季語シリーズ⑯ 浜昼顔「北村さん! 見てください、あんなところに朝顔が!」
砂浜を歩いていると、突然九郎先生が声を上げた。
「えっ、こんなところにー?」
驚いて彼の指す方を見れば、確かに朝顔が、それも群生していた。地面に茂ったツタに薄ピンクの花々がたくさんついている。一般的なイメージの、植木鉢の支柱に絡まった朝顔とは様相が異なっていた。地面を這うような様子は、むしろかぼちゃやスイカと似ている。方々にツタは伸びていて人に管理されているようでもなく、自生しているみたいだった。
「朝顔、なのかなー? 僕の知ってるのとずいぶん違うよー」
「そうですよね。もう正午は過ぎていますし、昼顔、でしょうか」
九郎先生の言う通り、時刻は午後二時を回っていた。日もやや傾き始めていて、朝顔ならもう萎んでいる頃だろう。
二人して首をかしげる。僕はスマホを取り出し、調べてみることにした。
「へー、浜昼顔って言うんだってー」
ほら、と九郎先生にスマホの画面を見せる。
「ほう、昼顔とは別物なのですね」
「こんな風に砂浜に生えてるみたい。クリスさんは知ってるのかなー」
「古論さんならば、海辺の植物も網羅していそうですね」
九郎先生はしゃがんで、浜昼顔の花をひとつ茎ごと取った。
「北村さん、右手をお貸しいただけますか」
言われるがまま右手を差し出すと、彼は僕の指に茎を巻きつけた。一度指から外して何やらいじった後、また元の指に戻した。
「これって、指輪ー?」
「ええ。浜昼顔のような大きさだと、見栄えがしますね」
九郎先生が作ったのは、花指輪だった。大ぶりの花冠は迫力があるけれど、だからこそおもちゃのアクセサリーみたいだった。
「九郎先生、こんなの作れたんだー」
「つい先日、教わったのです。なかなか良い出来ではないでしょうか?」
浜昼顔にはがくがあるから指の上でまっすぐ立たず、へたっているように見える。しかし薄ピンクの花びらは誰かに似た、上品な雰囲気をまとっていた。
「ちょっと不格好かもー。でも、ありがとうー」
花指輪、浜辺の思い出胸に秘め。クリスさんに今度会ったら浜昼顔を見つけたと教えようかと考えていたけれど、今日のこの出来事まで話してしまうのはもったいない気がして、僕は誰にも言わないでおくことにした。