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    ちゅきこ

    @chukiko8739

    20↑腐/文字書き1年生/掲載ものは基本tkrb🍯🌰(R18)/CP固定リバ有の節操なし
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    ちゅきこ

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    脳神経内科医・光忠さんと、脳神経外科医・伽羅ちゃん、伊達組+αのみんなが脳血管センターのドクターとして働いている話。
    今回は初期設定オンタイム。
    本番プロポーズ前の拗らせ書きたかった。
    時間軸はこの話のあとです。
    ➉おいしいきもち

    【刀×医パロ(🍯🌰)】㉑環状目が覚めると、珍しく隣に光忠の姿があった。
    「おはよう伽羅ちゃん」
    「…ん」
    伸びをしながらこたえると、光忠はちょっと寝坊しちゃった、と言って髪をかきあげた。睡眠中にも義眼を入れているので、黒い分厚い髪の隙間から造り物の眼球が一瞬だけ見える。
    「せっかくだからお散歩しながらお外でご飯食べる?ちょっと作業もできるようにパソコン持って」
    光忠の提案に頷いて
    「白い怒った犬の店」
    とロゴマークを思い出して、起き上がりながら携帯を手にとった。調べて画面を見せようと思ったが光忠はすぐに思い出したようだ。
    「ああ、伽羅ちゃん『アヂト』気に入ったんだね。お天気もいいし、バスには乗らないで歩こうか」
    にこにこして、俺の髪を優しくくしゃくしゃにする。
    光忠とオフが重なるのは久々だ。特に光忠は最近本務ではないところで鶴丸の案件が多く、とても忙しい。俺は朝食を食べた後に少し作業をすれば終わる程度で、帰宅後は家事を請け負って、オフらしい日を送れそうだ。
    身支度をして鞄にタブレットPCと書類を適当に詰めると、サイドボードにある革製の皿の上からキーホルダーを取ってポケットに入れる。
    「行こっか」
    光忠の声に、先に玄関に向かい靴を履いて扉を開けた。過ごしやすい季節の朝風が堰を切ったように流れ込んできて、心地よい。

    アヂトに着くと日当たりの良い3階の席に案内された。窓際にびっしり並ぶ文庫本の背表紙を見ながら腰を下ろす。
    光忠がメニューを見ながらおにぎりを食べたいというので、同じのをふたつ頼む。
    「伽羅ちゃん、ぼた餅あるよ。食べる?」
    「いる」
    「じゃあ食後に。飲み物は?」
    「コーヒー牛乳」
    「オーケー。僕はアヂコーヒーで。じゃあそれでお願いします」
    光忠がメニューを渡しながら店員に頼み終えると、ちょっとだけ作業していい?と言って鞄から端末を出した。
    「ん」
    こちらも積読していた論文を読もうと思ってPCをポケットWi-Fiに繋げようとしていると、
    「伽羅ちゃん、かわいい」
    と頭を撫でられる。
    「なんだ」
    「だって、病棟の大倶利伽羅先生はしっかり者さんだから」
    「…悪かったな」
    はじめにふたりで暮らし始めた時は二十歳になる前だった。あれから6年間の学生時代があり、臨床研修の後、入局してからもかなり月日が経った。なのに光忠とふたりでいると、時が止まったようにずっと変わらない自分がいる。
    「最近、伽羅ちゃん本当にすごい働きぶりだよね。もう長谷部くんいなくても全然大丈夫そう」
    「大丈夫じゃない」
    穏やかな光忠の声を遮った。それこそ日々の業務に追われて後先を鑑みれず、自分は同じ所で足踏みを続けているように感じる。それに常々うんざりしているくらいだ。光忠が言うように年次相応に成長できていればよかったが、そうじゃない。
    長谷部は俺とは才能のベクトルが全然違う。あれは臨床医だけでなく病院経営としてなくてはならない存在だ。鶴丸の後にセンター長になるとしたら光忠か長谷部…いや長谷部がセンター長に就き、光忠は副院長に躍進するかもしれない。
    「そうかなあ。長谷部くんは真面目な話、いつまでいてくれるか分からないしね。彼がご実家の方に戻ったら、いずれ君の番が来る」
    光忠が言う俺の番、という言葉にぞわっと総毛立った。
    「やめろ…」
    異変に気づいた光忠があっと声を上げる。
    「ごめん。他意はなかったんだ…」
    「あんたは、三日月みたいなこと言うな」
    光忠は謝りながら頬を撫でて俺の怒りを鎮めようとしていた。俺はその番が永遠に来なくていいと思っている。
    光忠が手をふと止めて物音に振り返ると、俺と目があった店員から食事が給仕される。
    おにぎりを食べながら行儀悪く片手でタブレットをスクロールして論文を読んでいると、光忠が控えめに話し始めた。
    「伽羅ちゃん、僕ほんとにそんなつもりじゃなかったんだよ。ただ最近の伽羅ちゃんがすごいって言いたかっただけなんだ。昇任とかポストの話じゃなくて、キャリアがきちんと形成されてるねって」
    「わかってる」
    「…ねえ、三日月先生への当たり、またすごいよね…この頃何かあったの?」
    おにぎりを食べ終わった指を舐めていると、だめだよ、と光忠に手を取られおしぼりで拭き取られる。
    先週も論文がアクセプトされたから、三日月へ形ばかりの報告でメールを送ったら途端に連絡を寄越すようになって辟易としていた。
    「この頃じゃない。あいつまだ俺に院試を受けろと言ってる」
    「うわあ、その話まだやってるの」
    いつも穏便に仲を取り持つ光忠ですら本音が出るレベルで三日月は執拗だった。こちらは論文博士でだって学位を取る気なんてないというのに、俺を大学院に進学させ、その後専任教員として大学に呼び入れたい三日月には通じない。
    「俺が要らないものを寄越してこようとする、ただの老害だ」
    「言い方はあれだと思うけど、僕もこの件に関しては伽羅ちゃんに同意かな」
    光忠はまたごめんね、と謝って、テーブルの端に乗せていた俺の手にその大きな手を重ねた。
    「立派なお医者さんになれるかは、そんなものじゃ推し測れないよね。伽羅ちゃんは、僕にとってはもう立派なお医者さんだよ」
    光忠が言う立派な医者に、俺は未だ近づきさえできていない気がする。

