刹那の花には願わない 桜雲街では毎月『七』がつく日は縁日なのだが、八月の七日は納涼祭となり大々的に祭を催すことになっている。通りには屋台が並び、広場にやぐらが立ち、山車が出る一年の間で最も盛り上がる七の市だ。
先月街に出て薬種問屋の若い衆と遊んでいたときに「一緒に見て回ろう」と誘われて、今日は昼前から街に来ている。
薬種問屋の店先で待ち合わせた四人は、まず普段と違う互いの装いを見て大いに盛り上がった。そうめかしこむ機会はないからか、非日常的な装いに気分が高揚してしまうのである。
「いい浴衣だね。着付けもとても綺麗で洗練されてる」
「ありがとう、ヒースクリフ。これはフィガロ様の御下がりで、城で着付けてもらってきたんだ」
祭を皆で見て回るのだと話したところ、フィガロがずっと前にまだアーサーと同じくらいの背格好だったころにスノウとホワイトがくれたという浴衣を出してきてくれたのだ。光に透かしたような薄水色の生地に沙羅の花の柄の入った涼しげな浴衣は、自分自身のものではないが不思議と馴染んで、城でもよく似合うと誉めてもらった。
「そうなのか。お古にしては洒落てるな」
「シノ、御下がり」
「おさがり」
ヒースクリフは薄い藤色の生地に青い紫陽花の柄の美しい浴衣を、窘められているシノは藍染の甚平を身につけている。上衣の裾にひとつ染め抜きされた蜻蛉の柄が彼らしくて、アーサーは覚えず笑みを浮かべた。
「みんなよく似合ってるよな」
アーサーの隣でそう言ったカインも、黒地に七宝柄の浴衣をすんなりと着こなして普段とはまったく雰囲気が違う。少し年上だが気さくでそこまで年の差を感じさせない彼だが、今日はいつもよりも大人っぽく見えてアーサーはどこに目をやればよいか少しばかり迷った。
「大丈夫か? 今日も暑いから、少し休んでから行こうか」
「少し体を冷やしてからの方がいいかも。なにか冷たいものを持ってくるよ。みんな一旦中にどうぞ」
「団扇もあるぞ。さっき斜向かいの店で配ってたのをもらってきた」
「ありがとう。助かる」
アーサーの様子を気分が優れないのだとみたらしいカインの提案に、ヒースクリフとシノが続く。
確かに今日は朝から晴れて気温がすぐに上がっていったが決して暑さにやられたわけではない。けれども、見とれてぼんやりしてしまったとはとても言えなくてアーサーは曖昧に笑ってみせた。
竜の住まう城に滞在していて、恩人であるオズやよく構ってくれるフィガロ、彼らの頭領のような存在で竜族を仕切っている双子のスノウとホワイト、その他は天狗の一族の者以外と関わる機会があまりなかったが、ある日ひとりで街を歩いているときに声をかけてきてくれたのが今日誘ってくれた三人だった。
三人とも初対面のときから優しくよくしてくれたが、そのなかでも特にカインは色々と気にかけてくれて、アーサーにとっては兄のような存在だった。兄のようというとフィガロも年の離れた兄のように面倒を見てくれるし可愛がってくれるが、抱く思いは似て非なるものである。いつからそうだったかは自信を持てないが、アーサーがカインに対して抱いているのは、あどけない憧れのような片恋の想いだった。
彼の面倒見のよさを都合よく勘違いしてしまっているのかもしれないと悩む日もあったが、一度疾りだした想いは風の如く、つかまえられず止められもしない。それゆえ、会える日も会えない日も曖昧な感情は育っていくばかりだった。
そこに、今回の誘いである。一時は断ろうかとも思ったが、城に持ち帰りオズたちに相談したところ四人ともせっかくだから行ってくればいいと背中を押してくれた。もちろん、相談といっても恋のなり損ないのような感情についてはなにも話さなかったけれども、全員に見通されていたようにも思えて気が気でない。
