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    nochimma

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    nochimma

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    モクチェズワンドロ はじめて 屠蘇

    「あ、初日の出――」
     薄い眠気の暗幕の向こうを、行ったり、決たり。
     椅子に座ったままうとうとしていたチェズレイの瞼の向こうから、声と共に強い光が差したのはちょうどその時だった。
     なんだ。目を開くと、窓側に座った男のすぐ側から、突き刺すような赤い光が漏れ出している。
    「……はつ、ひので……?」
    「あっ、すまん、起こしちまったね」
    「……大丈夫です」
     繰り返した声は掠れて、どう聞いても寝起きのだらしなさが滲んでいた。気付いた相棒が慌ててシェードを下そうとするのを、手を伸ばし制する。そのまま身体を起こして手元のボタンを押すと、すぐに部下の手によって冷えた水が届けられた。煽って、覚醒を促す。この光からして、時間は夜明け。それならば――、
    「仮眠には十分すぎるくらいの時間でしたから。それより、ハツヒノデ、とは?」
    「そ? 疲れとるだろうし、も少し寝ててもいいんだが……、」
     しつこく問えば、もう折れぬと悟ったのだろう、モクマは首をすくめて「ま、いいか」と笑って、
    「……初日の出はね、年が明けて最初の朝日を言うんだ。ミカグラの方ではめでたいって言われてて、家族とかで見に行くんだよね」
    「なるほど……、ん、よく見えますね。
     あァ、燃えるようだ――」
     シートベルトを外して覗き込むと、見渡す限り広がる雲海を、朝陽が真っ赤に染め上げている。
     確かにこの光景は、何の信仰心も持たぬチェズレイですら、なんとなくおごそかな気分にさせる力があった。自然と共に生きるマイカの里では、特別な意味を持つのも理解できる。
     小さな呟きに、モクマもしみじみと頷く。
    「海の上から見る日の出も綺麗だったが、空から見るのも格別だねえ。プライベートジェットの中で独り占めって感じだし。……あ、ちなみに今、夢見たりした?」
    「夢ですか? いえ、特には……、また何か?」
    「うん。年が明けて見る夢を初夢って言ってねえ、今年がどんな一年になるか占うんだ。ちゅうても何日目に見た夢がそれなのかは諸説あるんだが、ま、いい夢見たらそれを初夢にしちゃうのも――、……って」
     水を向けられて気分良くにこにこ語る笑顔が、途中ではっと固まった。あー、とうめき声。
    「新年早々うんちくおじさんしちゃった……酒も入ってないのに……すまん……」
     肩を落としながらの声はすっかりしょぼくれて、まったく、新年早々ころころ表情の変わる人だ。フ、と、赤い閃光に照らされたチェズレイの頬があまくゆるむ。
    「あなた、あまり寝ていないでしょう。ミッションは夜から始まり、年越しは爆発から私を抱えてビルの屋上を駆けていくなんてスリリングな中でしたし、神経が昂って眠れなくなるのも仕方ないですよ。帰ってからゆっくりおやすみくださいね。
     ……それにしても、あなたの故郷はつくづく、いろいろなことに意味や意義を見出すのが得意だ。あなたの駄洒落好きも、そこから来ているのかもしれませんねェ?」
     歌うように、あやすように。穏やかに続く言葉は、けれど最後はすこしだけおどけたような響きがあった。そこまで含めて、気にするな、ということなのだろう。隣のひとの気遣いを浴びながら、モクマの眉がへんにゃり下がる。
    「あはは……ま、確かにおせちとか完全にそうだけども……、今年は気をつけます……」
    「フフ。遠慮しなくとも宜しいのに。世界の大概のことはそれなりに知っていると自負している私ですが、あなたが教えてくださることは知らないことばかりだ。いくつになっても、『はじめて』は興味深いですよ」
    「チェズレイ……」
    「……ということで、こちらを」
     生まれたての光を受けながらこちらを見つめるチェズレイの笑みは優しく、気遣いではない真実に満ちていた。あまりの美しさに呆然と見つめていると、急に声の調子が変わって、
    「……。なにこれ? 急須……?」
     ごそごそ。隣の席から何かを取り出してきた。銀色の、出前用のおかもち……ではないのだろうが、そんな箱から取り出されたのは、素人目にも高そうな、朱塗りの大きな急須……に見えた。
    「当たらずしも遠からずですね。急須ではなく銚子です。そして中身は屠蘇。屠蘇散に漬け込んだ本物をご用意しました。先日の気付けの酒――、調べてみれば随分と本来の作法と違うようでしたので……リベンジです」
     言うなりふたりの前の椅子の背に格納されていた机を開いて、その上にそっと長い木の盆を渡す。目の前に置かれた銚子の蓋を興味本位で開けると、ほの甘く薬めいた不思議な香りがした。更に横に大、中、小の平べったくて小さな盃が三つ並べられて、モクマの目が丸くなる。
    「わ、なんか本格的だねえ。うちじゃ適当なお猪口で回し飲みするだけだったよ」
    「そうなのですか?」
    「うん。城ではやってたんだろうが、忍び時代もあんまり寄り付かんかったし……」
     そもそもこういうしきたりやルールを守るのが得意な子どもではなかったし。頷くと、意外だったのかチェズレイはにっと得意げな笑みになって、「では私が教えて差しあげましょう」と言った。
    「……まァ、こんな機中で酌み交わすこと自体、罰当たりなのかもしれませんが……」
     という前置きの後で。大中小の盃は過去、現在、未来を表していること。屠蘇は邪気を払い、長寿を願うものであること。年少者から年長者に先に注ぐものだということ。一度、二度目は銚子を傾けるだけで、三度目に注がれた酒を、三回に分けて飲むこと。それを、三つの盃で繰り返すこと。などをすらすらわかりやすく語られて、ほらほらと急かされながら言うとおりに実行しながら……、
    (ん、ん、んん……?)
     モクマは、強烈な既視感を覚えていた。
     遠い昔の家族との記憶ではない。こんなややこしい飲み方しなかった。かと言って主君との記憶でもなければ、姫様との思い出でもなく……、
    (いや、これって……)
    「……今年もどうか、約束を違えずいられますように……」
     静かな声で唱えながら、朝陽を浴びて、しゃんと背を伸ばして、多分口には合ないだろう薬酒をちびちびと飲む、潜入の為、珍しく明るいグレーの礼服を纏ったその姿は、まるで……、
    (これ、結婚式にやるやつじゃん……!?)
     途端、ぱっと白無垢すがたのチェズレイが頭を過って、モクマは慌てて首を振った。いやいや、今何を想像した、守り手……!?
     徹夜明けの頭は思ったよりバグっていたらしい。や、さすが美貌の相棒、めちゃくちゃ似合っていたけど……、じゃなくって!! 何考えてるんだ! 相手は相棒だっちゅうのに……!
    「……なにか? モクマさん」
    「い、いや~……、なんでもない! それよりこれがお屠蘇飲む正しいやり方なんだね、おじさんもまだまだ知らないことばっかりだ!」
    「フフ……うかうかしていると私の方ががあなたの『はじめて』、奪ってしまいますので……」
    「ありゃ、そりゃあまずいな、うんちくおじさんのお役目、取られないようにしないと」
    「ええ、どうぞ、私を飽きさせないでくださいねェ……?」
     モクマはすっかり混乱してしまって、平静を装ってそんなふうに返すのが精いっぱいで。
     まさに今、予想外の『はじめて』を掻っ攫われたことなんて、この得意げに笑うひとに、正直に言えるわけもなく。
     モクマはまだ、『約束を違えぬように』という相棒の願いの中に、切なる祈りが込められていることを知らない。
     爆発を背景に、困ったように眉を下げながら、けれど揺るぎない瞳をして、今年もよろしくと笑ったモクマの顔を、相棒が必死に目に焼き付けていたことだって、まだ知らない。
     そしてこの日は遂に明かせなかった三々九度のもう一つの意味を、そのせいで芽生えてしまった新しい『はじめて』の感情を、次の年、おんなじ機中で告げることになることも――まだ、今年の二人は知らないのだ。
     
