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    Hachiinoki

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    Hachiinoki

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    #泣き伊
    のタグで書きました。

    曇天に光芒一閃里桜高校でツギハギの呪霊の領域に取り込まれ、死を覚悟した私を救ってくれたのは、宿儺の器である虎杖悠仁だった。

    「え…?虎杖くん…?虎杖くんッ!あぁぁぁ、私のせいだ!私が…私がもっと大人としてちゃんと、彼を止めることができていれば…!ううっ…ごめ…ごめんな、さい…虎杖くん…私が…悪ぃ…私の…せぃで…ぐすっ…た゛と゛く゛んんんんん」
    ツギハギの呪霊との戦いの途中で意識を失った虎杖くんを見て、伊地知くんはいつになく取り乱し、涙を流しながら謝罪の言葉を繰り返した。
    「落ち着いてください、伊地知くん。気を失っているだけですから」
    「へ?気を…?じゃ、じゃあ!生きてるんですね!」
    「ええ、大丈夫、生きてます。彼が、敵の領域から私を救い出してくれたのです」
    「よ…よよよ、よかったぁぁぁ」
    鼻水と涙でぐじゅぐじゅになりながら、伊地知くんは安堵して、へなへなとその場に座り込んだ。

    後日、里桜高校の一件の報告書を作成した私は、それを、伊地知くんではなく、五条さんに手渡した。
    「あれ?珍しいじゃん、七海。伊地知を通さずに僕に直接提出しに来るなんて…」
    「そうですか?特に…深い意味はありませんが」
    「へぇ〜、深い意味はない、ねぇ…」
    目隠しの下にある目が、にやにやと笑っているであろうことはわかっていた。私が、もうこの一件を、伊地知くんの目に触れさせたくなくて、あの日の出来事を思い起こさせたくなくて、わざとこうしていることを、きっとこの人はお見通しなのだ。
    「ま、深い意味がないんなら別にいいんだけど?でも僕は、後輩に優しい先輩だから教えてあげる。あれから伊地知のやつ、休みもせずひたすら事務仕事に打ち込んでるよ。もうすぐ交流戦もあるしね。でもそろそろ…倒れる頃かもしれないねぇ」
    「そうですか…」
    私も、あの日以来伊地知くんには会っていない。あんな取り乱した伊地知くんの泣き顔を見たのは初めてで、なんとなく会うのが気まずい。しかし、彼に今ここで倒れられる訳にはいかないのだ。

    「伊地知くん、いつまで仕事してるんですか」
    ノックもせずに私は補助監督室にズカズカと入って行った。もう外は真っ暗で伊地知くんの他には誰も残っていなかった。
    「な…なな、み、さん…?どして…?」
    「根を詰めすぎです。交流戦前に倒れたらどうするんですか。帰りますよ」
    「えっ…まっ…て、えっ?か、帰…っ?」
    私は有無を言わせずパソコンをシャットダウンさせ、なおも居残ろうとする伊地知くんの首根っこを捕まえて、私の車に押し込んだ。

    「強引…」
    カバンを両手で抱き込んで独り言のように呟いてから、不服そうに助手席におさまる彼が、むぅと唇を突き出した。
    「コラ、その癖やめなさいと言ってるでしょう?唇を奪いますよ?」
    平坦な口調で、本音と冗談を織り交ぜて私が言うと、きっと伊地知くんは慌てたような反応を返すだろうと思っていたのに、珍しく、甘えたようにむくれたまま、窓の外に目をそらしながら言った。
    「別に…奪ってくださってもいいんですよ、減るもんじゃないし…」
    その爆弾発言に被弾しながらも、私は動揺を押し殺して、
    「弱っている君につけこんで…そういう不埒なことをしようとする輩もいますから、発言には気をつけてください」
    と、自分のことを棚に上げて言った。すると伊地知くんは、
    「七海さんは…?七海さんは、不埒な輩じゃないんですか?」
    と、窓から目線をこちらに移して、つぶらな瞳で私を見つめた。
    ぐぬぅ…。これは仕方ない。これは伊地知くんが悪い。こんな顔でそんなこと言われたら、しょうがない。
    私は素早く伊地知くんの顎を掬うと、押し付けるように唇を重ねた。残業続きでカサついている彼の唇をなんとか潤そうと、自分の舌で端から端までなぞって湿らせながら、途中で角度を変え、潤ってきた唇のあわいから舌をねじ込み歯列をなぞると、
    「んぅッ…」
    と伊地知くんが鼻から抜けるようなかすかな声を漏らした。
    その声で我に返って慌てて唇を離すと、伊地知くんは真っ赤な顔をしてこちらを睨んだ。
    「ンなっ…!な…、なんでッ?ほんとぉにするんですかぁ…!」
    と、自分の袖口で私の唇をゴシゴシと拭いた。
    「ダメです、七海さんは大人オブ大人なんだから、こんな、私なんかの誘い文句に簡単に煽られちゃ、ダメなんです…」
    と言いながら、なおも私の唇をゴシゴシ拭いている伊地知くんのその手を、私は掴んだ。
    「伊地知くん。君こそダメです。大人オブ大人のふりして自分を押し殺して、なんにもなかったような顔して仕事をし続けて…。それで、ひとりで我慢して耐えに耐えて、やがて表面張力が溢れ出すように、誰も見てない所でひとり泣くんでしょう?」
    私は伊地知くんの手を恭しく握って手の甲にキスを落とした。
    「花さき山の童話を、知っていますか?伊地知くん。しんどいのを我慢して、自分のことより人のことを思って、涙をいっぱいためて辛抱すると、その優しさと健気な心から花が咲くんです。きっと君の山には、花がいっぱい咲いているんでしょうね」
    でも…、と私は続けた。
    「先日君は、虎杖くんのために泣いてましたね。でもあれは、虎杖くんのことを思って流した涙ではなく、悪いのは私だ、止められなくてごめんなさいと、自分で自分を責めて流した涙です。他人のためには顔で笑って心で泣いて、私が悪かったと自分を責めて涙を流す。そんな、どうしようもなく不器用で、頑なに意地らしくて、底抜けに心優しい君が…、そんな伊地知くんが、私は愛おしくて仕方ないんです。好きなんです。だから、私の前でだけは、どうか素直に泣いて。私が君の涙を全部受け止めますから」
    誓いの言葉のように私が言うと、伊地知くんの左の目から雫が一粒こぼれ落ちた。
    「いいですね?」
    と私が耳元で問いかけると、伊地知くんは小さく頷いた。その拍子に、右の目からも涙が一筋流れ出た。
    私は、溢れてきた涙にそっと唇を寄せて舌で掬い取った。

    その涙は花のように甘かった。



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