きっかけの夜に酔う 薄ぼんやりとした桃色の夕焼けが夏の空に浮かんでいる。空の端っこは紺色が滲み始め、ゆっくりと夜に溶けていく感じがした。
「――あら、諸星様」
いつも通り定刻通りに退社をし、夏の夕焼けを仰ぎ見ていると了子に声を掛けられた。凛とした声を受け、あたるの心も自然と弾む。了子ちゃんだ、と名前を呼んで駆け寄ると、了子が柔和な笑みを浮かべた。
「いまお帰りですか?」
「うん、仕事終わったとこ」
「そうですか、お勤めご苦労さまでした」
若社長の妹は、一端の社員に対しても気さくに接してくれる。社内で顔を合わせることはほとんどないため、こうして出会えると奇跡みたいに嬉しかった。
「こんなに素敵な夕焼けの日に会えるなんて、なんだか運命みたいだね。ねえ、せっかくだしデートでもしない?」
6364