不定の狂気 都合のいい(?)幻覚が見えるを受けての自探索者の話幻覚ではなく幻聴になってた
松本雪也
和村綾芽から連絡があった。
彼女はヒステリックでなにかあればすぐに、それも10分間に何十回と連絡をしてくるような人だから、べつに普通の事ではある。でも最近の彼女からすればおかしな事だった。何日、何週間、何ヶ月、どれくらいだったかはわからない。その間一切連絡が無かったのだ。
彼女のことは大切でもなんでもなかったから、忘れてしまっていた。そんな折に連絡があった。
今までのように何度も何度も着信があって、そのたびに僕は電話に出る。またあの頃へ戻った。
「綾芽ちゃん、いまどこにいるのさ。ちょっと会おうよ」
そういつものように話していたはずなのに、急に電話が切られた。なにかおかしい。そんな事をされたのは今までで初めてだ。
「ねぇ雪也、最近誰と電話してるの」
彼女は最近よく一緒にいる咲ちゃん。
「綾芽ちゃんだよ。高校の頃からの知り合いでね」
「いや、そう言う意味じゃなくて……」
咲ちゃんが凄く歯切れの悪そうな顔をする。女の子がそんな顔しちゃだめなのになぁ…かわいい顔が台無しだ。
「雪也、なんかあった?この間からずっとおかしいよ、電話かかってきてないのに急に話始めたり…どうしちゃったの?」
「え?」
電話、かかってきてない?じゃあ僕は一体誰と話しているっていうんだ?
「でもほら、履歴見たらわか…る……え?」
着信履歴に和村綾芽の名前がない。今さっき話していたはずなのに、それすらない。
「なんでだろ、よくわかんないな、ごめんね。ちょっと出かけてくる」
「えっちょっと雪也!」
咲ちゃんを無視して家を出て、綾芽ちゃんが住んでいた家に行く。鍵はたしかまだ持っている。
僕は彼女のことを大切になんて思っていないはず。なんとも思っていないはず。なのになんでこんなに心臓がうるさいんだろう。
綾芽ちゃんの家に行ってドアを開ければ、きっと綾芽ちゃんが居るはず。僕が久しぶりに顔を出したことにちょっと怒りながら喜んでくれるはず。
そう逸る気持ちを抑えながら、ようやく彼女の家に着いた。震える手で鍵を差し込みドアを開ける。
「綾芽ちゃん、ただいま。元気してた?」
痛いほどの静寂。返事はどれだけ待っても来ない。
「なんだ、仕事中なのかな。じゃあちょっと待ってようかな。」
いつもそうしていたように、リビングのソファで寝て待っていよう。そのうち帰ってくるだろう。
部屋の電気を付ける。いつも使っていたテーブルとソファを見ると埃が溜まっていてずいぶん長いこと使われていないように感じる。少しばかり潔癖の彼女にしてはおかしい。
着信音がなる。彼女が好きだと言って勝手に変えたきらきら星。たしかに僕の携帯は鳴っている。
おかしい。僕は彼女の事をなんとも思っていないはずなのに。なぜこんなに震えているのか。おかしい。おかしい。おかしい。
「ねぇ、どうして電話に出てくれないの。どうして、ねぇ雪也、ねぇってば」
耳元で声がした気がした。慌てて振り返っても誰もいない。なんだ、なんだよこれ。なんだって言うんだよ。
僕がおかしくなったとでも言うのか?そんな事はありえない、絶対にありえない。ありえない。
気がついたら義弟が不機嫌な顔で僕のことを睨んでいた。
彼は僕の事が嫌いだからいつもの事なんだけど。
「一体どうしたら家の前で倒れてるなんてことになるんだよ。アンタのせいで昨日は大騒ぎだったんだぞ。母さんだって……」
彼の話は随分と長い。僕が嫌いだからもあるけれど、彼が正義感が強いからでもある。
にしても綾芽ちゃんの家まで行った記憶はあるのに、家の前で倒れていたなんて記憶はない。なんとかたどり着いたのだろう。随分と僕らしくないな。
「ごめんよ、長い間会えなくて寂しい思いをさせちゃったんだね。すねなくたっていいよ」
彼の話を遮って構い倒してやると、さらに不機嫌な顔をして僕の手を振り払い部屋を出ていった。相変わらず嫌われてしまっているんだな、残念だ。
それにしても、アレは一体何だったのか。よくわからない。携帯を確認しても綾芽ちゃんからの着信履歴は1つもない。
僕は一体どうしてしまったのだろうか。
ふとキラキラ星が聞こえた気がした。