つい…」

     肘で叩いたことが申し訳ないのか、謝るの声が聞こえる。痛い腹を擦りながら呻いたエースがようやく目を覚ますと、困ったような顔で見下ろしているデュースが見える。

    「お前…」
    「とにかく!こうしていたら本当に遅刻してしまうからさっさと起きろよ、エース!」
    「…はい、はい~」

     間違いなくベッドの上で一緒に寝てたんじゃねーか? あ、夢だったのか… っつーか何でそんな空夢見たんだろ…
     小さくため息をついたエースは今もまだちくちくする腹を撫しながらベッドから立ち上がる。時間をちらりと確認すると、遅刻すると言ったのが嘘ではないようだったので、エースは急いで身拵えを済んだ。いつの間にか格好だけは優等生の姿をしているデュースがドアーの外で待っていた。彼と一緒に学校に向いて走ることで、極めて平凡な一日が始まる。
     …間違いなく平凡なはずだったのに。

    「……」

     エースは頬杖をついたまま目をとろんとして、眼前の和気あいあいな光景を何も言わず見詰める。エースの前でデュースがエペルとマジホイについての話で盛り上がっている。

    「エペルも今月号の雑誌見たか?今度に出た新しいモデル、格好いいだろ」
    「うん!綺麗なブラックボディーにポイントで入ったブルーカラーがすごく洗練されてカッケーな~。ホイールの部分もどっしりしているけどあまり鈍重ではなさそうで、とても念がこらされて作られたと感じ、かな?すごく好き」
    「そうそう!広告画像も観てみたけど、全体的にバランスもいいし安定しているし、走りも清さそうだった!広げられた道路をそのモデルで峠攻めるとどんだけ気持ちいいだろ…」
    「そうだな~ 想像するだけで気分が良くなる、な」

     興奮を抑えなくて騒がしく話し合っている二人のことを眺めているエースの顔がふくれた。
     そしてお昼休み。飢える成長期の学生たちががちゃがちゃと食器をぶつかりながら食事という名の戦闘を行う、昼飯の時間の大食堂。空き腹をかかえて食堂に行ったエースたちはたまたま時間が合ったB組のジャック、エペルと同席して食事をしている。談笑しながら騒々しい食事の時間を過ごすのはいつものこと。特に趣味が合うデュースとエペルがこんなに楽しそうに話し合うのは当然のことだ。
     しかしエースは今日に限ってそれが全く気に食わない。仲がいい二人を眺めていたエースは当たり散らすようにフォークでグリルソーセージの真ん中を残酷に突き刺し、口に持っていってくちゃくちゃと噛み食べる。
     デュースはエペルと格別に気が合っていそうだ。趣味が同じだというのもあるが、質(たち)というか、二人とも熱く燃えてしまうところがあるし、猪みたいな性格もお互いに似っている。顔は結構綺麗なのにどうして中にはそんな凶暴な獣が生きているのか。全く可笑しい奴らだ。オレはデュースの奴と似っていたところなんて何一つもないのに。
     今更デュースがエペルと一緒だとすごく楽しそうに見えると気づいたら、エースは機嫌が悪くなった。別に見苦しいと思っているのではないが、そうれでも愉快な気持ちでもない。二人とも自分にとって大切な友人だし、友人同士に仲よくなるのは変なことではないはずだ。では一体何がこんなに気に入らないのか。
     その内、ヴィルとルークが過ぎ行いたので、喧しかったおしゃべりは止まってしばらく静かな時間が流れる。いつ騒いたかというよう、借りて来た猫みたいに黙っていたデュースとエペルは、先輩たちが通って行ったやいやお互い向かい合って目を細くしながら声を出して笑う。

    「……」

     何?何で二人きりそう笑ってんの?
     つい眉間を顰めて口を尖らしたエースは、残っていた食物を全部口の中に食べ込んだ後席からけ立ち上がった。

    「ふなっ?エースもう帰るんだゾ?」
    「そ。次の時間目、錬金術でしょ。オレ実験服持ってきたか覚えなくて先に行くよ。お前ら遅くなく来てね~」
    「お前こそサボるな」
    「へいへい~」

     空いたトレーを持って振り返ったエースはデュースの言葉に適当に手を振りながら歩いて行く。騒々しい大食堂から出て、長い廊下を渡って、中庭のベンチにどさっと腰掛けたエースは背もたれに両腕を掛かって身を持たせたまま、空に向かって長いため息をつく。今更今さっきの食堂であったことを思い出せば、自分があまりにも幼稚すぎたとやっと気づいたのだ。
     何だよ。これじゃまるで友人取られちゃそうで仲たがいしたがる子供っぽいじゃん。二人の仲がいいと何が問題なの?

    「あぁ~~~」

     しかしいくら理性的に考えてみようとしてもエースの頭の中にはエペルと一緒にいるデュースの姿が浮かび続く。
     そういえばこの前「愛してるゲーム」した時もデュースはエペルにぞっこんだったよな。デュースに向かって「愛してる」と言ったのは同じなのに、デュースはエースではないエペルに凹んでしまった。エースはその事実があまりにも苛付いた。あ、そう。当時は何か胸がむかむかして妙にイライラした感じだったのに、今考えてみればその感情は「癇癪」だった。こんなにも分かりやすいことだったのにどうして… 
     空を見上げると、エースの複雑な心とは正反対に、むくむくとした綿雲がのんびりで悠々自適に流れている。あまりにも平和な風景だ。大きな息を吐いたエースは首を後ろに反らした。脳が雑巾みたいに絞られるようで、頭がじくじくした。
     エペルに負けたのも悔しかったが、割り切れないことは他にもあった。ゲームとはいえ自分なりにできるだけ頑張って格好よく告白したのに…デュースは本当に何も感じられなさそうに見えた。むしろ少しうんざりしていたようにも見えたので、それにもっと傷ついた。
     もちろんエペルの愛らしさってオレもよく知ってるけどさ?そうとしても、ちょーカッコよく告白したオレのことを何気もなくスルーしやがるなんて!ま、確かにオレだって毎日ぎゃあぎゃあ喧嘩する奴からそう言われると鳥肌が立ってしまうかも。いや、こう思うとちょっと心が痛いけど。そして実に一番ムカつくことはこれだった。

