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    nochimma

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    nochimma

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    ワンドロ 宝物

    『ボス! お久しぶりです』
     夕暮れのセーフハウス、革張りのソファにゆうゆうと座るチェズレイの唇と瞳と声は彼の異名を知る人が見たら腰を抜かしそうなほど、甘ったるく蕩けている。
     それらを一身に浴びながら、長い脚の先に横たわるローテーブルに乗せられた大型のタブレットの向こうの男は、驚くでもなくにこりと笑って小首を傾げた。
    『久し振り、チェズレイ。……あれ、モクマさんは?』
    『夕食の買い出しに行かれていますよ。どうやら私にはメニューを伏せて作りたいようで。……あのひと台所の使い方が雑なので、全て任せるのは少々恐ろしいのですが……』
     同じ道を進むと決めてもう一年経ったか。目まぐるしい日々のなかでそう大きな問題は起きていないが、最初に台所を使わせたときに壁に刺さった包丁を見た時の眩暈は今でも鮮明に思い出せる……。
     ……と、完全に苦言を呈すテンションで言ったのに。
    『……そうかあ』
    『? なんです?』
     なぜだかルークが浮かべたのは、なんとも言えない生ぬるい笑みだった。違和感を覚えて問うが『ううん』と首を振るばかり。気のせいだろうか?
    『通話の間にきっと帰ってきますよ。……ですが、今日あなたが連絡をくださったのは私宛なのでしょう? でしたら無粋な闖入者が来るまでじっくりたっぷり、二人で楽しみたいのですが……?』
     ……これは、実験だ。
     続けてもう一度、先程とおなじように、ややモクマを下げるような声音と内容でもって話せば、ルークはさらに笑みを深めて、どころかしたり顔にまでなって……宥めるような声を出した。
    『またまたあ~~』
    『……』
     ……その反応は、予想通り、ではあった。
     あったが、あったからこそ、チェズレイは内心で困惑を深めた。
     なんだその、兄弟喧嘩か痴話喧嘩を聞いているかのようななまぬるい目線は?
     ……いや、ちがう。本当の問題はそこでもない。
     ルークはチェズレイが今まで会った中でもとくべつわかりやすい人間なのだ。思考なんていつも手にとるように読める。それが、今のは反応も予想外、見える内心もなぜだかうすぼんやり、霞が掛かったよう。
     まさか、変装? それとも操られている? いや、それなら見破れないはずがないが……、
     チェズレイが探るように見つめる先で、レイヤーが一枚ずれているような、そんなほんのすこしの違和を笑みの中に織り交ぜながら――彼は続けた。
    『最近さ、記憶がよく戻ってくるんだ。断片的ではあるんだけど、孤児院にいた頃のものも……、父さんの掛けたプロテクトが外れたからかな? きっと、君の退行催眠があれば、今までよりも深く遡れると思う』
    『……。それはそれは……いつか必要になる場面も出てくるかもしれませんね』
     ぽつぽつと、語られた内容。
    (……なんだ)
     それを聞いて、チェズレイは内心胸を撫で下ろした。この画面の向こうに居るのは間違いなく「ルーク」であった。なるほど、新たな記憶のピースを手に入れれば、自分の知っていた彼とは僅かながら違うかたちになる。それを違和感として感じ取ったのだろう。
     そして、わかってしまえばそれは歓迎すべき事象であった。彼の生い立ちについては把握している。辛い記憶もあるだろうが、忘れたくて忘れたのでないならば、それは彼が持っているべきだと思うし、それこそ過去のハスマリーの記憶が鍵になる場面もあるかもしれない。チェズレイがすぐに頷くと、ルークも『話が早いな』と笑った。
    『その時はよろしく頼むよ。で、ここからが本題だ』
     すう、と息を吸って。緑の目が地球の裏側からこっちを見つめる。
    『最近、思い出したんだ。ゴミの海から、君のおまじないで戻ってこれた時のこと』
    『それは……私が最初に出てきたという……あの?』
    『それそれ』
     それで。飛び出してきたのは予想外の話題だった。おまじないのお陰と言ったが、こちらは何もしていない。切っ掛けくらいは作れたかもしれないが、壊れた心を嵌めなおして立ち上がったのは彼自身の功績だ。
     これだって愉快な記憶ではないだろうに、ルークはすっかり飲み込みきったというよう、なんてことない顔で続ける。
    『その時に君が教えてくれたのは、コードのありかのヒントだけど、それはきっと、本当は僕が深層心理で気づいていたけど見ないようにしていたもので……。気付くきっかけをくれたんだと思う。だから、それはいいんだ。でも、他に、君が言ったことがあって』
    『ふむ』 頷いて促す。
     興味深い話ではあった。
     正確なところを知る術はないが、話を聞く限り、軽い自己催眠のような状態だったのだろうか? だとすれば、その中の『自分』が言ったことは、ルークの中のチェズレイに対する評価でもあるわけで――、
     真剣に耳を傾ける詐欺師に、ルークはそっと目を閉じて、記憶のドアをノックするように……、
    『――あなたは何者でもないかもしれない。ルーク・ウィリアムズ。でもね、何者でもないからこそ、何者にでもなれる。何にでも変われるのです。
     人は、変われます。たとえば……昨日まで命をかけてきたものと今日決別し、明日は新しい宝を見つける。
     ――そんな変化も起こりうる』
     すこし幼い声で、歌うように語られたことに……、
    『………………。…………は?』
     チェズレイの目はまん丸に丸まって、それでだいぶ低い声が出た。
     ……やっぱり、仮面の詐欺師を知っている人が見たらびっくりするような、というか、彼の相棒でも結構驚くような、正真正銘の、虚を突かれた顔だった。
     ……が、それにも動じぬ男が、この世界にたった一人。握りこぶしを顎につけて、推理の姿勢。
    『しばらく考えてたんだけど……、これって、モクマさんのこと言ってたんだよな?』
    『な』
    『宝物って、ものすごく素敵な表現だと思ったんだ! さすがはチェズレイだ、痺れたよ……今日はその感想を伝えたくって連絡したんだ!』
     そうして、屈託ない笑みと明るい声でもって……、ついに『本題』は明かされたのだった。
     対してチェズレイは、顔をなんとかもとに戻して、
    『…………。そ、れは、ボスの心象風景では?』
     これまたどうにか、平静を装って尋ねるけれど……、
    『それは違うよ!』
    『……それ違うゲームじゃないですか?』
    『違う……ゲーム……? なんのことだ……? って、話をそらさないでくれよ。そうじゃなくって、これも思い出したんだけど――、これ、退行催眠中に君が言ってたことだったろう?』
    『!? あなた、退行催眠中の記憶も……』
    『うん』
     挟んだ突っ込みは華麗にスルーで、重ねて明かされた二つめの真実に、チェズレイは目を見張るばかりだ。