アーサーは、ヒースクリフが持ってきてくれた冷たいお茶をゆっくりと飲みながらそっと息をついた。すぐそばでは一気に飲んで喉が冷えたと言っているシノがヒースクリフに苦笑いされて、そんな二人を見ていたカインも明るく笑っている。きっと、いや絶対に、彼らはなにもわからないはずだ。ひっそりと思いながら店内から通りを見やる。
桜雲街中心部は数日前からどこも通り沿いには提灯が並んで祭一色だ。日暮れごろから灯される明かりにぼんやりと照らされる街の様子を城から見るのがここ最近の夜の日課だったが、今日は自分がその街のなかにいられるのだと思うとつい羽を震わせてしまう。それほど楽しみだった。
「どうしたアーサー、暴れたいのか?」
「違うよ。気が高ぶるとこうなる」
「そうか。面白いな」
そう言うシノも普段より尻尾がほわっとしているように見える。可愛い―と思ったが、口にすれば怒られそうなのでここは自分の胸のなかに留めておき、美しい切子硝子の水呑に残っていたお茶を飲み干した。見てみれば、カインとヒースクリフの尻尾もふわふわゆらゆらとしているし、いつもよりよく耳が動いているような気がする。オズ達竜の一族はこのように感情が身体のどこかに表れるといったことがないので、アーサーの目に三人の様子は新鮮に映るのだった。
「皆、納涼祭が楽しみなのだな」
「それはそうだろ。超・七の日だぞ。半端な気分でいられない」
シノは去年の納涼祭で食べ損ねたものをずっと気にしていたようで、今年こそそれを食べたいのだと息巻いている。シノの口からひとつひとつ上がっていく飲食物の名前の中にたまに知らないものが混ざると、アーサーの顔にわずかばかり力が入った。
毎月七のつく日は七の市、それは知っているしなにも初めて行くというわけではない。七の市の縁日のなかを歩いたことは何度かあるし、何年か前のことになるが双子とフィガロの術で姿を変えたオズとふたりで出掛けたこともある。しかし、今日は『超・七の日』である。今日を挟んで三日間催される納涼祭の中日で、期間中最も盛り上がるのがこの日だ。街の住人、別の集落に暮らす者、各地を渡り歩く商人や芸人など多くの者が集まり見物や商売のためにやってくるので、珍しいものや元々人気のものの競争率は高くなる。それゆえ、ある意味で戦いなのだ。
「でも今年は店の配置を確認したから絶対に負けない。見ろ、宝の地図だ」
「すごい……! これがあれば迷わずに回れるな!」
「ふふん、まあね。頼りにしてくれていいぜ」
シノは懐から四つ折りにした紙を出してアーサーに見せ得意気にしているが、それを見るヒースクリフの表情はやや渋い。
「どうだか……。去年よりは詳しく書いてあるし移動効率を考えてあるみたいだけど、思うとおりにはいかないよ」
「そう言うなって。街の構造まで変わっちまうわけじゃないしさ。問題は人混みだから、その立派な地図や財布を落とさないように気を付けろよ」
せっかく書いた地図も落としてしまっては仕方がない。渋い表情のヒースクリフの横でカインが楽観的に言って笑った。人混みに関しては出発するときにオズ達から再三再四気を付けるように言われてきたので覚悟はしてきたアーサーだったが、城から待ち合わせ場所のここまで来るだけで如何に混雑するかを知ることになった。薬種問屋前の通りはまだおとなしい方らしいが、それでも普段の七の市よりもずっと混んでいる。これでは屋台の多く並ぶ通りなどで失せ物をすれば絶望的だろうが、対策はしてあるらしいシノは余裕の笑みを浮かべている。
「大丈夫だ。財布には紐をつけた」
「私もだ。所持金も二箇所に分けてある」
アーサーも紛失防止のためひとつはシノと同じように紐をつけて懐に、もうひとつは手巾などと一緒に籐の手提げ籠の中に入れておいた。落とさないのが一番いいが、こういった場ではどうしても失くしたり落としたりといったことは起こる。そういった話になり、オズが何年か前に一緒に出掛けたときにふたりでスノウとホワイトに持たせてもらった猫の財布を出してきてくれたのだ。
