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    書いた記憶はあるけどいつ書いてどこに載せたか覚えのないまなんちょを試験的にアップしてみました。
    未来ねつ造結婚してます系です。糖度高め。
    (2018年6月に書いたものをそのままアップしています)

    #まなんちょ
    southSideBook

    可愛いおねだり 真波のしる限り、宮原という少女はひとりでなんでもやろうとしてしまう女の子だった。なにせ小さな頃からずっと委員長をしていたのだ、しっかり者なのは疑うべくもない。
     そしてそれは、彼女の姓が真波に変わってからも変わらなかった。
     スポーツ選手とはいえ野球などと違って真波の給料はそんなにあるわけではないし、体調いかんによって変動も大きいからと結婚しても彼女は仕事をやめず続けている。
     最近はスポンサー契約やTVの仕事も増えてきているけれど、それでも彼女はなにかあったときアンタを支えるのは私の仕事だものといって、専業主婦になることをよしとしてくれなかった。
     仕事が好きだから。
     というのであれば真波だってあらゆるものを飲み込むけれど、繁忙期にはヘロヘロになりながら日付を跨いで帰ってくることも多いし、それでいて家事は自分でやろうとするのだからたまらない。
     いい嫁じゃないかと周囲には言われるけど、家事をしてもらいたくて結婚したわけでもないし、自分の面倒をみてもらいたいわけでもなかった。
     ただ一緒にいたくて、生涯をともにするなら彼女がいいと思ったからなのに。
     なんてことを考えつつ真波は岐路についていた。
     レースでは乗らなくなったけれど、いまでも通勤に自主練習にと活躍している白い愛車のペダルを踏み込みながら、真波はうーんとうなる。
     たしかに自分はアスリート、怪我をすることもあるだろうしレースで勝てなくなることもあるだろうけど、それでも彼女一人くらい守っていたいから結婚することだって決めたのに。
     女の子は繊細で守ってあげなきゃなんてよく言うけど、実際メンタル面で脆いのは男だと思う。特に真波は宮原への恋を自覚して、彼女と恋人になってから今日までずっとそう考えてきていた。
     たとえば。
    「ごめんなさい、さんがく。実はさっきトイレの電球を替えようとしたら転んでしまって手首を痛めたみたいなの、それでご飯の支度とか出来そうにないからしばらく実家にいってくれる? おばさまには連絡しておいたから」
     こんなときである。
     今日はお互いに早めに家に帰れるということで、時刻は十六時を少し回ったところ。
     玄関で真波を出迎えてくれた彼女は細い手首に痛々しい包帯を示して、表情だけは淡々とそう告げた。
     真波の気分はどん底以下である。底の底なんて早々体験出来ないのでやっぱり委員長はすげえやって思うことにしている。
     出来ているかは不明だけれど。
     渋い顔を隠さずにいたら戸惑うように愛する奥さんが慌て出した。
    「だって、冬のトレーニングが一番重要だっていうのにそんな大事な時期にレトルト食べさせるのもどうかと思うし、今日明日でよくなるとは思うけど念のためね」
    「その間どうするの?」
    「私? 家にいるわよ、仕事もあるし」
     ほら、こういうところが駄目なんだ。
     彼女が自分のことを一人でしまうのは性分なんだろう、でも、それが真波には面白くないし痛い部分でもある。
     だって、夫婦になってからも彼女が困ったとき手を伸ばす先に自分はいないのだ。むしろ庇護する対象ととられている風でもある。
     彼女がそうしてしまうのは真波のこれまでの行いのせいだというのはわかっているし、反省だって十分したと思うけど、それだけではなにも変わらないのだ。
    「たしかにトレーニングは本格化するけどさ、オレたちって夫婦だよね?」
    「そうね」
     彼女の言葉尻にアンタが解消したいって言わなければね。なんて言葉が見え隠れしているのはしらないふり。
    「だったらさ、オレを実家にいかせる前に自分が出来ないことやってもらおうって思ってよ」
    「へ?」
     ぽかーん。
     なんて言葉が似合いのそんなの考えつきもしませんでした。な、顔。
    「オレ、料理くらい自分で出来るし、大事な奥さんが手を怪我して不便なことになってるのわかった上で家に置いてけぼりにして、実家で上げ膳据え膳楽しむ気なんてないよ」
    「え、でも、さんがく」
    「でももだってもないから、ほら入って入ってー。そこにまとめてるオレのだろう荷物は後で回収するから。玄関なんて冷えちゃうじゃない、駄目だよ身体冷やしたら」
     パタンと玄関の扉を閉じて鍵をかけてしまう、当然チェーンもだ。
     そのまま床を滑らせるようにして彼女の背を押してリビングまで強制送還して、ソファに座らせてしまう。
    「ちょ、さんがく」