    食事の途中で光忠が店員に声をかけて、腕時計を見ながらぼた餅の時間を確認している。
    「あんたはどれくらいで終わるんだ」
    「うーん、とりあえず30分はやりたいかな」
    「じゃあその後にしてくれ」
    伽羅ちゃん先に食べてていいよ、と言われたが、テーブルが狭くなるのでデザートは待っててもらうことにした。
    光忠は来月の脳血管センター設立10周年記念祝賀会の業務を一手に引き受けている。元々調整や手配に長けている男だが、列席者の顔が浮かぶあまり気遣いに余計に手が取られてしまっているようだった。
    「本当はやらなくていいんだと思うんだけど、お酒飲んだ後にお茶かコーヒーかどっちだったっけなとか、タクシーから会場まで誘導する人は誰がいいかなとか、そんなことも考えちゃうんだ」
    そう言って苦笑するこの男は、本当にこの白衣を着た戦国武将たちの世界で生き残るのに向いていると思う。仕事ができるだけじゃない、多くのものを持っている。光忠の父親から譲り受けたものもあるだろう。三日月が執心する後継が光忠だったら良かったのにという考えがよぎった。
    「ちなみに貞ちゃんには受付頼んでるから、伽羅ちゃんは会場までの付き添い係をお願いするよ」
    「好きにしろ」
    光忠はまたしばらく画面と対峙する作業に戻っていく。

    ぼた餅を食べて、飲みかけのコーヒー牛乳もほぼ終わりだ。光忠は「まだ課題山積」と苦笑しながら作業を終える。
    「伽羅ちゃんはこのあと何したい?」
    「あんた、戻ってまだやるんじゃないのか。俺は適当にするからいい」
    光忠が手を伸ばして俺がしまおうとしたタブレットを掴んだ。
    「せっかく一緒のお休みだから、もう少しお出かけしないかい?特にすることはないけど、ウインドウショッピングとか」
    珍しいなと思った。そもそも光忠とあまり服や雑貨を買いに行くことはなかった。一度、スーツをプレゼントされた時に全身好き放題されて大変だった記憶はあるが、それ以来か。
    ふと、今使っている髪紐が少し傷んできたのを思い出した。
    「新しい紐ほしい」
    「いいね!じゃあ銀座かな。電車に乗っていこう」
    光忠は早速画面で乗り換え案内や店の開店時間を調べ始める。

    電車を乗り継ぎ、銀座の和装品店を訪ねた。髪紐で使っている伊賀組紐は糸の色や装飾があるので、店舗で相談して職人に受注制作してもらう。何度か作り変えているので光忠も慣れた様子で、紐の太さ・色合いや鎖の種類などを吟味している。
    話が長い光忠を待ってぼんやりしていると、顔馴染みの女将と目が合い「煩い客で困るだろう」と言って詫びる。
    「いいえ。お召し物の時もどうぞご相談くださいね。晴れ着のご予定は?」
    女将がほくほくした笑顔で返すので、いっそう落ち着かない。
    「新しいのもいい出来になりそうだね」
    光忠は満足げに歩行者天国の道を横切る。
    毎度思い返すのだが、初めて髪紐もらったときは臨床実習が始まる前の、光忠が国試に合格した時だった。あの時の嬉しいやら恥ずかしいやら、自分では受け止めきれないほどの幸せな気持ちが、買い替えるたびに少し蘇るのが嬉しくて、つい同じものがほしいとまた頼んでしまう。
    「そういえば、あの時は俺からもなにか贈ると言ったな」
    記憶の中から突然話し始めたので、言った後でしまったと思った。光忠にとっては脈絡のない会話だ。もう何年前のことを言っているんだ。そもそも、その時何も贈っていない自分に問題が――――。
    「あれ?僕もうもらってるよ?」
    なぜか話が通じたようですぐに返事がきた。
    「…は?」
    「伽羅ちゃん、忘れちゃった?」
    光忠がちょっと困った顔でこちらを見ている。
    あの後の臨床実習が始まってからの期間をしばらく回顧しても全く思い出せなかった。自分がプレゼントを選ぶとなるとそれなりに苦心するし憶えていそうなものだが、その記憶すらない。光忠の誕生日、自分の、クリスマス…遡っても糸口は見つからなかった。
    俺は何を忘れている…?
    光忠はすぐにいつもの様子に戻って、こっちに行こうと俺の服の袖を引く。

