視線① 見守るだけ「僕、悠仁のこと好きなんだよね」
「急に何をいうかと思えば…そんなこと言うためにわざわざ来たのか?」
一年が任務で留守な中、暇を持て余した僕は硝子のいる医務室へ赴いていた。
呆れた硝子は、作業していた手を止めこちらへ向き直る。
「だから何だって言うんだ。お前を見ていたら誰でも気づくだろ。まぁ当の本人は気づいていないようだが」
「あぁ、やっぱり?」
「だが、珍しいな。お前のことだから、もう手を付けていると思ったよ。その口振りだと、まだなんだろ?」
空いた自分のマグカップにコーヒーを注ぎ直す為に動いた硝子は、新しく紙コップを出して僕の分のコーヒーも用意した。次いでにスティックシュガーを雑多に渡される。
「あぁー、そうなんだけどね。手出そうと思った時もあるんだよ。ほら地下室でとかさ」
「でも、まだ出していないんだ」
「まぁね。彼らの青春を奪いたくなくてさ」
スティックシュガーを入れたコーヒーをマドラーでかき混ぜ、その渦を見ながら最近の自分を思い出してみた。
いつもの僕なら、相手のことはお構いなしに自分の欲求を優先していたはず。しかし近頃は違う。悠仁を遠くから、ただ見ているだけ。
触れようて思ったことはある。でも、そうする事はしなかった。
「最近のお前は、ずっと虎杖を見ているよな。それも愛おしそうに」
「悠仁はさ、優しいし、僕が押せば応えてくれると思うの」
「大層な自信だな」
「でも、それだと彼は色んなものを犠牲にする。そんな事させたくないんだよね〜」
手に持ったコーヒーを飲み干した。
悠仁が僕を受け入れれば、僕は絶対に彼を離してやれない。
「へぇ、そんな風に考える頭があったんだな」
「分かるでしょ、今がどんなに大事な時か。過去は変えられないんだよ」
神妙な面持ちでそう告げる五条の過去を分かっているのは硝子と夜蛾くらいだろう。
「だから、僕は見守るだけ。好きな子が、ずっと笑っていられるようにね」
「ん、もう行くのか?」
おいしょと腰を持ち上げると硝子がそう問いかけた。
「そろそろ任務から帰ってくるんだよね」
「本当に、それだけ話に来たのか」
深いため息をついて、また机に向き直った硝子の背中を確認して医務室を出た。
先程、補助監督の新田から連絡が入っていた。
先回りして寮の入口に来れば、遠くから一年達の楽しそうな声が聞こえてくる。
そして、一つの声が僕を呼んだ。
「五条せんせー!」
「おかえり、みんな」
「ただいま!」
太陽のように明るい笑顔で応えたのは悠仁だった。
「よーし、任務を頑張った君たちには、ご褒美にご馳走に連れて行ってあげちゃうよ〜」
「やったー!!ご馳走?!何?!」
「いらないです。疲れてるんですよ」
「私もパス。早くシャワー浴びたい」
目をキラキラさせる悠仁に対して、軽く遇らう恵と野薔薇。
提案に乗ってくるのもいつも悠仁だった。こんなに素直な反応をされていれば、彼を気になり、いつの間にか好きだと思うのも当然だろ?
「えー、恵も野薔薇も冷たいな〜」
「あー、そしたら先生、鍋する?昨日買い物行ってさ!」
「悠仁お手製肉団子鍋?する!2人きりで食べよ!」
「それなら、私も食べたい」
「そういう事なら俺も。冷凍のうどん余ってるから使いたい」
僕の時とは全く違う反応をする恵と野薔薇からは、何か警戒されている気がする。まぁ、これも通常。さほど気にはしていない。
僕が気になるのは彼だけだ。みんなに愛される悠仁。
(こんなに愛されている彼を僕一人のものにしては、ダメだ)
彼にこの時を大切に生きて欲しい、そう思えば
彼を縛る言葉を止めることができた。
悠仁、好きだよ
でもこの言葉は、一生君には告げないよ
◻︎◻︎◻︎
そう決めたときから三年近くが経った。
未だ宿儺は悠仁の中にいる。その為、彼は処刑されないでいられる。
こうして卒業式を迎えるとは思っていなかったし、彼らを見送るとは思っても見なかった。
たった3人の卒業式。
式といっても簡易的な物だが、学長からの証書授与式をみると感慨深い。
もう授業をすることもない。寮の荷物も出されたこの日は、やはりいつもとは違う。
今まで使っていた教室を入口から眺めていると、パタパタと足音が近づいてきた。
「先生!」
「おぉ、悠仁。卒業おめでとう」
「はっ!今までお世話になりました」
丁寧に頭を下げて、顔を上げるとニカッと笑っている。
「五条先生と毎日会えなくなるのは、寂しいな」
「まぁ卒業したからといって、会えなくなるわけではないけどね」
そう言われれば、本当に慕われているのだと実感する。
『僕も君に会えなくなるのは、寂しいよ』
その言葉は飲み込んだ。
「本当にありがとう!先生のこと大好き!」
歯列を見せて笑う姿が愛おしい。
ただ、その好きが僕とは違うことも分かっている。でも、今なら告げてもいいよね
「ふふ、僕も好きだよ、悠仁」
「応!じゃあね、先生!さようなら!」
廊下の先から悠仁を呼ぶ男女の声に反応した悠仁は、元気に手を振り行ってしまった。
その後ろ姿をいつまでも見つめた。
さよなら、悠仁
これからも君たちを見守っているからね
愛しているよ、悠仁