    「手首痛むんでしょ、こんな適当に包帯巻いただけじゃ駄目だよ。待ってて、テーピング持ってくるから」
     職業柄怪我は多く簡易の処置なら出来る。そもそも痛いのが手首なのに自分でまともに包帯なんて巻けるはずがないんだ。
     練習で疲れているのにとか、後ろで声がするけど無視を決め込んで道具を手に取ると、彼女の隣に座って小さな身体を持ち上げて自身の膝の上に引き上げる。抵抗はされたけれどもしったことかと。強引に。
     そうして怪我をしている手首に巻かれた不格好な包帯と、よれて貼ってある湿布を剥がしてしまえばほんの少し熱を持った手首に触れた。
     折れてはいない。
     けれど腫れてはいると判断した真波はしばらくの黙考の後でテーピングを放り出すと、
    「え、ちょ、さんがくっ?」
     焦った声が耳朶をくすぐるけれど問答無用だ。
     だって彼女もそうしたから。
     怪我をした自分から真波を遠ざけようとしたから。
    「折れてはなさそうだけど素人判断だから病院行くよ。下手な捻挫は骨折よりも治りが遅くなるし、心配だから」
     器用に彼女を抱えたままでズボンのポケットから自宅の鍵を取り出して施錠はしっかりとする。そのままエレベーターを経由して駐車場へ下りれば滅多に出番のないマイカーが待っていた。
     自転車が詰めること以外では燃費と維持費で決めた大衆車がキーレスなことに感謝しながら、自分で歩ける! 恥ずかしい! と、わめく彼女を助手席に座らせてシートベルトで固定してしまう。
     そのまま流れるように自身も世話になっている医師へ連絡を取って、診察の予約を入れるのも忘れなかった。
     静かに走り出した車の中に流れるのは、軽快なトークが売りのラジオ。
    「…………さんがく、なにか怒ってる?」
     三つ目の信号をこえた辺りでおそるおそる問いかけられて、出たのはため息だった。
    「怒ってるけど、自分に。だよ。一番大事なお嫁さんに信用されてなくて頼っても貰えない情けない男だなって、思ってる」
     そんなこと。
     言いかけてやめたのは自覚があるからか。
    「……ごめんなさい。自分でも可愛げがないってわかってはいるんだけど。人に頼るってどうしたらいいのかわからなくて」
     困ったような、沈んだような声を聞きながら赤信号でブレーキを踏む。
    「ほかの男は知らないし、頼らせたくもないけどさ。オレに対してなら簡単だよ。一言「お願い」って言ってくれたらそれだけで有頂天になって、なんだってするよ」
     メガネの向こうの丸くて大きな瞳がぱちくりと瞬きを一つ落とす間に、信号が青になってしまったのでそっと発進をすれば、自分の中で整理しているらしい彼女が物思いに耽った表情が横目に入った。
    「ええと、そんなことでいいの?」
    「そんなことなんかじゃないよ」
     ウィンカーを上げて巻き込み確認をしてからハンドルを左に回す。思えば自転車ばかり乗っていたのに、車の運転も随分慣れたななんて考えながら。
    「可愛くて大事でたまらないお嫁さんから可愛くおねだりされたら、なにがなんでも叶えたくなっちゃうくらい単純な生き物なんだよ。男なんてさ」
     見えてきた目的地、その駐車場へ危なげなく車を停めながら真波が言い切った言葉に彼女は眉を寄せて、まだどこか納得しかねていないようだった。
     ならば。
     素早く車のエンジンを切った真波は彼女がシートベルトを外している間に助手席側へと回り込んだ
    「え、まさか……」
     ドアを開けた真波の意図に気付いたらしい彼女が抵抗するよりも早く、彼女の荷物ごと彼女をこどもにするように抱き上げてやった。
    「オレのみてないところで無茶して怪我した奥さんが心配だから、運ぶのも全部オレにやらせて欲しいんだ。──おねがい」
     自分より高い位置に来た彼女の瞳をそっと上目に見つめて、殊更甘えるように言ってやればぼひゅんとわかりやすく真っ赤になる顔。
    「っ、っ、っ、卑怯よ! さんがく」
    「使えるものはなんでも使わないとってことだよ、わかってくれた?」
     好きな相手からのおねだりは断れないってこと、嬉しいってこと。
     反論はもちろん聞き入れる気はないけれど、ついでに言うなら抱っこ移動は自分を頼ってもらえなかったことへの意趣返しも含まれているけど。
     おねだりの有用性については理解してもらえただろうと信じて、病院の入り口をくぐる。
     本当はものすごく怖かったことは当面黙っておく。
     自分のいないところで怪我をされて、もし打ちどころが悪かったらって思ったことも。
     抱き上げた彼女の体温や鼓動を聞きながら、ほっとしている真波に気付いているのかいないのか顔を隠すように抱き着いてきた彼女は小さく、けれどはっきりした声で言った。
    「心配かけてごめんなさい。次からはちゃんと頼るわ」




    END
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