     おしまい! 
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    Replies from the creator

    nochimma

    DONEあのモクチェズJD/JK長編"spring time"(地球未発売)の待望のアフターストーリー!わかりやすいあらすじ付きだから前作をお持ちでなくてもOK!
    幻想ハイスクール無配★これまでのあらすじ
     歴史ある『聖ラモー・エ学園』高等部に潜入したモクマとチェズレイ。その目的は『裏』と繋がっていた学園長が山奥の全寮制の学園であることを利用してあやしげな洗脳装置の開発の片棒を担いでいるらしい……という証拠を掴み、場合によっては破壊するためであった。僻地にあるから移動が大変だねえ、足掛かりになりそうな拠点も辺りになさそうだし、短期決戦狙わないとかなあなどとぼやいたモクマに、チェズレイはこともなげに言い放った。
    『何をおっしゃっているんですか、モクマさん。私とあなた、学生として編入するんですよ。手続きはもう済んでいます。あなたの分の制服はこちら、そしてこれが――、』
     ……というわけで、モクマは写真のように精巧な出来のマスクと黒髪のウィッグを被って、チェズレイは背だけをひくくして――そちらの方がはるかに難易度が高いと思うのだが、できているのは事実だから仕方ない――、実年齢から大幅にサバを読んだハイスクール三年生の二人が誕生したのだった。
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