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    かもめ

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    かもめ

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    過去作。20201024

    #伏黒恵
    blessingInDisguise
    ##呪術

    【呪】原作10話あたりの伏黒 曇天の色をしたコンクリートに、世界が囲まれていた。

     外界とその場所を隔てる扉は重く冷たく、ドアノブを握る伏黒恵の掌から体温を奪う。ドアの先には無機質な廊下。じんと耳鳴りがするほどの静寂に、伏黒の足音だけが響いた。
     東京都立呪術高専の敷地内に設えられた、遺体安置所だ。
     非術師の家系出身の術師の中には、身寄りがない者、家族や親類と疎遠な者が少なくない。彼等が殉職した際は、この安置所から直接高専の敷地内にある火葬場に向かうことが殆どだ。検死や調査の関係で数日間は安置されるので、弔意を示したい者はその間に安置所に赴いて最期の別れを告げることが習わしとなっていた。
     扉一枚隔てた向こうではいよいよ梅雨も終わり、ムッとする空気とギラついた色彩が夏本番の訪れを告げている。しかし伏黒の立つその場所は冷たく湿った空気が滞留し、まるで沸き立つ夏から切り離されたかのようだった。
     廊下の両側の壁には、一定の間隔を空けて扉が並んでいる。屋外から安置所に入るときに伏黒がくぐったものと似たような、黒い金属製の扉だ。そのそれぞれが安置室に繋がっている。通常「こういった場所」では人の感情が積み重なって低級の呪いが散見されることが多いが、高専の敷地内にあるこの安置所では見当たらなかった。
    ──虎杖は。
     気苦労の多い補助監督が、「一番奥の部屋です」と事前に教えてくれていた。何せ、その身に特級呪霊を宿していた遺体だ。扱いも慎重になっているのだろう。伏黒は黴と線香の匂いが混じった安置所の廊下を、奥へ奥へと進んだ。
     一番奥まで進むと廊下はLの字に折れて、更に先へと続いている。その突き当りを曲がろうとしたとき、突然伏黒の目の前に長身の男が現れた。勢い余ってぶつかりそうになる。
    「……五条先生」
    「ああ、恵」
     担任教師の五条悟だった。突然現れた伏黒に驚いた様子もなく、むしろ「来ると思っていた」とでも言いたげな表情だ。
    「残念だけど、悠仁はもうここにはいないよ」
     壁によりかかるような体勢になって、五条は言う。通常の建築物よりも天井が低く作られた安置所に五条が立つと、視界の殆どが彼に埋め尽くされて圧迫感があった。
    「安置所(ここ)じゃないんですか」
    「うん。硝子んとこ」
     その言葉の意味するところは、直ぐに解った。虎杖の遺体は校医によって解剖される。そして恐らく、そのまま戻ってこない。
     まるで自分の元に虎杖が"戻ってくる"ことが自然だと思っていたことが根底にあるその思考回路に、伏黒は内心苦笑した。親族でもなんでもないのに。ほんの数週間を共にしただけの、同級生。そのつながりが、どれだけ希薄なものかを思い知らされる。
    「……釘崎には」
     伏黒はもう一人の同級生の名前を口にした。あの少年院から伏黒よりも先に離脱し、校医の治療を受けていたはずだ。生得領域を抜けたときには意識がなかったが、反転術式による治癒を受けたならば回復している頃だろう。
    「……硝子が伝えたと思うよ」
     自分の役割だと思った、という考えが顔に出たのだろう。五条は伏黒の顔を覗き込むように身を屈めて、あやすような低い声で言った。
    「君がそこまでヘビーな役割を担うことはない。どの道野薔薇だって、目が覚めたとき二人の姿がなかったら、目の前にいる人物に君らの安否を訊ねるさ」
     そこで答えないのも可笑しな話だろう、と五条は言う。何が、どこまで伝わったのだろうか。報告書作成のために、補助監督と校医に話した経緯を反芻する。いや、釘崎がどこまで聞いていようと、虎杖との最期のやりとりを、伏黒の口から伝えないと意味がない。
    「……でも、遺言があるので。虎杖がここにいないなら、俺は釘崎に会いに行きます」
    「そう。朝までは硝子のトコにいたけど、今は寮に戻るころだと思うよ」
     五条はそう言って、外に繋がる扉を指で示した。ここは長く居座る場所ではない。五条の仕草は言いたげだった。
    「わかりました」
     踵を返し、扉へ向かって歩き出そうとしたところで、伏黒はふと脚を止めた。
    「……五条先生」
     呼びかけると、担任教師は「ん?」と首を傾げて応える。まるで、授業中に質問をしたときのような気軽さだ。
    「……『長生きしろよ』」
    「え?」
    「虎杖からです。五条先生は心配ないだろうけど、って、アイツも言ってましたが」
    「ははっ、そうか」
     五条は乾いた笑い声を上げて、額に手を当てた。笑っているのか泣きそうなのかそのどちらでもないのか、目隠し越しでは判別が難しかった。
    「それだけです。じゃあ」
     伏黒は今度こそ、五条に背を向けて出入口の扉に向かう。冷たくて重い扉を開くと、ムッとするような夏が伏黒を出迎えた。鬱陶しいほどに鳴いている蝉の声を聞きながら、伏黒は釘崎がいるであろう学生寮へと歩き去った。

    fin.
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