―――ザザン、ザザァン
冬の海は波が荒れやすいのか、それとも立ち寄った今日が偶然荒れている日なのか。普段は穏やかに、砂浜へ引き寄せられては沖へと戻っていく波の音が、灯りの差さない真っ暗闇の中に響き渡っている。それは沿岸沿いにずっと先まで伝播し続けており、万次郎の立っている場所からでは終着点が見えない。段々と、果たして自分自身がどこに居るのかが分からなくなり、このまま気を抜くと暗闇へと飲み込まれてしまいそうになるが、少し足をずらすと湿り気の増した砂と靴底の擦れる音や感触が伝わり、どうにかとどまることが出来ている。
うっとうしい。
それは、潮風で荒々しく撫でられている己の髪が顔にかかるからなのか。永遠に続く暗闇に囚われそうになるからか。それとも、答えが手中に無く、見出す術も抗う術も何も見つけられない苛立ちからか。
波打ち際ギリギリまでずかずかと、白い靴が海水の潮や砂浜の泥で汚れるのもお構いなしに近付いていき、海水に向けなんの躊躇いもなく砂を蹴り上げる。それは足元から少しだけ蹴上がったが、すぐにびちゃ、と汚い音をたててまたすぐに足元の砂と同化した。暗闇でよく見えないはずなのだが、まるで見えているかのように万次郎はそれをただ見つめ、そのままどうする訳でもなく、静かにその場に立ち尽くしていた。