食べ過ぎ注意!体育教師を勤める義勇の仕事量は計り知れない。午前中は部活の指導、勤務は半日でも書類整理が残っているらしい。昼食の最中、折角の休みなのにデートにも連れ出してやれないと彼は申し訳なさそうに話をしていた。炭治郎が気にしないでと抱き締め見送ってから3時間が経過している。作業部屋に籠りきりの義勇を気遣い、炭治郎はある作業に取りかかった。
「……クッキー?」
「おわぁっ!」
オーブンレンジから天板を取り出す最中、すぐ耳元で囁き声。さらさらの黒髪が頬を掠めて、美しいテノールの持ち主を睨み付けた。
「もーっ義勇さん!キッチンは危険がいっぱいだからっていつも……っ」
「分かってる、悪かったよ」
「……終わったの?」
「ん。一区切りついた」
大きな両の手を腹部に回し炭治郎を抱きすくめながら、義勇はふわふわの髪に顔を埋めた。すんと鼻を鳴らし猫のように頬擦りをされて炭治郎はくすぐったいとむずがった。
「義勇さんっ、くすぐったいです!落としちゃうっ」
「ん、もう少し……」
「……義勇さんのために差し入れ、作ったんですよ?」
「……ちゃんと、頂くよ」
言いながら義勇は離れようとしない。微睡んでいるような口調だが抱き締める腕は力強い。炭治郎は上目で頭上を確認し、仕方ないとばかりに義勇を引きずって歩きだした。動きにくいだろうに義勇はしがみついたまま、炭治郎の動作を観察している。天板を下ろして粗熱を取る。ようやっと、食べられそうだ。
「はいどうぞ、義勇さん。出来立てですよ」
「食べさせて」
「はい?」
「あー」
かぱっと口を開いて顔を覗き込まれる。目を伏せると義勇のつやつやで長い睫が際立った。
「……して、くれないのか」
本来無いはずの耳が垂れ下がってるように見える。炭治郎が弱いと分かっていてしゅんとした顔をする。そういう、甘えん坊で、弟属性なトコ!ほんっとうにずるい!
「~~~っあああもうどうぞっ!」
ぽいっと口に放り込めば、義勇は上手く受け止めて咀嚼を始める。耳元で聞こえるさくさくという小気味良い音。横目で様子を伺えば、彼はまさに至福、といった表情をしていた。
「うん、おいしい」
「……御粗末様です」
「炭治郎手ずからだから余計に。これより美味いクッキーは無いよ」
「おっ大袈裟ですよ」
「炭治郎も、どうぞ」
え。呆気にとられた一瞬のうちに皿を奪われる。義勇はひょいとクッキーの一欠片をつまんで咥えた。
「召し上がれ」
ぼっ、と燃え上がるように身体全体が熱を帯びる。クッキーはわずか3cmほどの大きさ。それをそんな風に食べられたら、自分が食べるところなんか無い。それより、そんなことよりもっ!
「食べ物で遊ばないで下さいっ!」
「炭治郎が食べさせてくれたから、俺も食べさせてあげたくて」
「ひとりで食べられますっ!!」
「いつももっとすごいことしてるのに。一昨日の夜なんか俺に跨がって、」
「破廉恥!義勇さん破廉恥ですっ」
頭上より高く皿を持ち上げられてはどうしようも出来ない。奪い返そうと背伸びして跳び跳ねるのすら楽しいと言うように、狡い男は器用に炭治郎を片腕で抱き締めた。さっきまで甘えんぼ全開だったくせに!むむむ、と唸ったあと炭治郎はその唇に思い切り噛み付いた。
「ごっご馳走さまでした!!」
ひと舐めしたあと口先でクッキーを奪い取る。さくさくの食感を楽しんでいると徐に顎を取られた。
「足りない」
先ほどねだった時と同様、かぱりと口を開いて義勇は息がかかる程近付いてきた。食べ足りないと。それはお菓子じゃなくて、たぶんもっと別のもの。
「良いことを教えてやる」
口の端を舐めた義勇が一枚、クッキーを咥える。皿のなかで山が崩れてからからと軽い音を立てた。
「おまえ、キスが好きだろう。それも濃厚なやつだ。開発しようと思ってたからちょうど良い」
すごく怖いこと言われた気がするが炭治郎の耳には入ってこない。抱き上げられされるがまま、ソファに運ばれる。
「有り難いことにたくさん作ってくれたからな。いっぱい、食べような」
哀れ、炭治郎の静止の声は届かず。泣いて許しを乞うても、義勇がお腹いっぱいになるまで延々と甘いお菓子を食べさせられたのだった。(了)