雨のち晴れ(相合い傘) 出島は雨が多い。朝晴れていても、昼過ぎにはもう雨が降っていることも多い。そんなだったから、俺は仕事用の鞄に折り畳み傘を入れる癖がついた。元々何かに備えるのが好きだったからか、それとも同僚が、いや恋人がそう言う備えをしないタイプだったからか、俺は雨傘を余分に仕事場に用意していた。あいつに言わせれば、少しくらいの雨なら走ったら終わりなのだという。でも、それでもスーツが雨でよれてしまったら修復させるのが大変だし、かつてとは違ってスーツに金をかけなくなった今でも、別の意味で(主に鍛えた体型のせいで)オーダーメイドに頼らずにいられない俺からすると、やはり雨傘は必要なのだった。
けれど突然の雨はあるし、雨傘が悪くなっていることもある。今回はその両方が重なって、昼から突然雨が降り出し、手持ちの折り畳み傘はいつの間にかボロボロになってしまっていて、職場の雨傘も穴が空いてしまっていた。花城はピンクに薔薇模様の派手な傘を提案してくれたが、流石にそれをさすのは恥ずかしくて、俺はかつて友人が言った通りに官舎まで走ることにした。こういう日に限ってあの男がいないのがムカつくのだが、あれはもう帰ってしまったのだろうか? だとしたら要領がいい。俺は少しあの男にムカつきながら、雨の中走ることにした。
空から降る雨はあたたかかった。海とは違う、高濃度汚染水とは違う、あの雨の匂いは出島では東京より濃くて、俺はそれに季節を感じてしまった。そろそろ初夏の、暖かな雨。恵みの雨。ハイパーオーツが支配する食卓じゃあそんなもの関係ないだろうが、それでもそのハイパーオーツにもこの雨は降るのだろう。
少し走ると、やたらゆっくり歩く男の背を見つけた。俺はそれを怪訝に思って、顔を覗き込みながら走る。するとそれは俺の友人で――狡噛で、俺は驚いてしまった。傘を持っていたのかと思って。
「俺だって傘くらい持ってるさ。どうだ? 相合い傘でもするか、ギノ」
狡噛が笑う。そんな学生みたいなことを言ってどうしたんだ。雨でも降るんじゃないか、だとしたらこの雨はお前が降らせたのか。俺はそんなことを思って、彼の傘の中に入った。狡噛は静かに俺に手を握ったが、俺は何も言わなかった。だって相合い傘とは、きっとそういうものだから。