    「…ドキドキしてムカつく…」

     脳が止まってしまったのも事実だ。何のことも言えなかったのも事実だ。笑いながら誤魔化してみたが、実際にエースはデュースから告白された時息が詰まりそうだった。今考えてみれば、その時の自分は誰が見ても見苦しくてださい姿だったに違いない。もっと自然に言い返したら良かったのに。エースはもう一度長い息をふっと吹いた。今もまだ、「好きだ」と、「愛してる」と告白するデュースの姿が生々しく目の前に浮かぶ。

    「くっそ~!」

     どうしてオレだけこんなもんで悩まないとならねーの
     両手で頭を抱えたエースは今の状況が全く気に入らなかった。デュースが誰かと仲よくなるのはどうでも構わない。だが、ここで大事なことはエース自身だけデュースの一挙手一投足を見詰めながら焦っているという事実だ。これは不公平だ。物凄く理不尽なことだ。入学したばかりの時にとんでもないルールをわけに行なわれた寮の行事と寮長の独裁に反旗を翻したエースのだけに、この不条理な現象があまりにも気に食わない。それとこれが一緒かと聞かれると言うことはないけど、とにかく… 最近エースは生まれて初めて経験する感情のせいで神経が少しづつ尖っているし、普段より合理的に考える余裕も足りない状態だ。
     そうして、現在エースの意識の流れはご覧の通り。

     1.オレがめっーちゃカッコよく告白したのにデュースの奴は驚くどころか動揺すらしていなかった。
     2.なのにオレはデュースの奴の告白に何も言い返せられなかった。
     3.そしてアイツ、オレの告白はスルーしやがったくせに、エペルの告白にはすぐ倒れられた。
     4.はあ?オレの告白はカッコよくなかったってゆーこと?ちょーイライラしますけど?
     5.もっとイライラするのはデュースはあの日のことなんてすっかり忘れているようなのに、オレだけ気にしているということ。

     だから…

    「見てみよ… オレだけこうしてるのは不公平だから、デュースの奴も同じく感じさせてやるぜ…!」

     神経質に怒鳴るエースの上で二匹の雀が悠々と羽ばたいて飛び通る。平和な風景だった。




    ⋆ + * ♥ * + ⋆




    ビビビ、ビビビ

     枕元に置いたスマホから鳴る聞き慣れたアラームの音に、デュースは手を伸ばしてベッドの上を手探りした。デュースの指に固い物体が掛かった。しかしそれを掴もうとしたデュースの手振りは無駄になってしまう。誰かが一足早くそれを取り抜けたのだ。やがて耳に逆らったアラームの音が止まって、沈吟を零したデュースは怪訝に思いながらうっすらと目を開く。

    「デュース、おはよ」
    「…エース?」

     デュースのスマホを手に持ったエースがすっきりした顔でベッドの傍に立っている。その姿を見て、今目覚ましたばかりのデュースがほんやりとした頭で疑問を抱く。

    「なんでお前が先に起きているんだ?」
    「別にオレは早く起きられる方なんですけど?ま、いいからさっさと洗って来なさいよ~?」
    「えっと… え? ええ?」

     布団を捲りながら起きろと促すエースにデュースは呆気な顔をしながらもよちよちとシャワー場に向く。変だ。いつも自分がエースを起こすのが当然の日常だったのに、今日は正反対になった。考えてみても頭は疑問に満ちているが、とにかく機械的に洗って来て部屋に戻ったデュースは、既に制服を着替え済んで目辺りに赤いハートのメイクまで完璧に仕上がったエースを見てひくっと驚いた。

    「お前らも、もうぐずぐずしないで早く起きろよ~」
    「今まで俺らの中に一番遅く起きた奴が口が多いな」
    「だよな~ 今日は嵐が来るのかな?」
    「っるせ~ ん? デュース? ドアーの前で何してんの?」

     椅子の背もたれに腕を掛かって座ったまま体をゆらゆらと揺していたエースがデュースを見つけて声をかける。今他のルームメイトたちとおおらかに戯言を交わしているエースは、ちらっと見ても既に学校に行く準備を済ました姿だ。

    「いや… お前、どこか痛いのか?」
    「は?なーに言ってんの?オレはいつも正常だからね?さぁさぁ~早く準備してね、皆~」

     …これが最初の疑問点だった。

     朝早く起きた事件を始めとして、その後にもエースの奇妙な行動は続いた。お昼休みにはデュースの食べていたチキンカツが美味しそうと言いながら可愛い小鳥みたいに大口を開けて「あ~ん」をしたエース。濡れてくしゃりとした髪を乾かしてくれとお願いしながらベッドの前に大人しく座っていたエース。デュースの誤答をバカ扱いしなく丁重に直して教えてくれたエース。陸上部の練習が終わった後に「お疲れー」とスポーツドリンクを渡したエース。
     ある日は錬金術の授業にデュースのミスで入れ違えた魔法薬が暴発してしまった時はこんなこともあった。いつものエースなら自分は何の一つも関係ねーと言い切るはずなのに、今度は「もっと確認しっかりしてなかったオレが悪い」と言いながら自ら泥をかぶったのだ。
     それだけではなく、血気盛んの男子高校らしく廊下で小さい喧嘩になった時は、誰かの放し違えた魔法攻撃をエースが素早く引っ張って助けてくれたこともあった。(そしてこれは、当時には知らなかったが、助けてくれたというよりは抱き締めたと言ってもいいくらいだったと監督生に言われて気づいてしまったのだ。) 
     また、寮の談話室でデュースが友だちとワンカードをしていた時は、通りかかりだったエースがこっそりと来て手札を選んてくれたことも。デュースが騙されると思ってそれを出したら、結果は何と大勝利。他の皆は「これは無し!」と揶揄したが…

