しっぽの付け根 気配無く伸ばされた指先が、シャオヘイの尻尾の付け根をぐるりと辿る。同じ向きに生え揃っていた短い毛足を乱して、ひと差し指の腹は何度もそこをぐるぐると回る。まるで自身の長い髪の毛を指先に巻き付けているような、そんな動きだった。
「……師匠ほんとにそこ触るの好きだよね」
「嫌か?」
「別に、もう慣れた」
寝台に寝そべったまま枕元に腰かけたシャオヘイの尻尾を弄っていたムゲンは、のそりと起き上がり乱れた前髪を空いている手で掻き上げる。撫でつけてもすぐにはらりと落ちてくるその真っ直ぐな髪の方が、シャオヘイは好きだった。
「櫛、持ってこようか?」
「いや……このまま湯に浸かろうかと。シャオヘイも来るか?」
「そんなこと言ってまた僕に全身洗わせるつもりでしょ」
「おまえが汚したんだろう」
「そー……ういう言い方は、まあ、合ってるんだけどさぁ」
ため息を吐きながら白い頭髪をくしゃくしゃと掻き回していると、今度はムゲンのひと差し指が耳の付け根をさりさりとなぞり始める。自分では見られない場所なのでよくわからないが、ムゲンはこの黒と白との境界が美しいのだと言っていた。
「くすぐったい」
「我慢」
「なにそれ、師匠が触りたいだけじゃん」
「嫌か?」
「もう、同じこと聞かないで」
嫌なら、とっくの昔に振り払っている。
さり、さり、と何度も行き来する指先に、シャオヘイはうっそりと目を細める。先ほど肌を合わせたとき、こうやって優しく触れることができたか自信がない。優しくて、あたたかくて、全身が柔らかく溶けていくような心地に、起き上がっていた身体はそのまま背後にあるムゲンの膝の上に滑り落ちていった。
「どうした。眠いのか」
「師匠が悪い」
「ふふ、すまない」
本物の猫にするように動くムゲンの指先を感じながら、ぐるる、と喉が鳴った。
「僕さ、ちゃんとできてる?」
「ん?」
「師匠、ちゃんと気持ちいい?」
「なんだ。そんなことを気にしていたのか」
ムゲンの乱れた寝巻を握ってしわを増やし、シャオヘイは小さな声でつぶやく。
「だってさぁ、僕はあなたが初めてなんだもん」
「私だって同性相手はおまえが初めてだとも」
「そうだけどさぁ」
こうやってぶつぶつと文句が出るくせに、喉が鳴るのは止まらない。シャオヘイの顔を覗き込んだムゲンの髪がさらりと滑りおちてきて、月明りを半分隠してしまった。
「心配せずとも、充分良くしてもらっているよ」
「本当かなぁ。演技じゃない?」
「おまえ……疑り深いな? 私がそんなに余裕があるように見えるのか?」
「僕も毎回余裕ないんだからそこまでちゃんと観察できない」
軽く縛っただけの帯に鼻先を埋めて、布の下にある確かな体温を感じようと呼吸を深める。僅かに香る白檀の気配が肺を満たしていく。
「……観察、するか?」
「いま?」
「いま」
「お風呂は?」
「そのあとで入ろう」
あのくらいでへばるような歳でもないだろう。そう言ったムゲンは寝そべっていたシャオヘイの身体をぽんと跳ね起こし、今度は手を引いて自身の上に引き倒す。逞しい胸板でシャオヘイの顔面を受け止めて、再び尻尾の付け根に指を這わせた。
「あのさぁ……毎回思ってたけど師匠って結構やる気だよね」
「優しい弟子が遠慮してくれるものだから、体力はまだ有り余っているよ」
「そういうとこ、そういうとこだよほんとにもう!」
その日シャオヘイは初めてムゲンの首筋に噛みついて、くっきりとした噛み痕を残してやった。