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    Linco_juju

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    Linco_juju

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    未満×モラトリアム伏×桃
    第110回伏棘版ワンウィークドロライ
    お題「汗」「Tシャツ」お借りしました。
    しょっぱなから伏くんがモブ♀術師と会話しています(モブ♀さん当て馬ぽくてごめんね💦)棘くん以外との絡みが苦手な方はご注意ください。
    伏くんモラトリアム期のお話。未満の関係性です

    #伏棘版ワンウィークドロライ
    #伏棘
    voluptuous

    nectar 俺には縁の無い鮮やかなパッケージたちが視界の中を流れていく。青色を基調にしたディスプレイは夏を表すと共に涼を感じさせようという魂胆か。もっとも、ガンガンにクーラーの効いた店内では外のうだるような暑さはすっかり忘れてしまえるのだけど。
     殺人的な太陽光の下であろうと、呪術師は基本的に安全を優先させて真っ黒の任務服を身に纏う。任務中は帳も降りるし集中もするので気にならないが、祓除が終わってしまえば滝のように流れる汗を認めざるをえない。上着を脱いだところで失った水分は返ってこない。手持ちの水はあっという間になくなってしまった。一番初めに目に留まったドラッグストアはオアシスのようで、寄らないという選択肢は選びようもなかった。
    「あ。新商品出てる」
     歩調が緩くなり、隣の女性が声を上げる。先ほどまで一緒に任務に当たっていた先輩の呪術師だ。奢るよ、との提案を一度は断ったが、「学生に金なんて払わせるわけにはいかない」と先輩風を吹かせてきたので黙って従うことにした。正確には学生ではないが、訂正するのも面倒だ。
    「今年も展開してきたかぁ……あ、これ好き」
     飲料売り場に向かう足が完全に止められる。リップだか、ハンドクリームだかのサンプルを物色しながら独り言を零す女性を数秒眺め、俺は心の中でため息をついた。時間を潰すためスマホを取り出し画面をチェックする。メッセージが何件か届いているのは帳を出てすぐに確認済だ。緊急性は無いものばかり。高専からの事務連絡と、クレカの明細、それから狗巻先輩から一件。
    「ねぇ、伏黒君はどっちの匂いが好き?」
     まさにメッセージを読もうとした瞬間声を掛けられて、眉間に皺が寄る。できるだけ能面を装って顔を上げた途端、術師の先輩が二つのチューブを俺に差し出した。鼻先に近づけられたそれらから漂う人工的な匂いが鼻腔を抜けていく。一方はレモン、もう一方はスイカのような芳香だ。どっちがって言われても。
    「偽物みたいでどっちもあんまり好みじゃないです」
     正直にそう答えたら女性は不満そうな顔を見せた。
    「じゃあ、これは?」
     そう言って開けられたチューブからは、甘い桃の匂いがのぼってきた。これだって十分に人工的。しかし、その中からひとひらのみずみずしさを拾ってしまった。生々しく、温もりを纏った甘い香りを。

