06056月5日、23時を回った頃、フィガロは部屋に戻った。
誕生日を祝ってもらい、お酒を飲み、充実した一日だった。
一息ついたあと、一人で飲み直そうかとお酒を選んでいる時、コンコンと控えめに部屋をノックする音が響いた。
扉を開けると、意外な人物がそこに立っていて、フィガロは目を丸くする。
「…ファウスト?」
「…一杯付き合え」
それだけ言うと部屋に入ってきたファウストにちょっと、と制止の声を上げる。
別に駄目なわけではないし、むしろ歓迎なのだが、いかんせん普段招いても来てくれやしない相手なばかりに驚いてしまった。
「なんだ、僕とは酒が飲めないのか?」
「違う、違うよ、嬉しいよ、でもこんなこと初めてだから…」
頬を緩めながら二人分の晩酌の用意をするフィガロにファウストはふん、と鼻を鳴らした。
「でもどうしたの急に」
「……祝ってもらったか?」
「え?」
「南の国の優しいお医者さん魔法使いフィガロ先生として満足に祝ってもらったか?」
トポポ、と音を立て、ファウストが持参したワインがグラスに注がれる。
「う、うん」
意図が読めず少し困惑しながらもありがとう、と注がれたグラスを自分に引き寄せる。
「なら、軽薄で、女好きで、性悪な北の大魔法使いのフィガロ様として今から祝ってやる」
おめでとう、とグラスがカチンと音を鳴らす。
ポカンと口を開けていたフィガロが、数秒後にふふっ、と笑いを零しグラスの中のワインが揺れた。
「あはは!ありがとう。性悪だなんて言いながら一緒にお酒を飲んで祝ってくれるのなんて君くらいしかいないよ」
ぐい、とアルコールを喉に流し、機嫌良さそうにグラスの中に残る赤を回し、目を細めた。
「ファウストは可愛いなあ」
「は?今のどこにそんな要素があった」
「君はいつでも可愛いよ」
「………」
返す言葉も出ないのかファウストは眉間に皺を寄せ、げんなりとした目でフィガロを見やった。
「…楽しかったか」
切り替えられた会話にあれー?と声を漏らしながらもフィガロはそうだね、と返した。
「楽しかったよ。生きててよかったなって思うよ」
はは、と声を漏らしたフィガロに対し、ファウストはじっと真剣な眼差しでフィガロを見つめた。
「来年も、またこうやって祝ってもらえるかな」
「……」
「あと何回、君に、あの子達に、祝ってもらえるかなあ、なんて」
「フィガロ」
名前を呼ばれ、ずっと手元を見つめていたフィガロがハッと視線を上げる。
「…ごめん、ちょっと飲みすぎたみたいだ」
「………笑え」
「え?」
「僕の誕生日にお前が言った」
「…ああ」
確かに言ったな、と記憶を辿る。
「僕は、今のヘラヘラ笑うお前も、………昔の、僕に向けてくれた笑顔も、…好きだった」
「……」
「お前は今日、たくさんの祝福を受けた。なのに、そんな辛気臭い顔をするな。笑ってくれ、…フィガロ様」
「…ファウスト」
ファウストがグラスに残っていたワインを煽ると、席を立つ。
「ファウスト」
「一杯だけと言ったからな。お前も、あまり飲みすぎるなよ。歳なんだから」
「ははっ、分かったよ」
どうせこの後も飲むんだろ、と小声で釘を刺すと、うっ、とフィガロが苦笑いした。
「ファウスト、ありがとね」
「…おやすみ、フィガロ」