昔の歌を奏でよう「助けてパパ…!」
ハズビンホテルの上階に作られたルシファーの根城にチャーリーが息をきらせて尋ねてきた。
これは一大事。と、着いたハズビンホテルのロビーは騒がしく、輪の中に入っていくと先のエスクターミネーションで命を落としたアダムがソファに座っていた。
以前のような天使の輪も美しい羽もなく、ただ白いローブに身を包んだ男。
ぼんやりと虚空を見つめていた。
「パパ…!彼、ホテルの前で倒れていたんだけど様子がおかしくて。」
「…。放っておきなさい。お前の命を狙ったやつじゃないか。」
「そんな酷いことできないわ!彼も多分反省しているんだと思うの。」
反省?と、アダムに視線を向けるとホテルの面々に頬を触られたり虫を乗せられたりしていたが一言も喋らなかった。
以前なら地獄のものが触られようものなら怒涛の文句も出たものだが。
ぼんやりと座っているだけだった。
「おい。なにか娘にいうことがあるんじゃないか?拾ってもらったお礼や、あの時の謝罪が。」
「………。」
「ずっとこの調子なの。以前の彼とは、比べ物にならなくて。心配だわ。」
チャーリーがアダムを見つめる。
本当に優しい娘だ。
「こいつは私が預かろう。チャーリーも気にするのはもうやめなさい。」
***
「さて。どうしたものか。」
ロビーからアダムを回収してきたものの、元に戻すのは簡単では無い。
ちゃんと魔法をかければ元には戻るだろうが…少し惜しい。
正直あのやかましい口が閉じているならそれに超したことは無いのでは。とチャーリーが聞いたら怒りそうなことを考えてしまう。
「うーん。少し汚れているな。綺麗にしよう。お手入れも少ししてやるか。」
魔法をかけてアダムを綺麗にする。
無精髭も落として、髪も整えて…。
口を閉ざしたアダムは整えれば均整のとれた顔立ちで人形としておくには悪くない。
さらにぽんぽん、と魔法をかけて来ていた服をローブからルシファーと同じモーニングコートを着せる。
「なかなかいいじゃないか!」
アヒルで溢れた一角の椅子にアダムを腰掛けさせた。
「お人形遊びは卒業したはずなんだが、楽しくなってきたな!」
アヒルに囲まれてきれいな洋服を着せてもらいぼんやりと座るアダム。
さらに色んな洋服を着せ替えられ結局最初に来ていたモーニングコートに落ち着いた。
コンコン
「パパ、アダムの様子はどう?」
「あぁ!チャーリー!あいつかい?あいつなら…」
ルシファーの部屋まで訪れたチャーリーたち。
アヒルに囲まれて人形のようになってるアダムをみて皆三者三様の反応をする。
「これがアダム?きれいすぎない?」
「まぁ!パパが着せ替えてくれたの!?似合ってるじゃない!」
「わぁ…あのアダムが。」
頬をつついたり頭を撫でたりするがアダムの反応は相変わらずだった。
「アダム、昔は歌を歌ったりしてあんなに楽しそうだったのに…。」
チャーリーが最初に出会ったことを思い出す。
最初はあまりいい思い出ではないが歌声は確かな実力があり上手だった。
「…!」
す、と口が少し開くアダム。
「あ!私たちのことがわかる?アダム!」
「…~~♪…~~♪」
「え。」
「~~♪」
「ちょ、何?アダム?」
以前のような激しいロックではない讃美歌のような歌。
優しい歌声で綴られるそれは天使のようで。
いや、以前は天使だった彼の芯の部分に触れた気がした。
「とっても素敵だわ……!!」
「アダムがこんな歌が歌えるなんて。いつもは騒がしいし。」
「ねぇ、また歌って?!」
歌をねだるチャーリーに再び歌を歌うアダム。
「こいつさ、ロビーに置いといたらいいんじゃない?今までホテルのロビーが静かすぎると思ってたんだよね。」
「そうね!アダムにもいい刺激になると思うし…!元に戻るまでロビーで居てもらいましょう!でもどうしよう、ずっとロビーにいてもらうのも可哀想だし…私たちの部屋に夜になったら運ぶ?」