四人とも納涼祭へ足を運ぶつもりはないようだったが、友人たちと楽しめるように準備を手伝ってくれた。アーサーは、今日は城からこの祭りの様子をみているのであろうオズ達のことを思ってふと頬をゆるめる。土産はいらないといつものように言う彼らに、今日はなにか買って帰りたいと思ったのである。そのためにも、この大事な小遣いを落とすわけにはいかない。守らねば。
そうして、はぐれたときのために待ち合わせ場所を決めたところで四人は通りに出た。土地勘があっても混雑するのではぐれたら探すのは骨が折れるし、超・七の日の混雑たるや「同行者とはぐれたら最初からいなかったものと思え」と言われるほどのものであるのは有名な話である。それゆえ、みなあらかじめ万が一のときのために落ち合う場所を決めてから街へ出るのだ。
―などと話していたが実際のところと噛み合うとも限らず、気がつけば人混みに流されてあっという間に三人と離れてしまった。どうにかこうにか通りから横道に入り息をつくと、アーサーはまず懐と手荷物を確認した。なくなっているものはなくその点は安心できたが、早速はぐれてしまい不甲斐なさに気落ちしてしまった。
待ち合わせ場所は決めてあるし、祭りの運営に携わっている者たちが控えている詰所もあると聞いたから、困ったらそこで尋ねればいい。しかし「同行者とはぐれたら最初からいなかったものと思え」という心得を思い出して、アーサーは羽を身に寄せた。最初からいなかったものだなんて。そんなのは悲しいし、寂しすぎる。通りの方を見やれば、途切れることなく右から左から祭りの見物客が往来している。咄嗟に横道へ避けてきたが、あのなかに再び戻るのは骨が折れるだろう。けれど、戻るなら早い方がいい。もしかしたら自分がいないことに気づいた三人がどこかで待っていてくれるかもしれない。そう思い気合いを入れ直したときだった。往来に辺りを見回す赤毛の妖狐の姿を見つけたアーサーは、はっとして通りに向かい声をあげた。
「カイン!」
するとその声を拾ってくれたのか赤毛の妖狐が振り向いて、刹那目が合った。やはり彼だった。ごった返している通りには大柄な妖もいたが、不思議と彼のことはよく見えて絶対にカインだと信じていたアーサーは、通りを申し訳なさそうにしながら横切ってくるその姿を見ながら安堵の表情を浮かべた。
「アーサー! すぐ来られなくてすまなかった」
「私は大丈夫だ。でもふたりに悪いことをした……おまえにも。気を付けていたのだが」
「こう混んでちゃ仕方ないさ。なんせ、今日は『超・七の市』だからな。それに、あんたひとりではぐれたら大変なところだった」
待ち合わせ場所を決めておいたから終日会えないというわけでなくても、やはり急に一人になると不安になるもので、ほんのわずかの時間でも心細かったことには違いない。それに、あの人混みのなかでは見つけてもらえなくても文句は言えないというのに、カインは探してくれてすぐに見つけてくれた。申し訳なさと安堵と謝意とがいっしょくたになった気持ちで、アーサーはカインを見上げた。
「本当にありがとう。この礼は必ずする」
「気にするなって! ヒースとシノは少し先で待っててくれてるから、気分が落ち着いたら行こう」
―とは言われたが、祭りに華やぐ街の人々の声や祭り囃子を透明な壁一枚隔てた世界のもののように感じながら、アーサーの心のなかの迷いをみつめていた。
早く二人と合流して祭の続きを楽しみたいと思うのに、まだもう少しカインとここに居たいとも思っている。変わらず混んでいる通りに躊躇うような目をやりふたつの気持ちの間をいったりきたりしていると、そんなアーサーの手をカインが無造作に握りしめた。
「いけるか?」
「あ、ああ……。大丈夫だ」
