学校から帰ってきてランドセルを部屋でおろしていると道場のほうから泣き声が聞こえてきた。
この感じからすると、今日はまたおじいさんにかなりこっぴどくしごかれたに違いない。
どうせいつものように、しばらくするとこの部屋の襖をあけて「にいちゃあん」って泣きついてくるんだ。
そう思いながら、ランドセルの中から教科書を抜き出して本棚に並べた。
だが、しばらくたっても襖は開かなかった。それどころか気づけば泣き声が遠ざかっている。今日はどうしたんんだろうか。不思議に思いながらも部屋を出ると茶の間に向かった。
遠くから泣き声は聞こえるものの、そこに姿はなかった。きっと台所だろう。今は母さんが仕事で家をあけてしまっているから、夕飯の支度をしている父さんの足に縋って泣いているに決まっている。別に面倒を見ろと言われたわけではないが、つい癖で泣いている良守を探してしまう。
台所をのぞくと、父が夕飯の準備をしていた。が、足元に良守の姿もない。当然泣き声もここからは聞こえない。
「父さん、良守は?」
「あれ?正守のところじゃなかったの?」
「また泣いてるみたい。声は聞こえるから遠くには行ってないと思う。ちょっと探してみるね」
「ありがとう。ちょっと夕飯の準備で手が離せないからお願いね」
「まかせて」
そう言うと、台所を出て声を頼りに家の中を探し回る。
おじいさんに怒られて泣いた時はたいていは正守のところに来る。もしくは、茶の間で拗ねてそのまま寝てしまうことが多いのに今日はいったいどこにいったんだろうか。
縁側に夕日が差し込む時間になってきた。もう寒くないとはいえ、だんだんと暗くなってくると寂しさも増すはずだ。早く探してやらなければと、サンダルを履いて庭に出た。
家の周りをぐるっと回っていると、勝手口の外に置かれた縁台にちょこんと座ってメソメソ泣いている良守を見つけた。
「あ、いた!」
その声に、はっと顔を上げその呆けた顔のまま近づくまでじっとこちらを見あげていた。
「まーた泣いてる」
からかうように言いながら隣に腰掛ける。
「泣いてないもん」
必死に目を両手でゴシゴシして涙を拭く。
「別に泣いたっていいじゃん。悔しかったんだろ?」
そう言われたことに驚いたのかまたこちらを見てきたが、せっかく拭いた涙がまた溢れてくる。
「だってぇ…」
こういった泣き方をする理由はわかっている。後継者なのにそんなんでどうするのかとまた延々と言われたのだろう。だからこそ、正守のところに来なかったのだ。
術が使えるようになるのは楽しいと言っていたが、まだこんなに小さいのにそれ以上に求められることはきっと辛いだろう。背負ってるものが大きすぎると思う。一代あけてしかも二番目でやっと方印が出た正統継承者に、おじいさんも力が入っていてるのはわからなくもないが。
良守が泣いてる横でしばらくそんなことを考えてはいたが、いっこうに泣き止む気配がない。今日はいつも以上になにか言われたんだろうか。
良守の頭をそっと撫でてやる。ツヤツヤの髪に丸い頭、撫でる手がしっくりとはまる。最初はビクッとしたものの、すっと肩の力がぬけて少しおとなしくなった。
こうなると思いっきり甘やかしたくなる。今日くらいなら、そう自分に言い訳すると、小さな肩にそっと手を回し、ギュッと抱き寄せる。すると、良守も正守の腰に手を回して抱きついてきた。
「にいちゃぁぁぁああん」
落ち着いてきていたものがまた溢れ出す。正守には頼れないと我慢していた分、いっそ力強くしがみついてくる。そうやってしばらく抱きしめながら頭を撫でているといつの間にか泣き止んでいて、今度はすぴーという間の抜けた寝息に変わっていた。あれだけ泣き続ければ疲れるだろう。その前にはみっちり稽古もしている。こんな小さな体でよく頑張っていると思う。自分が同じくらいの年齢の頃には、おじいさんもここまで厳しくはなかった。正当継承者とは本当にめんどくさい仕組みだ。代わってやれればいいが、そんな簡単なことではない。それならばせめてこうやって抱きしめてやるくらいいいだろう。
安心して眠る顔をみて、変な体勢で寝てしまった良守を抱え直して寝やすいようにしてやる。
どうせこのまま大人になって家にいたとしても、正統継承者でない自分は出ていくほかはない。それであれば、力をつけて弟を守ってやれるように強くなるほうがいいに決まっている。それがどんな方法があるのかはまだ分からない。けれども、こんな可愛い弟を苦しめている原因を変えられるだけの力をいつか必ず欲しいと思った。
とりあえず、寝てしまった良守を抱えなして立ちあがると、夕飯まで一緒に添い寝をしてやろうと部屋へと向かった。