甘い、熱い、苦い 一、
八月のある日、傑の机の引き出しの中から大量の薬を見つけた。俺はそれを部屋に持って帰ってゴミ箱に捨てたが、その次の日に探ると、薬は二倍の量になって傑の引き出しの中に入っていた。それ以来俺は傑の机の中を見ていない。ただの風邪薬じゃないか、そう思ったので。そう思わずにはいられなかったので。そう思わなきゃ恐ろしすぎたので。
二、
傑の手のひらは熱い。彼は特に体温が高いわけではないが、なぜか俺を触る時にだけ、傑のそれは熱くなる。興奮するからだろうか? それとも俺の体温が下がっているのだろうか?
三、
「硝子の風邪、早く治るといいな」
八月、硝子が風邪をひいた。原因は過労。反転術式の使いすぎで、身体が悲鳴を上げたのだ。彼女はそれでも任務にあたろうとしたし、上層部もそうさせようとしたので、夜蛾先生が抗議し今は病室で眠っていた。でも、病室で煙草を吸ったので、それはさすがに先生に怒られていた。
「そうだね。私もちょっと風邪気味でさ。診てもらうほどでもないんだけど、やっぱり病院に行ったほうがいいかな」
「どうだろうな」
早く病院に行って欲しい気持ちと、そこで貰う薬も乱用するのではないかという気持ちで、俺は何も言えなかった。その間にも俺たちはキスをしていた。彼の唇はアセトアミノフェンの味がする気がしたけれど、それはまやかしだったのかもしれない。それこそ、俺たちの恋愛の方がまやかしだったのかもしれないな、今ならそう思う。
「好きだよ、傑」
「偶然だね、私もだよ、悟」
だったら薬を飲むのをやめて俺に相談しろよ。薬に頼るなよ。硝子みたいに医者に頼れよ。俺はそう言いたくて、けれど言えなくて、俺は傑に抱きついた。
彼は何も言わなかった。
薬を捨てたのが俺だとは彼は知っているだろう。それでも薬の量を増やしたのは、俺が頼りにならないからだろう。彼はどこかで俺を拒絶している。拒否している。見下している。自分のことを助けてくれないと、指針にはなってくれないと、そんなふうに思っている。親友だというのに。彼はそう言ってくれたというのに。
「偶然なら、よかったんだけどなぁ」
俺がそう言うと、傑は笑って、「運命さ」と応えた。俺はその言葉に、じきに何かよくないことが起こると、そんな予感がしてしまった。
四、
「あんまりその薬飲むと良くないよ。漢方を処方してやるからこっち来な。熱があるかも」
虎杖たちの授業を抜け出して硝子の部屋に行くと(聞きたいことがあったのだ)、俺が風邪薬を飲んでいるところを見られてしまったのかそう言われた。彼女の言う通り、俺は傑がかつて濫用していた薬を飲んでいた。最初のうちは傑が残していった分を飲んでいたが、それがなくなるのはどうしてか恐ろしくて、同じものを薬局で買っている。けれどそれも良くなかったのか、硝子は俺を診察して「やっぱり風邪だ」と眉をひそめて、苦そうな、銀色の袋に入った薬を差し出した。
「定期的に診てやるから絶対に来いよ」
「うん」
「あの薬は捨てろよ。夏油が飲んでたやつだろ」
「……うん」
硝子はなんでも知っていた。俺はそれが嬉しくもあり、恐ろしくもあり、傑が残していったものを捨てられない自分が怖かった
「捨てるよ、捨てるから、うん……捨てるから……」
俺はなぜか泣きそうになって、苦い薬を飲んだ。硝子はそんな俺を見つめていた。彼女は俺によりそってくれる。俺が傑に出来なかったことをしてくれる。俺はそれが嬉しくて、それが出来なかった自分が虚しくて、漢方の味を舌に乗せた。