そっちの意味だったらしい。勘違いしかけたのをそっと恥ながらアーサーは頷き身構えた。もう少しふたりで居たいが、気恥ずかしさが勝りもう一刹那でも早く通りに出たくなった。
「人の波が途切れないと、いつ出ていいか分からないよな。俺が圧をかけていくから、離れないでついてきてくれ」
「……うん、分かった。離れない」
「よし!」
そうしてふたりは半ば無理矢理に通りへ出た。圧をかけていくと言っていたカインだったが、周りの誰にともなく断りを入れながら自分達が通る隙間を作り、あっという間に上手くいきたい方向の流れに乗ってしまった。
「カイン、いま何か術でも使っていたか?」
「何も! みんなが親切だっただけさ」
こうやって、人混みに流されてしまった自分をおいかけてきてくれたのだろうかと思いながら、アーサーは離れないようカインの手を握りしめた。しかし、気を張っていても距離が空いてしまいそうになる。これではうっかり手を離してしまおうものならまたはぐれる。せっかく見つけてもらえたのに。
アーサーは一歩踏み込んで、反対の手でカインの腕をしっかりと掴んだ。これ以上ないほど詰まった距離に切なく胸が塞がるが、そんなことなど知る由もないカインは何でもないように笑ってアーサーを引き寄せた。安心するところなのだろうか。アーサーはカインの光を振り撒くような笑みに目を細めながら、こたえるように笑って見せた。離れないと自分で言った、それを守っているだけで他意からこうしたわけじゃない。ただ、自分が自分の行動に勘違いをしているだけだ。
それに、こんなことをしているのは自分だけではない。親子連れや友人同士で来たらしい少女たちも服の袖を掴んだり腕を組んだりしているから、何ら普通のことだ。―そう意識しながらヒースクリフとシノの姿が見えるまで歩いた道は、いつもの街だというのにとても長く感じたのだった。
合流してからはシノが宝の地図に書いていた店を巡ったが、やはり想定どおりにはいかず回れない店を残して花火が始まる時間になってしまった。
この納涼祭の目玉である花火はここ近年まではなかった催しだが、発明家の天狐が企画して大成功を収めて以来毎年彼が主導になって川辺で打ち上げている。これを見にわざわざ遠くの街からやってくる者も多く、今年は有料の予約席も登場したほどである。
四人はといえば、予約席でも一般観覧席でもなく混雑している通りから離れて長屋通りの方へやって来ていた。出店もなく山車も通った後の長屋通りは、普段なら皆家に帰る時間だが住人たちがふらりと集まってきて花火が打ち上がるのを待っている。
よその見物客は皆出店の並ぶ通りや観覧席、或いは近場から来た者は帰りがけに川の近くで見ることが多いようだが、桜雲街の住人にとってはここは非日常の場ではなく日常を過ごす場所だからか、わざわざ観覧席をとる者は少ない。街の外からやってくる『お客様』に譲っているのだという話も聞いたことがある。
「本当は屋根の上にでものぼればもっとよく見えるんだが、ヒースが怪我したら困るからな」
「おまえ、両手にそんなに食べるもの持っててよく言うよ」
それでどうやって屋根にのぼるつもりだと、ヒースクリフは呆れた目でシノを見やった。右手に虹鱒の塩焼き、左手にとうきびと苺飴を持ってすっかり両手は塞がっているが、シノはしれっとした顔でいる。
「全部食べてからのぼる」
「ひとの家の屋根にのぼるな」
「じゃあ帰ってのぼるか?」
「のぼらない」
のぼる、のぼらない、と言い合い始めたふたりの傍らで、アーサーは去年の夏のことを思い返していた。
去年はオズやフィガロ、スノウとホワイト達と一緒に城から花火を眺めていた。人混みや暑さなどとは無縁で快適だし、よく見えはしたが納涼祭は見に行かなかったし浴衣も着なかった。フィガロが切ってくれた西瓜を皆で食べながら、次々に打ち上がる花火にはしゃいでいた―と振り返り、アーサーはシノと一緒に買った苺飴に歯をたてる。