     とにかく、デュースは妙に不慣れないエースの態度に慣れるどころか、一日ちましに違和感だけ感じている。

    「エースの奴、やっぱり何かおかしいな… まさか僕も知らない内に親切になる魔法とかに掛かったのじゃないか…?」

     寝ようとベッドの上に横になったデュースは、今さっきまで自分のベッドで一緒にゴロゴロしながら遊んでいたエースが「もう寝る時間だよ」と言って布団を掛けてとんとんと軽く叩いてあげて行ったことを思い出しながら、何とも言いなせない顔になる。変わってしまったエースのことがあまりにも怪しいし、たまには鳥肌が立ったりしたが、と言っててんで嫌でもない、物凄く曖昧模糊な気持ちだ。




    ⋆ + * ♥ * + ⋆




    「じゃ、僕はクルーウェル先生が呼んでて行って来るぞ」
    「うん、行ってらっしゃい」
    「途中にサボるな~?」
    「それはお前だろ?」

     エースの戯れ言にあっけなくて小さく鼻で笑ったデュースが教室の外へ出る。デュースがいなくなったことを確認したエースは、顔に浮かべていた余裕な微笑みをすっかり消して長いため息をついながら、くたばった体たらくで机の上にうつ伏せる。

    「はああ~…」
    「何だ、エースの奴。もう寝る気なんだか? 授業中に寝てもオレ様は起こしてくれねーんだゾ」
    「うるせ。お前こそ居眠りして怒られたこと10回も越えるでしょ」

     もう一度、ため息をしたエースの顔色があんまりにも良くない。いつも生き生きして余裕満々な顔でデュースの前に立っていた姿とは明らかに対比される、物凄く惨めな有り様だ。心配で物案じな顔をしている監督生がかすかに微笑みながらエースに向かって口を開く。

    「そうしないで、素直に言う方がいいんじゃない?」
    「は?」

     エースの片眉が蠢かれた。エースはぐったりした姿勢のまま、首だけ傾げて監督生を睨んだが、監督生はその鋭い目つきにも気にせず所信を持って言い続ける。

    「エース、デュースのこと好きでしょ?」
    「…はあ?」

     聞くに耐えないことを聞いたように顔を歪めて険しい顔をしているエースだったが、今さっきの一瞬の沈黙は尋常ではない。よし!まるで大魚を釣り上が漁夫みたいに、監督生は大魚に餌が食いつかれた釣り竿をゆっくり引き張りて始める。

    「まさか知らなかったの?普段はそんなに察しが早いのに、やっぱりエースも自身のことには暗いのよね」
    「ふなっ?誰が誰のことが好きだと言ったのか?」
    「いきなり何言ってんの監督生、頭大丈夫?誰がそんな真面目で退屈な奴なんかが好きって」
    「だって、エース…最近デュースのことめっちゃ気にしているでしょ。そういえば、この間はちゅーもしなかったじゃないの?さすがにもう付き合っているの?」
    「ふなあ"っ エース、デュースとちゅーしたんだゾ」
    「は?したことねーよ!だあ"あ"っ~!待って待って、グリムお前はちょっと黙ってろって!」

     照れるのか、それとも怒ったのか、一瞬に顔が真っ赤に熱くなったエースは上体を起こして聞いて呆れたと言いそうに胸をぼかぼかと叩く。グリムが大騒ぎに言い捨てた単語のせいで周りがしばらくざわざわする。

    「いや… ったく呆れるよな… ちゅーって何のこと?」
    「何日か前に廊下で二人が顔合わせて妙な雰囲気でいたので、声かけなくて帰ったんだけど」
    「はあ~? 何日か前の廊下って… あ、まさかあれ? あれはだだ、デュースのバカが目に睫毛が入っちゃったって言ってさ、それ取ってあげただけだよ ちゅーなんかするわけねーじゃん!」
    「あ、何だ。そっか」
    「~~~」

     エースが怒りを発しながら釈明したら、面白いゴシップを期待して耳を傾けていた周りの生徒だちがガッカリして再びそれぞれのやるべきのことをする。そうしようとしまいと、爆弾を投げた当の本人の監督生は平気そうに見える。一人でぜぇぜぇと息巻いながらしゃくに障ったほどの怒りを冷ましていたエースはしばらく何も言わなかったが、短くて深いため息をついた後、妙に落ち着いたトーンの声で言う。

    「…監督生にはオレがアイツのこと好きだと思える?」

     エースは目すら合わせられなく行先が知らない手を挙げて癖のように後ろが髪をまさぐる。いよいよ大魚が水面から顔を出たみたい。何故か悩みが多そうに見えるエースをじっと眺めていた監督生は餌をふりふりと振って綱を引っ張った甲斐を感じる。

    「胸に手を当てちゃんと考えてみてよ」
    「……」
    「何だ、エースの奴。本当にデュースのことが好きなんだか」
    「…グリム、お前は黙ってっつーの」

     胸に手を当たらではなかったが、エースは斜めに頬杖を突いたまま静かに考え込む。監督生がこう正面で言い出すくらいなんて。遅れて気づいたのだが、あまりにもやりすぎたと思える。なーにが「オレが感じたのと同じく感じさせてやる」だ。余所から見たら見苦しく求愛ダンスを踊る雄みたいな仕草だろう。一体オレは何をしたがったのか。多分、そうしてデュースがオレにもエペルのことと同じ反応を見せてほしかったのだろう。だから今まで自分なりに格好つけたり可愛いふりしたりしながら、多方面でデュースを落しようと努力してきたが…

     たとえ幼稚な仕返から始まったことだとしても、自分が相手にこうまで腹を立つのは生まれて初めてだった。それも愛される為に。

    「…は?」

     頬杖を突けてじっとしていたエースの顔色が徐々驚愕で染まって目が大きく開く。…愛される為に?

     愛される為に?

