「……最近、自信家になってる気がする」
突然の発言に、跡部は活字を追っていたのを止めて、手元にある本から目を離す。跡部の座るソファーの隣に座り、寛いでいたはずの入江に目を向ける。入江は神妙な顔をして、まっすぐ前を見つめていた。
「絶対キミの影響」
脈絡のない発言に跡部は眉を顰めた。とはいえ、突拍子も無いことを言い始めるのは、別に今日が初めてではない。
なにより跡部は、跡部から見てよく分からない挙動をしている入江のことが結構好きだった。
「……そうか?」
ひとまず疑問形で返事を返すと、入江はようやく目の前の虚空を睨みつけるのをやめて跡部の方を向いた。
入江は真剣そのもの、といった表情をして跡部を見つめる。もっとも、入江が真剣な表情をしている時に真剣な話をしていないことが多いことを、跡部はよく知っていた。
「うん。跡部くんって、ボクの事大好きでしょ?」
「そうだな」
「ボクと添い遂げるつもりでいるよね」
添い遂げるつもりでいる。その言葉に、跡部は少なからず驚いた。ほんの少し沈黙してから、跡部は肯定の返事を返す。
「……あぁ。よく分かってんじゃねぇか」
「昔はさぁ、キミとはいつか別れるつもりでいたし、そういう心構えばっかりしようとしてた」
入江の発言に、跡部は相槌を打った。そうだ、と跡部は思い出す。最近は鳴りを潜めていたから、すっかり忘れていた。付き合ったばかりの頃の入江が、たまに諦め混じりの瞳で、跡部を苦しげに見つめていたことを。
「今はさ、キミとは離れ難いことをほとほと思い知っちゃったし……キミが別れるって言ったら泣きついちゃうかも。もちろん、キミはそんなことしないって信じてるけどね?」
入江が悪戯っぽく笑う。瞳に、跡部への信頼が滲んでいる。
「キミのせいだよ。キミの影響だ。絶対に、そう」
入江がそう続ける。一通り言いたいことを言い終えたのか、憮然とした面持ちになる。
跡部はそんな入江を見て、じんわりと体の奥底から愉快な気持ちが湧き上がってきた。
「……ふ、はははは! くく、ハァー……そうだな、確かに、アンタ、随分と自信家になったな」
「そうでしょう?」
「あぁ……忘れてたぜ、アンタ昔は、俺様との未来なんざ、全然信じてなかったもんなァ」
「うん。キミとの関係なんて、すぐに破綻すると思ってたのに」
自信家、というのは要するに、俺様からの愛情に自信が持てるようになった、ということか。跡部はそう理解した。
「キミがいっぱい、好きだとか、愛してるだとか、言ってくるから。キミの自信家がうつっちゃった」
「だから俺のせいだって?」
「うん」
入江がにんまりと笑った。跡部に寄りかかり、体を預けてくる入江を支える。そのまま入江の体を抱きしめると、腕の中で入江が小さく笑い声を上げる。
「ふふ、責任取ってよ。ずっとボクと一緒にいてくれるよね?」
「元からそのつもりだぜ」
「……あは……跡部くん、すき、だーいすき!」
要するに、これはいつもの入江からのじゃれつきの一環だったのだ。跡部は入江を抱きしめる腕に力を込める。
やはり、入江が真剣な顔をしている時には、真剣な話をしていないことが多いのだ。跡部は胸の内で、改めて入江の挙動を確認する。
もちろん、入江に多くの好きだとか、愛してるだとかの言葉を浴びせることも忘れなかった。