一仕事を終え、キンと冷えた夜の空気の中、左馬刻は寒さを誤魔化すようにいつもの煙草に火をつけた。目の前に広がる黒々とした海に向かって煙を吐きだす。理由もなくその白いもやを追って目線を上げると、満天の、とは言い難くとも、美しく輝く星々が視界に入ってきて、無意識に端末に手を伸ばした。電話をかけようとして、寝ているかもしれない、と指が止まったところで画面が光り着信を告げる。
「良かった、起きていましたか」
「よお、先生」
「今、空は見えるかい。…今日は星が綺麗だなと思ったら、何となく、君の声が聞きたくなってね」
「…俺も今、かけようかと思ってた」
一瞬の沈黙の後、「なあ」「ところで」と声が重なる。同じことを考えているようだと確信して、左馬刻が口を開いた。
「星を見んなら、こっち(ヨコハマ)の方がいいだろ」
「…そうだね。ここ(シンジュク)だと、明るすぎる」
待っていてくれるかい、という言葉と共に電話が切れる。端末をしまい、左馬刻は煙草を揉み消した。
(夜食でも買って帰るか)
黒い海を背に歩き出したその体は、既に寒さを感じないほど、穏やかな幸福感に包まれていた。