     だから、簡単に結論だけ言えば、オレは「デュースに愛されたい」と無意識に思っていたのか

    「正気かよ…」

     沈吟を零したエースは荒く手を挙げて顔を覆う。できれば永遠に知りたくなかった本音だった。苦しい思索に深けたエースを見て監督生は心の内で喜びながら釣り竿をもっと思い切り引っ張る。なかなか勘がいい監督生は感じる。まもなく大魚を釣り上げられそうだ。

    「何だ?いきなり独り言しやがって。子分、エースの奴おかしくなったんだだゾ」
    「はは、エース。それじゃ、もしデュースが自分と付き合うとしてもいいの?」
    「……」
    「それともデュースがジャックやエペルと付き合ったら?」
    「…全っ然、いいじゃねー」

     監督生の頭の中で、ついにエースという名の大魚が水面から滴を飛ばしながらびちびちと跳ね上がるシーンが広く。そして海水にびっしょり濡れた監督生は大魚を両手で持ち上げたまま、カメラに向かってにっと笑いながら記念写真を撮る。いつも余裕であざといエースがこのくらいに困りきっているのは初めて見た。それほどとても新鮮な光景だったが、同時に一人で熱烈な片想いをしているようなエースが労しかったのも事実だ。
     こんな時こそ友人(マブ)という存在がいるのだ。エースの唇の隙から垂れ出した答えに、監督生はへらへら笑いつつ最後のくさびを噛ます。

    「好きな子の前で格好つきたい気持ちは分かるけど、デュースは単純だから、正直に好きだと口で伝える方が正解だと思うよ」
    「…はああ…~」

     言葉通り簡単なことじゃねーっつーの!
     みずぼらしく震える呟きをしながらエースは再び机の上に打つ伏せる。今度は顔を机の上にくっ付けるように完全に俯いたが、真っ赤になった耳たぶとうなじはどうしても隠せない。
     告白しろって勧められたけど…そう簡単にできるわけじゃねーだろ。もうこの前の「愛してるゲーム」で告白したのに、デュースの奴は何気もなかったもん!「せめてその時はこの気持ちを自覚する前だったし、本気じゃなかったから~」という言い訳で精神勝利できるとしても、今度に告白して万が一振られるとかしたら… 舌を食い切ってばたりと死んでしまうかも知れない。今の今まで自分なりに色んな方法でデュースを誘ってみたと思ったが、寧ろわけもなく疑われただけで、デュースから自分に向けた好感なんて毫も感じられなかった。
     もしかして今まで軽い気持ちで人と付き合ったり振られたりしたことの業報ではないか。大体誰かが好きになるとこんなに惨めになって弱虫になってしまうのか。こんなに焦れったく振る舞うのは自分らしくない。何故か悔しい気持ちになって、エースはデュースが戻るまで全然結論が出ない悩みを続いた。



    ⋆ + * ♥ * + ⋆



     その後にも、あやふやに時間は流れた。
     自分の気持ちを完全に自覚したエースは前のように知らず知らず誘いたり格好つけたりするのは辞めたが、その代わりだというか、だだの副作用というか、デュースに向かう時に壊れたそうに躊躇ってしまうことがあった。たとえば、部屋でデュースがさらりと服を脱いでいるのを目撃した時とか、体力育成の時間にストレッチを助け合ってしている中にデュースの汗の匂いお嗅いでしまった時とか、食堂で誰かに押されてデュースとぶっつけられた時、等々がそれだ。以前の自分だったら、とうせ男同士で友人だから大したことないように思ったはずなのに、今はそう平気にスルーできない。
     細かいこと一つ一つに意味を与えているなんて。
     エースはこんなどろどろで醜い感情の大きさが段々膨れているのを感じて、自分の頭をハンマーで打ち下ろして全てを忘れたかった。
     今や顔を真面に見ることすら焦りになる。眉を下ろしながら嬉しそうに綺麗に笑うのはもうやめてほしい。心臓に悪いから。
     デュースが他の奴らと笑いながら話していた時はわけもなくイライラして、デュースと肩を組いてアイツらを睨んたこともある。その時アイツらの目つきはまるで獰猛な犬や労しいものを見るような同情の視線だったが、それに気づいたエースは「何だ?お前らもオレがあほうらしい」と、心の中で怒鳴った。
     とにかく、色々で口では言えない悔しさが累々重ねている局面だった。細かいことで嫉妬しやがって。エースは思ったより自分が物凄くせせこましい男だと気づいて、見苦しくてあほらしい自分に生まれて初めて自己嫌悪という感情まで感じた。愛ということに盲目的にこだわるタイプではないがー寧ろ気にしてあげないとならない縛られた関係になるのが少し面倒臭いだが、心の内では芳しい花みたいに美しいのだろうと思っていたようだ。
     人がこれまで醜くなると誰が知っているだろうか。ここまで来たらデュースに縛られても悪くないとも思ってしまったのでもっと惨めだ。

     しかも今や全校に噂が広がったのか、あの悪名高いフロイド先輩さえ、嫌らしく笑いながら「サバちゃんはバカだから、言わねーと知らねーよ?」と、意外と心がこもった忠告をしてくれた。「カニちゃん~サバちゃんのことが好きだって?」と言われそうと思ったのに。っつーかこれキャラ崩壊じゃねー

     とにかく、現在エースとデュースは数日後にあるテストの準備の為に放課後のオンボロ寮で勉強会をしていたところだ。偶々吹いて来る穏やかな風でカーテンがゆらゆらしている。カーテンの間に見える開いた窓越しに、日が段々暮れていく。本と筆記具が散らかしていた内に、今や自分の家みたいに慣れたゲストルーム、その中の大きいなテーブルにたむろしに囲んで座っている三人と一匹。

     カリカリ。

     静かな最中、偶々参考書を捲る音と、インクを潤ったペン先が紙の上を過ぎ行く音が響く。そしてデュースがペンの端を唇に当ててくよくよしていることをエースがよそ見している頃、どこからぐう~っと落雷のごとく物凄く大きな音が沸き上がる。