     何てことは無い会話であっという間に時間が埋まる日々だった。互いに息もつかぬ勢いで話しているというわけでもないのに。見たこと、起きたことを共有するだけではなく、感じたこと、思うこと、何が正しくて、何を心に留めておくべきなのか。呪術師として生きていくしかないあの人と俺が、真っ逆さまに堕ちてしまわないように、心得を、そして未来を語った。学生の戯言とも言えただろう。だけど、たとえ机上の空論であってもそれで構わなかった。先を見据えて言葉を交わした静かな時間そのものが、今後を生き抜いていくための糧になると思ったからだ。
     その日もいつものように話をしていた。ずいぶん話し込んでしまったのか、テーブルの上に置かれたまん丸の桃がしっとりと汗をかいていた。よく冷やされた夏の風物詩。立派なそれは全国を飛び回る最強教師からの差し入れだった。一玉ずつ頂戴し、デザートとして話の合間に食べようと言いながら部屋へ帰ってきた。
     ぬるくなっちゃったね
     俺と同じように桃へ目を留めた先輩が、そう言って薄紅色の玉へ手を伸ばす。鼻を近づけて「いい匂い」と独り言ちると、彼は小さく口を開きなだらかなカーブを描く肩口へとかぶりついた。食べごろではち切れそうな桃は、その表皮を歯で破られて、惜しみなく果汁を零した。その蜜の進路を先輩の舌が器用にせき止め、零さぬように舐め上げる。そして艶っぽくなった口の周りもぺろりと拭った。もう一口。次はさっきよりも大きな口で。さらにもう一口。下顎を下げて舌で迎えにいくように。嚥下の為に上下する喉ぼとけは滑らかで艶めかしい。大胆に拓かれていく白い身からは、大粒の涙のように透き通った汁があふれてくる。拾いきれない果汁が先輩の掌を伝い、手首、それから腕へと垂れていく。ぽたりと。ひとしずく、重力に負けて彼のTシャツへと落ちた。それ以上落とさぬよう、彼の赤い舌が肘の先まで到達するが、堰を切ったように流れ出す蜜はそう簡単には止まりそうない。右手で桃を握っている今、使えるものは己の舌だけで。隻腕の彼に降りかかった小さな災禍を取り除くために。そう言い聞かせて、俺は彼の右腕へと手を伸ばした。
     掲げるような格好になった手の中にある、彼の歯の型通りにくり抜かれすっかり柔らかく解れてしまった淡い果肉。喰い破られた組織が最後の華を咲かせんとばかりに振りまく脳みそを痺れさせるような甘い芳香。部屋着にはちょうどよい具合にくたびれたちょっとふざけたデザインのTシャツ。部屋の蒸された空気の中に舞い込む湿り気を帯びた風。うるさいほどの虫の鳴き声。そして、ほんの少しだけ驚いた様子で俺のことをみつめる狗巻先輩のアメジストのような瞳。
     あの時の風景が鮮やかによみがえる。誤魔化しようがないほど、この人に劣情を抱いていると自覚した瞬間の、絶望とも解放感とも言うべき感情も。

    「伏黒君、この後何か予定入ってる? もし何も無ければご飯でも」
    「すみません。暇じゃないです」
     後半の言葉は雑音にしか聞こえなかった。続けて何か言っていたようだが、スマホを弄る傍らで頭だけ下げて店を出た。
     狗巻先輩からのメッセージは緊急性のあるものではない。返事だって必要のないくらい他愛の無い話だった。だけど。今すぐ声が聞きたくなった。このまま飯を食いに行きたい。いつものようにくだらない話をたくさんして、ころころと変わる表情を見せてほしい。そして、気の置けない仲間だと、互いの認識を塗り重ねさせてほしい。
    『すじこ』
     耳に押し当てたスマホから、焦がれていた声が聞こえてくる。当たり前のように普段の声色であることにホッと安堵の息をついた。今から飯に、そう切り出そうとしたら。
    『明太子、ツナ?』
     カラカラとした声に自然と唇の端がつり上がる。一度口を覆って、緩む唇を宥めた。
    「……はい、暇です。俺も誘おうと思ってました……」
     今さら過去を鮮やかに思い出したところで、当惑も逡巡もしたりはしない。自分の抱える感情を飼い殺す決意と諦めはついている。苦行だとか地獄だとか。俺が見ている景色はそういうものではない。そこに漂う空気は鼻腔の底にこびりついて離れない、白桃の匂いのように甘美なものだ。だからこそ、性質が悪いとも言えるのだけど。
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    Replies from the creator

    Linco_juju

    DONE俺の先輩4 展示作品
    祝!伏黒恵誕生祭✨🎂✨
    これは、高専卒業後バディを組んで任務に当たっている伏棘のお話です。とある伏黒君の誕生日、この二人はどんな風に過ごすのかなと妄想した次第です。新刊「拝啓、親愛なる相棒殿」の世界線ですが、読んでいなくても読めるかなと思います。甘くないです。ご了承ください🙇
    冬至の候、ご多忙のことと存じます 爆弾低気圧とやらで大荒れとなったとある冬の日。午前中は二学期の終業式に形だけ参加し、昼からは学長から押し付けられた面倒な用事で都心へ出向いた。吹きすさぶ風に乗って、ちらほらと白いものが混じり始めたと思ったのも束の間、あれよあれよという間にその欠片は大きくなり、道に溜まる体積を増し、用事が済んだ頃にはすっかりアスファルトの姿が見えなくなっていた。突然の大雪と強風で電車のダイヤは大いに乱れ、足止め状態。タクシー乗り場は長蛇の列。途方に暮れているところに掛かってきた学長からの電話は、助け船などではなく、追加のお遣いで。
    「足止め喰らってんならちょうどいいじゃん。どうせ、帰ってこれないんでしょ?」
     絶対今度殴ろう。あっけらかんと言い放つ男の言葉を思い出してはポケットの中で拳を握りしめた。
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