「……! おいしい!」
「うまいよな! あの店、葡萄飴もうまいんだよ」
「そうなのか。実はどちらにしようか迷ったんだ」
「帰りにまた寄ってみるか?」
初めて食べる苺飴に感動していると、そばでとうきびを齧っていたカインがそう言った。葡萄飴は苺飴を買った店に一緒に売っていて、迷ったがなんとなくシノが食べたがっていたのと同じものを食べたい気持ちが紙一重勝って苺飴にしたのだ。
「いいのか?」
「もちろん! 見てたら俺も買えばよかったなって思ってたところだからさ」
「カインも苺飴が好きなのか?」
「苺飴も好きだが、俺は林檎飴が食べ応えあって好きだな」
そう言われると林檎飴も食べてみたくなって、アーサーは苺飴の棒を握りしめながら小さく唸った。小遣いならまだあるので心配はいらないが、ここに来るまでの間にもいくらか飲食したのでまるごと一個の林檎を食べきるのは大変そうだ。けれども、気になったものはなんでも見てみたいし食べてみたい。いまなら出掛ける前のシノの言い分がよく理解できる気がした。
「どうしよう、食べてみたいものが多すぎる」
「そうなるよな。今日は七の日で混んでたし回れなかった店もあるから、明日が最終日だしまた来てもいいかもな」
「明日……」
これといった用事はないし、経緯を話せばオズ達もきっと許可してくれるだろうが、絶対とも言えない。明日も来ようと言いたいけれども、言葉が口のなかでわだかまってしまう。隣でシノが今日食べ損ねたものの話を、ヒースクリフが行ってみたかったが混雑して近づけなかった店の話をするのを聞き、もし自分が行けなくても彼ら三人はまた明日も一緒に祭を見て回るのだと思うと急に寂しくなる。
置いていかないでほしい、そう感じるのはおかしいだろうか。でも、いま答えないと―そう思った時だった。周囲でわっと声が上がったその次の瞬間、爆音が鳴っていつの間にかすっかり暮れて夜の帳の降りた空に大きな傘が開く。
「始まった!」
「早速景気がいいのが上がったな」
夜空を次々射抜いて花火が咲き始めると、あちらこちらで歓声が上がった。赤、青、緑、白金、色とりどりの花火がぱっと咲いてきらめきながら消えていく、それが自分たちの頭上で起こっていることにアーサーは感情を高ぶらせて羽を震わせた。城から眺めていたのとは全然違う、あつくて眩くて、飛んでいけば手が届きそうなほど近くて―素敵な夢でも見ているような心地だった。
消えたそばから打ち上がる花火には、同じものはない。言葉にし難い気持ちを抱いたまま、アーサーはふと傍らに立つカインを見やる。花火が赤ければ赤く、青ければ青く照らされる彼の横顔は、大人びても見えるし、普段より幼くも見える。そして、今日一日見ていたというのに見たこともないほど綺麗だった。きっと花火のせいであるにしても、だからこその恋しさが募る。咲いてはきらめいて散る、刹那の花を惜しむような気持ちで、アーサーはカインの浴衣の袖を引いた。
「カイン、」
「うん? 悪い、よく聞こえない!」
ちょうど、大きな爆音が鳴ったので聞こえなかったようだ。夜空には、金刺繍のような光の柳が垂れてちらちらと光っている。あまりに大きく見事な花火だから、音もさることながら見物している人々の歓声も一際だ。アーサーは挫けかけたが、ここで何でもないと言ってはいけない気がした。もう一度、そう思ったのを汲んでくれたのか少し身を屈めたカインのぴんと立った耳に置いてくるように言う。
「明日も来よう、……来たい」
「そうこないとな! 最終日まで楽しもう!」
ふたりで、とは言えない葛藤も来年は勇気に変わってくれるだろうか。花火よりもずっと近くに咲いた眩い笑顔の花に、アーサーは想いを掛けて微笑み返す。この気持ちもカインとの関係も。いまはただ、側にいられること幸福として報われたいと願うばかりだった。
<おわり>