    「もう堪らねーんだゾ! 腹減って頭に何も入らねーんだゾ」
    「うわっ、音やば! 雷鳴るかと思ったわ~」
    「そういえば今日はグリムがお昼ご飯も夕ご飯もあまり食べなかったから当たり前のことかも…」
    「あの、監督生さん…? 昼飯、グリムがオレらの分まで奪って食ったの忘れてしましたか」
    「そうだったっけ?ははは」

     おおらかに笑った監督生はペンすら放して、罷業を宣したグリムを置いて席から立ち上がる。

    「エースとデュースもお腹空いたでしょ?何か作って来るから勉強しながら待っててね」
    「あっ、監督生、僕が何か手伝おうか」
    「いいよ、いいよ~ だってキミたちは自分が誘ったお客様だもん。おいしいかどうかは言い切られないけど、一応任せてね!」
    「そう言うなら… じゃ期待しているぞ」

     倣って立ち上がようとしったデュースは監督生の言葉に中腰だった尻をまだ下ろす。罷業中のグリムはどうしても頭に入れない字だらけの退屈な机から離して、小さいなこぼれでも貰おうのか、キチンに向く監督生の後ろを追って行く。一瞬で二人がいなくなってエースとデュースだけ残られた部屋の中に重々しい沈黙が乗り掛かる。

    「……」
    「……」

     かりかり。

     しばらくの間、普段のような無駄話もなく、静かな部屋の中にペン先の過ぎ行く音だけが響いている。デュースが他の本を開こうと手を伸ばしたら、机の上に置いたペンがデュースに腕にかかって下に転がり落ちる。

    「あっ」
    「あ」

     体を曲げたデュースが転がり落ちたペンを拾ったところ、誰かの手がペンの端を掴む。唖然としたデュースが反射的にそれが誰の手か確認しようと顔を上げると、デュースと同じく驚いた顔のエースが見合いている。比喩ではない、本当に目と鼻の先に、二人は向かい合ったまま一瞬凍り付いてしまう。口の中に入れて転がしながら噛んで食べたら甘酸っぱい味がしそうな、赤黒い色になる直前の未熟なチェリーのように、つんとして透明な瞳がその中に翡翠色を抱いてかすかに揺れる。
     自慢できることではないが、デュースは過去の喧嘩のお陰で相手の目つきに込められている感情が何かが大体気づかれる。それは大きく二つに分けて、イモてるか、それともキレてるか、二つに一つだった。
     デュースがエースの目をこんなに近い距離で見ることは初めてだ。しかしデュースは彼の目の中から両方どっちも見つかれない。
     いつものエースなら揺るぎない視線で見合ってくるはずなのに。不安定に揺れるエースの目つきを見ていると、他の奴らみたいにイモさもキレさも全然感じられない。デュースとしてはあまりにも不慣れな経験だ。だが、かすかに揺れる瞳の中でエースが何かを惑いているということだけは分かる。

    「えー…」
    「あ~一足遅かった。じゃ、また監督生戻るまで勉強しようぜ、勉強~」

     デュースが口を開いたら、ひくっとしたエースはさっと離して椅子に座る。ペンを拾って体を起こしたデュースは、泰然な顔で本をパラパラと捲りながら見下ろしているエースを凝視して、やがて口をまた開く。

    「エース、お前…」
    「ん?何だ?デュース、勉強しねーの?赤点取るよ?」
    「うぐっ、それは僕のことだから構うな!っていうかエース、お前。僕に何か気にかかることとかあるのか」
    「はあ?」

     とうとう、エースが呆れ果てるというような顔で視線をデュースに向かう。

    「いきなり何言ってんの?寝言かよ」
    「いや、最近僕と目も合わせないだろ。今さっきもそうだったし」
    「はあぁ~?気のせいでしょ」
    「気のせいじゃない。実は何日の前にもお前が何か悩んでいるらしいと監督生から聞いたぞ」

     余裕なふりしていたエースの仮面が少し割れてしまう。眉間を顰めたエースは、デュースにそこまで言い出した監督生のことを心の中で恨む。そとにかくデュースは今までの疑問点を一つ一つ話す。

    「確かに、僕が見ても最近のお前どこかおかしいんだ。何だ、お前?この間も、普段はやりないことやって変だと思ったけど。今度はまた違く変だ。他の奴らにはいつも通りだろ。僕にだけ態度が変わっているからおかしい。一体何だ?もしかして、先週に僕が起こしてあげなかって怒ったのか。陸上部の練習があるからとちゃんと言って置いたと」
    「んなんじゃねーって。オレそんな狭量な男じゃねーし」
    「じゃ何なんだ?僕にも、監督生にも言いづらいことか」

     監督生には自ら話したというよりバレてしまうのだが… しかし、そうだとエースは正直に言えない。片想いの相手に心の準備もしなく告白するのは憚われて、エースはぺらぺらと言い出しているデュースの視線をそっと側める。

    「おい。今もそうだ。人と話している時には目をちゃんと見合わないとダメだろ。何か辛いこととか悩むこととかあれば言えよ。こう見えても僕たち、友人(マブ)じゃないか」
    「……」

     マブとして力にないたい。そんな気持ちを込めて、デュースは何も言っていないエースの手をそっと触る。

    「…!」

     デュースが触った部位から暖かい熱が沸き上がる。エースは焦れて思わず瞬ぎたり下唇を噛みたりした。自分の気持ちなんか気づかないくせに天然に心をかき乱す相手が憎しけど好きすぎる。助けたいと言いながら伝える、あの真面目で正直な心がデュースらしくてとても愛らしい。自分自身のことで精一杯のくせに誰を助けられだろうか。だが、そのくらいデュースが自分のことを大切に思っているという事実が嬉しくて優越感さえ感じる。喜ぶ時に眉を下ろして子とものように微笑むのも綺麗だが、こんな風に堂々に目を見合いながら自分だけを眺める真面目な顔も大好きだ。
     こういう度にエースは自分がデュースの特別な人になったと勘違いしそうだった。