     以前、何度も退行催眠を繰り返したが、一定以上は戻れなかっただけでなく、ルークは自らが語った記憶についてもあまり覚えてはいないようだった。ましてや催眠中のチェズレイとの会話など話題に上ったことは……一度も……。
    『話してくれたよな? 僕の宝物のバスケットボールの話をした時に』
     一度も……なかったが……。
    『……』
     ……なかったが、話した記憶で言えば……まあ……あった。すごくあった。そう、マイカから戻って久々に退行催眠をした時に……そんな話をできる相手もいなかったので……忘れることはわかっていたので……。
     仮面の詐欺師がこんなに顔を青くするのを、たぶん見るのは彼が初めてであった。だがやっぱり、それにも気づかないでくれるのがルークのいいところであるわけで……、まじめな顔で腕を組んで続ける。
    『君たちが改めてバディを組んでから、通話なんかで話す姿を見ていた時、何かが胸に引っかかってたんだ。でも記憶が戻って納得がいったよ。モクマさんを見るチェズレイの目は、まるで大切な宝物を見るみたいな、優しくて慈しむような目だったんだ……って』
    『……』
    『そういう関係って、素敵だなって……僕とアーロンも、今は離れ離れだけど、そんな風に互いを思いやれる関係になればいいなって……って、あれ?』
     遥かハスマリーに居る相棒を思い出しながらうっとりと語っていた若き国家警察のホープは、我に返って目を瞬かせた。
     いつの間にやら画面の向こうにチェズレイがいない。
     代わりに無人のソファのはしっこから、ひょっこりと顔を出したのは……、
    『や、ルーク』
    『あれ? モクマさん?』
     買い物に出ていたらしいチェズレイの相棒がそこにいた。いや、そんなに遅くはならないと言っていたから不思議ではないけれど、なぜ入れ替わり?
     首を傾げると、モクマは眉を下げて、ばつが悪そうに頭を掻きながら……、
    『あーこれ、多分チェズレイ聞かれたくないだろうなあって思って……。……外で物音させたから、おじさんが帰ってくるの止めに行ったっぽい』
    『??』
     ――見つかったら具材何買ってるかチェックされるから気配消してたとはいえ……、騙されちゃうなんてまだまだだねえ。
     ぼそりと続いた言葉も含め、ちっとも意味がわからない。ルークの頭の上にはどんどん疑問符が並んでいくけれど……、
    『にしても……そっか~宝物かあ……嬉しいなあ~』
    『あ、聞いてたんですね! はい、チェズレイがモクマさんのこと大切に想っていたのは知っていましたが、すごくいい表現だと思いました!』
     そう言った、モクマの顔が、声が。まるでとろけたチーズみたい、あんまりにも幸せそうだったので。ついついそっちに気を取られて、ルークも嬉しくなってしまう。本当はもう少しチェズレイにもくわしく相棒関係についてインタビューしたかったところだけれど、いないなら仕方ない、後で聞くとして!
    『モクマさんはどうですか?』
    『うん?』
    『チェズレイのことです。やっぱりモクマさんにとっても宝物……ですか?』
     わくわくと問えば、モクマはしばしの沈黙のあと、うーんと瞑目して……、
    『宝物にしてはちょっと、宝物庫で大人しくしてくれそうもないじゃじゃ馬だよねえ。ま、おじさんも宝物って柄じゃないけど……』
     ふ、と、唇が三日月のかたちにゆがむ。ソファの上に座って、太くて固い指先が服をいじった。
    『でも、そうだね。曲がりなりにも一緒にいるって決めたんだ、絶対ならず者に奪わせるつもりはないよ。おじさんのことが嫌になったならそりゃ仕方ないが、けどさ、今のこと見てても、あいつ意外とカッコつけ屋さんだよねえ。
     ――もし、あいつが何かのっぴきならない事情に巻き込まれて、何も言わないでいなくなるなら、どこまででも追いかけて、とっ捕まえて話を聞くよ。対話が必要、っていうのはルークの相棒見てて学んだしね』
    『……』
    『な、なあんて……』
    『……モクマさん……』
    『は、ハイ……』
     やばい。ちょっとまじめに語りすぎたかも。
     あわてて繕うもあとの祭り。あわあわと小さくなるモクマに、けれどルークは……。
    『モクマさんって、チェズレイのこと、大っっっ好きなんですね! 素敵です!!』
    『……!』
     ぱあ、と、昼光色のライトを全開でつけたみたい。
     画面越しでも眩く耀く声と笑顔に、当てられてモクマはぽかん、言葉を失った。
     だって、この一年、いろいろ思うところもあって。思わず出てしまった重たい本音を、からかうでもなく。引くでもなしに……、
    (『大好き』ときたか……)
     やっぱりルークはすごい、と思う。チェズレイと一緒にミカグラを発って今まで、うまくやっているとは思うけれど、いい歳した大人ふたり、突っ込んで語らず済ませることも多かった。
     それこそがきっと、甘えだったのだ。だって、知らなかった。『宝物』だって。憎からず思ってくれていることも、信頼してくれることも知っていたけれど。そうか、そんなふうに、大切に思っていてくれたのか。
     それに、自分のこともだ。ごちゃごちゃと、頭の中で渦巻く想いはあれど、結局要約してしまえば、こんなにシンプルな……、
     にっと、ニンジャの笑みが、屈託ない太陽の明るさに変わった。声も同じ、真夏のように明るく澄んで。
    『うん、そーなの。おじさん、チェズレイだいすき!』
    『あはは、あ~、チェズレイがこの場にいないのが残念だな……きっと喜んだのに……』
    『や、それはどーかな……さすがに息子の前じゃ照れちゃうかも……』
    『? 息子?』
    『ああ~こっちの話。それよりさ、ウチのバディばっかり話するのズルくないっ? おじさん、アーロンとお前さんの話も聞きたいなあ……?』
     水を向ければルークはたちまち目を輝かせて、彼の相棒が聞いたら白目を剥きそうなことを語りだす。それをにこにこうんうん聞きながら、モクマは考える。
    (そうさなあ)
     もっとシンプルに考えよう。何があっても。進まずに後悔するのは、もう辞めにすると決めたのだ。
     もとより未熟者同士なのだ。いまさら格好つける理由もない。伸び代がたくさんあるってことだ。更には一生分の約束も、宝物すらもうこの手の中にある。
    (約束を違える気はない。それで、あいつは俺を宝物だと思ってくれて、俺はあいつが『大好き』だ)
     胸に刻みつける。それさえ間違わなければ、きっと自分は歩いていける。
     うまくできなくてぶつかることもあるかもしれない。賢くて繊細な相棒だ、出し抜かれることもあるかも。
     だけど、忍びは守り手。いちど守ると決めたなら、宝だって何だって、絶対に守り切ってやる。
    (もしもの時は――覚悟しといてよね、チェズレイ)
     モクマの心にそんな新たな誓いが生まれた瞬間――、
    「……人をばかにするにもほどがある……」
     ……いい加減撒かれたことに気づいたチェズレイの怒りの雷は、思いっきり彼の頭上に降り注いだのであった。
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    Replies from the creator

