テラリウム「ねえ、一緒に暮らそうよ」
秋雨前線のもたらす濃い墨色の雲が空に蓋をして、大きめの雨粒が喫茶店の昭和風情を残すガラス窓をたたいている。午後二時前にしては暗い街は影も雨に溶けていて、息を吐くだけで寂しい気持ちになる日だ。しのぶの家から一番近い、という理由だけで選ばれた、私鉄の駅前からも離れた、名物もない小さな喫茶店がこんな天気の日ににぎわうはずがなく、客は足首と肩をぬらしながら外回りをしている最中に一息入れているサラリーマンと、あとしのぶと後藤だけだ。離れたテーブルにいるサラリーマンが温そうなコーヒーをおざなりに飲んではおいしそうにたばこを吸う様子を横目で眺め、自身を鼓舞するように深く息を吐いてから、しのぶは最後に目の前にいる男の眠そうな目を見た。
14009