     そのせいだろうか。エースは思わず本音を零れてしまう。

    「マブ、辞めたいと言ったらどーすんの?」
    「え?」

     やってしまった。エースの理性は黙れって言うように驚愕しているが、ひんやりした頭とは反対に胸は少しづつ熱くなる。

    「お前のことが好きで。オレがお前のことが好きになったせいで前のようにできないと言ったら、どーすんのって。なーんだ。付き合ってくれんの?」
    「い、いや。待って。エース… 今、いきなり何言ってるんだ… あ!まさか「愛してるゲーム」またやるのか」
    「ちげーよ。あんなバッカなゲームなんかじゃなくて、ホントにオレがお前のことが好きだってっつーの!」

    デュースはエースの気迫に押されたのか、驚いたウサギのごとく目を丸くしている。あーあ、もー知らねー。やぶれかぶれだ。エースはデュースの手を両手で掴まえてぺらぺらと勝手に言い捨てる。誰かに見えたら―幸いにもここには誰もいないが―心が痛いと思わせるほど必死的な姿だ。

    「お前を見ると胸が勝手に暴れたり、目が合うだけで心臓がむずむずする。他の奴と話しているの見るたけでイライラしてムカつく。どうかして手とか触れたりしたら、息が切れて、しばらくは触られたところが熱くてうんざりするくらいって」
    「???」
    「それが嫌だから、ちょっと避けようとしたのに、これも気に食わねーの?おかしいの? んなにオレのことが心配なら、少なくともオレと付き合ってくればじゃいいだろ!」

     …最悪だ。もし告白するとしてもこんな風に文句言いやがるようにするとは考えなかった。まるで「どうか、付き合ってください。お願いします」と哀願するように、ぐとぐとでダサいすぎる。気が狂いそう。エースも今自分がとっけもないことを言いながら子供のように駄々をこねていると自覚はしている。
    しかしもう割れてしまった水風船の中に水を入れられるのか。それと同じことだ。エースは一度開いた口がどうしても閉ざせなかった。こんな自分が恥ずかしいしイライラして、デュースと繋がっている手から出て始まった熱が頭てっぺんまで沸き上がる感じた。

    「…デュース」
    「あっ、え… うん?」

     何かをもっと言おうとしたが、言葉を呑み込んでしばらく少し息を整えたエースは、目の前でデュースが目を大開いたままばかみたいにぼーっとしていたことに気づいた。本来もバカだとは思っていたけれど、大人しくいる時にはなかなか真面目な人のように見えた。しかし今のデュースは、無精卵からはヒヨコが生まれないという事実を初めて知ったようなバカな顔だ。
     そうでしょ。驚いたんでしょ。いきなり友人だと思っていた奴がこう告白してくるとすげー負担でしょ…。やっぱり言わない方が良かったかも知れない。満ち潮のように押し寄せる大きな後悔がエースの頭の中を一瞬に真っ白くしてしまう。こんなぎこちない沈黙も辛すぎてたまらない。

    「バ~カじゃねーの?まさかマジで信じたんじゃねーよな?はいはい、冗談冗談。なーにそうマジで受けてんの?オレがんなわけねーだろ。さぁさぁ。無駄話はもー終わり。グリムたち戻る前にテスト準備しようぜ」

     やっとデュースの手を放したエースは、また平気のふりしながら泰然に言いつつペンを握る。冗談だと、デュースにちゃんと伝えられたか。今にも心臓がどきどきしているが、表向き余裕を装うエースはデュースから目を逸らす。どう考えてもやっぱりこの話題は気の毒だ。言い続けたところで良いこと一つもない。
     しかし、ペンを回しながら参考書を無理やりに頭に入れようとしていたエースの耳に、躊躇うようなデュースの声が鮮やかに聞こえる。

    「あ、嘘だったのか… 僕は別に、マジだとしてもいいけど…」
    「…ん?」

     ペンを回していたエースの手がびたっと止める。

    「だけど、急にそんなこと言われて少し驚いたな。一応友だちから始める方が… いや、もう友人(マブ)だけどさ」

     エースの心臓が今度は違う意味でどきどきする。薄い期待を抱くエースは顔を上げてデュースを眺める。

    「…嫌じゃねーの?」
    「何が?」
    「友だちか何かはさておいて、突然男に好きだと言われたんでしょ」
    「それはミドルスクールの時にも何度かあったことだけど」
    「」

     好きな相手の意外の過去が知ってしまったエースの片眉がびくっとする。

    「もちろん実際に付き合ったことはないけど。うむ… そう、お前の言う通りだ。ずっとお前に気をしたせいで勉強と部活に邪魔に疎かになるとダメだから」
    「……」
    「いっそ男らしく付き合うことで問題を解決する方がいいかも…」
    「……」
    「それで、エース。今言ったの本当に嘘だろ?イタズラしないで、何のせいでお前がそうするのか教えてくれ」

     またその目つきだ。
     少し苛付いているが真面目な顔でエースを眺めているデュースの目つきに、エースに向かう心配が窺える。バカのように優しくて暖かい奴である。そして、全く諦めを知らないしつこい奴でもある。
     エースの喉がごくりっと動かす。エースはずっと頭の中で自分が告白するとデュースがどう反応するか何回もシミュレーションしてみた。軽蔑の目差しで見詰まられながら絶交の言葉を言われるのが一番最悪の場合だったのに… これ、もしかしてチャンスがあるかも…?
     一瞬エースの頭の中に今までの記憶が過ごして行く。