    nochimma

    DONEあのモクチェズJD/JK長編"spring time"(地球未発売)の待望のアフターストーリー!わかりやすいあらすじ付きだから前作をお持ちでなくてもOK!
    幻想ハイスクール無配★これまでのあらすじ
     歴史ある『聖ラモー・エ学園』高等部に潜入したモクマとチェズレイ。その目的は『裏』と繋がっていた学園長が山奥の全寮制の学園であることを利用してあやしげな洗脳装置の開発の片棒を担いでいるらしい……という証拠を掴み、場合によっては破壊するためであった。僻地にあるから移動が大変だねえ、足掛かりになりそうな拠点も辺りになさそうだし、短期決戦狙わないとかなあなどとぼやいたモクマに、チェズレイはこともなげに言い放った。
    『何をおっしゃっているんですか、モクマさん。私とあなた、学生として編入するんですよ。手続きはもう済んでいます。あなたの分の制服はこちら、そしてこれが――、』
     ……というわけで、モクマは写真のように精巧な出来のマスクと黒髪のウィッグを被って、チェズレイは背だけをひくくして――そちらの方がはるかに難易度が高いと思うのだが、できているのは事実だから仕方ない――、実年齢から大幅にサバを読んだハイスクール三年生の二人が誕生したのだった。
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