「ちょっとチャーリー…!さすがに私たちの部屋に何もしないとはいえ………。」
「そうだぞチャーリー!不用心だ…!彼は私が責任をもって夜は迎えに来るよ。」
「ほんと!?パパ忙しいのに大丈夫なの?」
「大丈夫さ!娘との約束を反故にはしないさ!」
***
ロビーに移されたアダムは誰かがロビーにいる時は歌を歌った。
地獄に賛美歌なんて。と、周りは馬鹿にしたがホテルはそもそも地獄の更生施設。
問題もなく日々が過ぎていった。
朝ルシファーと共にホテルのロビーに訪れ、夜には帰っていく。
毎日綺麗な洋服を着、ホテルの面々に向けて歌を歌っていた。
昔を知る面々も最早これが最適解なのでは?と思い始めた頃。
「アダム、ちっとも元に戻らないわね。」
「こっちの方がいいよ、チャーリー。あのやかましい声を聞かなくてせいせいする。こっちの方が静かだし歌も綺麗だし清潔だし。」
「でも…やっぱり昔を知ってるからこそ…。」
元に戻してあげたい。というチャーリーに皆どうしたものか。と悩んでいた。
夜再びルシファーがアダムをむかえにきた。
「さぁ、アダム。行こうか。」
「ねぇ、パパ。アダムが元に戻る方法ってないの?」
「元にって天使にかい?」
「天使というより昔のような彼に。まぁ確かに最低野郎だったけど、今の状態は……。」
「……………。元に戻す方法は…ある。…私にかかればできないこともない。」
「だったら…!」
「でもね、チャーリー。これは彼の罰だと思うんだよ。」
哀れみの目を向ける。
罪人と言えどたくさんの命を奪ってきた。
それをエンターテインメントとまで言ってきた彼。
その行いは果たして天に召された者が行う行動なのか。
「でも…誰しも間違いはある。更生できる。って思ってやってきた。このままでは彼は…更生する道すらなくなってしまうんじゃないかしら。」
「……。」
優しい娘。
彼にされたことは決して許せないだろう。
しかしそれでも彼を元に戻そうと言うのだ。
彼女の善性は地獄にいても一等、素晴らしいものだ。
そしてそんな彼女の力になるとあの時誓ったじゃないか。
「では、彼を元に戻す。その時もしまた君に手を挙げたり暴言を吐いたらどうするつもりだ?」
「…。」
「私はね、チャーリー。君に傷ついて欲しくないんだよ。そのためならば誰を切り捨てても構わない。」
「パパ…。」
「さて、この話は考えておこう。またあした。チャーリー。」
アダムを連れて根城へと帰って行くルシファー。
***
「元に戻りたいか?」
部屋に帰りいつもの通り椅子に座らせて問う。
もちろん何も返事はない。
「天国に戻りたいか?」
アダムの頬を触りながらさらに問う。
以前の彼ならば「帰りたいに決まってんだろうがクソ野郎!」と汚い言葉も帰ってきただろう。
しかしそれも今はない。
ただ虚空を見つめる人形。
「エデンにいた時はもっと…。」
昔を思い出す。
まだ天国から追放される前。
アダムとリリスがまだエデンにいた頃。
あの頃は本当に楽しかった。
3人で話をしたあの頃を。
3人で奏でた歌を。
「〜〜♪」
バイオリンを取りだして歌い始める。
3人まだ友人だったあの頃を思い出しながら。
「…〜♪」
「!…〜♪」
するとアダムも合わせて歌い出した。
あの時の歌を忘れていなかったのかと驚いた。
彼からするとリリスとルシファーは彼を裏切ったのだから。
忘れているかと思った。
「なんだ、お前歌えるんじゃないか。」
「……。」
「そろそろ独り言にも飽きていた頃だ。チャーリーの頼みもある。やかましいが話相手になってもらうぞ。」
ただし私と契約してチャーリーに危害を加えないというのが条件だ。
ぶわり。
魔法がかかり部屋は光に包まれた。
翌日
「よう!!ビッチども!!!俺がアダム様だ!」