    『好きな子の前で格好つきたい気持ちは分かるけど、デュースは単純だから、正直に好きだと口で伝える方が正解だと思うよ』

     実はこれが正解だとはエースももう知っている。けれど、好きな奴の前でクールな姿を見せたいのは男なら皆持っているはずの見栄だ。さらに、格好ふりしながら告白したのに振られてしまったら見苦しさも2倍になるから、もっと躊躇するしかなかったのだ。だが、それよりもっと辛いのはやっぱり普通の友だちには戻られないかも知らないという事実だ。それは嫌だ。本当に。
     勿論、マブのポジションくらいはいくらでも保てる。しかし、デュースが他の人の傍で幸せそうに笑ったり、腕を組んだり、口まで付けるのを想像するだけで腹が立って息が詰まる。そんな苦しみを甘受しながら傍に残って心を押えたくはない。何より自分は欲張りだから。
     ああ。考えば考えるほど、やっぱりデュースの一番近いに立ってアイツを支えてくれる人は誰でもなくエース自身であるべきだ、という考えが強くなる。
     自称優等生のくせにバカだし、頭の回転も遅いし、力だけあほらいくド強いデュース。単純なので同時で二つ以上のことができないし、ブレーキない猪のように前だけ見て走り出すけれど、物堅くて後腐れない。母親を愛情する心性と、周りの人に対した尊敬心と義侠心も厚い。たまに見ればもどかしいくらい悩み込んだりするくせに、ある時は無策に飛び込むことも。ったくバカの中のバカだ。バカ。バカデュース。
     だからこそいつも新鮮で楽しい。寮でも学校でも、嫌というほど四六時中お互いの傍にいる関係なのに全然飽き飽きない。むしろ彼がいなくなると静かすぎて気持ち悪いくらいだ。たまたまに彼が勝ったら有頂天になった顔を見せるところさえ、イライラだが一方では可愛い。一生を一緒にする人を一人選んだら、退屈な奴より面白い奴の方がずっといい。
     こう見ればデュースは、ま、最高の相手と言っても言いすぎではない。このくらい、からかうことすら楽しい奴が他にいるわけがないだろう。

     あ、やば。しまった。考えなければ良かった。ここでもっと好きになってどーすんの?

     エースはぺんが持たれない片手で後頭部を掻きたり、顔を覆いたり、前髪をかき乱したりした。せっかく朝に念を入れてセットした髪型がぼさぼさになっていまう。窓の外から暖かい夕焼け色が照らして入るせいで、エースの顔色がもっと赤く見える。肘を机の上に付いたまま、顔の片方を手のひらで隠れて体を傾いたエースの赤い瞳が、なかなか行き先を決められなくてきょろきょろする。やがて、疑問を抱くデュースの青い目とびったり合ったエースが、唇をびくっと軽く持ち上げる。

    「うん?エース、何だと?」
    「……」

     本当に言ってもいいのか。デュースの視線を受けていると、頭が熱くて心臓が大きくどきどきする。口を尖らすエースの目が一刻デュースから逸されたが、またデュースに向かう。
     あ、くっそ。ちゅーしたい…。先からずっとバカのように自分を見詰めている顔が可愛すぎて…つい。

    「…冗談じゃない。オレ、お前のことが好き」

     言っちゃった。

    「もう一度言っておくけど、これはゲームじゃねーし、全部マジで言ったの」
    「お、おう…」
    「だから… っん"… っん"んん… だあ"あ"あ"~」

     言葉を継げなく、赤くなった顔を手のひらで擦り付けたエースが突然動きを止まる。やがて、片手で頬杖を突いたまま目をとろんとしたエースが、指の間でデュースを睨みながらつっけんどんな口振りで言い捨てる。

    「っだから、オレと付き合ってくれよ」

     「愛してるゲーム」の時みたいに格好良く声のトーンを低くもせず、セリフも典型的で、友人の部屋で勉強中という普通すぎるタイミングだった。雰囲気に乗り告白してしまったけれど、むしろエースとデュースにはこの方がもっと似合うかも知らない。青臭くてだっさいけれど、いいのではないか。野暮ったくても、ぎゅうぎゅうと包んでいた本音をそのまま伝えることほど、簡単で心に響く告白はないはずだ。
     この証として、渋かったデュースの表情が徐々に奥深くなり始まる。最初は、静かな湖に滴が一滴落ちたように、細かく震えていた翡翠色の玉が大きくなって、この中に驚きと照れくさい等の感情を透明に盛り込む。何だと答えばいいか、果たして自分が聞いたのが本当か受け取れることに時間が掛かるのだろうか。清くて綺麗な水に絵の具を溶かしたように、デュースの顔に甘そうな桃色が濃く染み込む。いつの間にか耳たぶまでかっかと火照ったデュースは唇を小刻みに揺れながら、エースが今さっきしたことと同じく、唇をびくっと持ち上げる。
     赤くなった顔で向かい合うエースとデュースの間に静寂が流れる。だが、重くはないこの静寂は、むしろ心走りと安らぎで和えられた、ふわふわな綿あめの中を歩くような雰囲気だ。

    「……」
    「……」

     エースかデュースか知らない誰かの喉を鳴らして唾を飲み込む音が大きく響く。二人とも気軽く声を出すこともできず、お互いを見合せている奇妙な対峙状況が続く。どっちも口を開かないまま、視線だけお互いに向けられている二人の顔が緊張と照れくさいでかっかと火照る。
     自分から承知同然な言葉を言ったくせに、本当の告白が告げられて慌てたのか。ペンを握っていたデュースの手が汗でしっとりと湿る。
     エースはいつもぺらくてチャラチャラした態度のせいであんまりにも頼りない奴だが、何があれば食い違わないようにバランスを取ってやったりする、彼なりに慎重なところもある。認めたくないけれど、デュースはエースのお陰で困った状況から免れられたこども何度かあるほどだ。特有の不誠実な態度もあるし、坊っちゃんみたいに憤る時も多くて忘れていたが、意外と思慮深い奴でもある。
     あんなエースがこうしていつもと違く余裕ない姿で自分の本音を赤裸々に洗わすなんて…。女の子に告白されるのもないのに、何でこんなに照れるのか。女どころか同姓達にしか告白されたことないデュースとしては慌てるだけだ。主に同じ群れだった舎弟に告白されたせいで、同姓同士はカッコよく頭(かしら)に向かう憧れのような感情で告白するのだと思っていたかも知れない。
     デュースは自分の答えを静かに待っているエースの目つきで、自分に向かう強烈な熱望を感じる。愛情の熱を抱いているエースの鮮やかな瞳が自分を引き寄せているせいで目を逸すこともできない。恋愛に鈍いデュースも分かるほどだ。これは憧れという軽い感情ではない。今さっき言った通り、男らしく、「分かった」と言えば済むことだが、今はこの承知の言葉さえぎこちなく感じられて口を開けないくらいだ。
     デュースは別にエースのことが嫌いでもない。勿論、ムカつく時が多いけれど、好きか嫌いか愛情の尺度を分ければ、むしろ「好き」に近い。そうではなければ、何故あのチャラな奴と四六時一緒にいるだろうか。勿論、友人(マブ)として、だが。
     こんな愛情が受けられたことはお母さんを除いて生まれて初めてだ。エースの本音が赤裸々に感じられる。
     あのエースが、僕を?え?一体どうして…?デュースの胸が間無しにドキドキする。このまま置いておいたら、ある瞬間破裂してしまうかも知れない。

     エース、お願いだから何か言ってみてよ。普段はあんなによく喋ってたくせに… 自分がどんな顔か知らないまま、静かな寂寞の中で、デュースは真っ白く燃え上がった頭の中を真探りながら言うべきの言葉をどうにかこじつける。

    「ええと… うん。じゃ、今日からD+1日…だろ?」
    「ぷっ。何それ。当たり前でしょ」

     くすくすと空気が抜けるような笑い声と同時にエースがデュースに向かって笑みが浮かんだツッコミを入れる。デュースのあほらしい言葉のお陰か、二人の間に漂う雰囲気がいっそう軽くなる。
     エースは手袋が填められない右手を動いて、机の上の向こうに乗せられていたデュースの手をそっと触れる。エースの手が当てると、デュースの手が一瞬小さくひくっとする。けれどデュースは手を引かず、エースの手が自分の指をつんつん触れたり手の甲を撫でたりしながら戯らけるのをほっといている。黒い手袋が填められたデュースの指の間にエースの白くて細い指が優しく絡められる。そのまま指の絡めた手を取り合われたデュースがこっそりと見上げると、もう向こうで自分を眺めていたエースと目が合う。柔らかな微笑みを浮かんでいる顔でデュースを見詰めていたエースが、暖かい瞳の中に甘ったるい蜜を含んだんまま、首を傾げながらくすくすと小さく笑う。

    「デュース、何?」
    「…何でもない」

    好きという感情が全然隠れなくて全て見せているエースの穏やかな顔が見慣れないけれど、同時に心臓がくすぐったいほど可愛くも見える。今更思えば、エースの望む通りちゃかすに乗られてしまった感じだが、何故かデュースは自分もまもなくエースのことが今より好きになるかも知れない、というときめきな予感を感じる。
     暖かい夕焼け色を押し下ろして不思議で青みかかった夜の幕が徐々に空に舞い降りる。涼しくて気持ちいい風にカーテンが翻っていたところ、活動を始めた草虫たちの歌声が二人の耳元をくすぐる。静かで柔らかい雰囲気の中、エースとデュースはしばらく手遊びをいながら楽しく笑いさざめく。

     一方、現在ゲストルームの外には…

    「…ゔっ!ゔっゔ!ゔっゔゔ」
    「しぃ… グリム、自分たちはちょっと後に入ろう」

     懐から離そうとばたつかせるグリムの口を手で塞いだ監督生が、扉の隙間から溢れ出しているポカポカして甘い光景をほお笑ましい顔で見守っている。せっかく頑張って作って来たおやつが放置されてしまったので少し寂しく見えるけれど、監督生は今叶ったところの初々しい恋人の時間の邪魔をするほど空気読めない人ではない。良かった!本来は勉強会中だったことはさておいて、監督生は二人の間で精一杯烏鵲橋を磨いていた甲斐を感じる。
     そして、涙をほろりと溢すほど喜んだ監督生が二人の多事多難な恋愛史に挟まれて苦しくなるまで…
     たったあと3日。








    END



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    Replies from the creator

    twst_rno

    DONEエスデュwebオンリー開催おめでとうございます!
    webオンリー参加が初めてなので少し緊張します。 それでもエスデュの愛する住民として未熟ながらも文一編を準備しました。
    素敵な翻訳はネンネさん(@dont_nenne)がしてくれました。 ありがとうございました!


    <attention>
    *「愛してるゲーム」するエスデュの話
    *めっちゃ喋る監督生がいます。
    これはゲームじゃない








     空は青く、雀は囀り、1年生を悩ました相次ぐテストと課題があらまし終わる日になった。暗記科目が大嫌くてテストの前日になってから本にさっと目を通すだけだったエースにさえ自ら勉強させた、地獄の週間だったと言っても言い過ぎではないくらいだった。まさに名門魔法士養成学院らしい学事日程であった。そうしてやっとしばらく息抜きする暇が出来て、学業で疲れていた監督生たちは事前に企てた通り、友人たちを呼び集めて夜っぴて食べたり飲んだり騒いたりして遊ぼう、という遠大な計画を実行しようとしたのだ。




    ⋆ + * ♥ * + ⋆




    「もうお前がない人生なんて想像もできない。デュース、愛してる」
    「………」

     皆が息を詰めている内に、目の前から告白されたデュースは何も言わず乾燥な顔でエースを眺めている。ゲストルームの真ん中。ソファにたむろしに座っている1年生たちは、お互い向き合っているエースとデュースをじっと目凝らす。ごくり、と誰かが緊張という唾を大きく飲み込む。それぞれ自分なりの期待を抱いて告白された人からの答えを静かに待っている。こうして皆の前で、友人(マブ)の一人であると同時に腐れ縁である人物から告白された当人のデュース•スペードは、細かく眉を蠢いて、無表情な顔で堅固に耐えている。数秒間の短い沈黙がまるで1時間のように感じられる。普段のエースだと信じられないほど、慎重で揺るぎない目つきと静まって賢く優しい声。どう見ても模範的で望ましい、相手が女だったら誰でも惚れそうな恰好いい告白だった。
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