    珍しくジュエリーショップの前で足を止めた光忠の後ろでつかえたので、
    「入りたければ入れ」
    と背中を軽く叩き、入店させる。
    「なあに伽羅ちゃん、買ってくれるの?」
    いたずらっぽく笑う光忠に、気に入るものがあれば買ってやると答えると、そんなに格好いいこと言われると悔しいから自分で買うとはぐらかされた。
    ガラスケースの中を覗きながら、ペンダントが並ぶところで足を止めて光忠が指をさす。
    「伽羅ちゃんはいつもチョーカー付けてるよね。ストラップは掛けないんだっけ?」
    院内では常に個人用PHSを携帯している。スクラブや白衣の胸ポケットやズボンのポケットにしまっていることが多いが、首にかけたストラップからそのまま垂らして持ち歩く者もいる。
    「結んでしまってる」
    「それ、屈むとポケットからピッチが落ちたりしないかい?」
    「する。落としすぎて角がえぐれてる。拾う時に舌打ちすると貞に怒られる」
    「それは伽羅ちゃんが悪いよ」
    光忠が声を出して笑う。ストラップをかけてるとチョーカーと絡むのかと聞かれ、首元にがさがさしているのがあると嫌だと答えながら、思い出して首の後ろを掻いた。
    「なるほど。今のチョーカー気に入ってそうだしなあ」
    光忠が隣のガラスケースに移ってまた品定めしているので、
    「あんたが欲しいもの選んでるんじゃないのか」
    と聞くと
    「僕が伽羅ちゃんにつけて欲しいのがあったらいいなと思って選んでるよ」
    と何でもないという風に言うので、今はなにも要らないというと、少し残念そうにしている。
    ここにあるもの、何も要らない?
    ああ、何も。
    ジュエリーショップの奥には指輪やペアリングが当たり前のように陳列され、そこが終着点になっていた。
    最初に髪紐を貰った時に光忠からこれは婚約指輪の代わりだと言われた。その一年前に結婚しようと言われた時は、「僕と君が立派なお医者さんになって、変わらずずっと一緒に暮らしていられたら」というのが、遠くない未来だと盲目に信じていた。だが今はそれが光の見えないトンネルになって俺を閉じ込めている。
    立派ってなんだ。何年経っても医者として一人前になれない。いつも不本意なまま、実体のない自分がそこにいるようだ。
    昔は父親が自分に憑く残影だと思っていた。いつの間にかどっちが残影なんだか分からなくなっている。
    光忠が指先で俺の手の甲をとんとんとつついた。
    「付き合わせちゃったね。行こうか」

    帰りの空いている電車で、光忠と並んで腰掛け揺れに身を任せながら、数日前の清光とのビデオチャットを思い出す。
    「ねー、大倶利伽羅は奥さんといつ結婚するの?」
    「奥さんと結婚ってどういう表現だ」
    分かるでしょ、燭台切さんのこと!カナダにいる清光は画面から飛び出しそうな臨場感で俺に迫ってくる。
    「プロポーズとかないの!?指輪買いに行こうよーとか」
    「ない」
    「一回も?」
    「…学生の時、結婚しようとは一度言われた」
    画面の向こうの清光が半狂乱になって、何それ聞いてない、何年前の話だよ!とイヤホンが爆発しそうな勢いで捲し立てる。
    「清光、煩い」
    「で?その時指輪もらったりしてそれ以来なにもないってわけ!?
    あ…俺分かったわ…うわー…それで髪紐ね。ほんと燭台切さんエッロ」
    「いい加減にしろ」
    切るぞ、とマウスパッドを触ろうとすると、待ってと清光が食い下がる。
    「大倶利伽羅、それさ、きっとプロポーズもう一回あるよね?今はこれで我慢して、いつか本当に指輪ちゃんとあげるって意味じゃないの?燭台切さん、大倶利伽羅の準備ができるの待ってるんじゃないの?」
    「準備ってなんだ」
    「いや、向こうの方が先輩だからさ、早く追いついてきてとかそういう意味じゃないの?」
    追いつくってなんだ。光忠は俺とは全く別の次元の立派な医者だ。光忠の父のように、もっとあいつの力が発揮できる場所に自然に昇っていく。今はまだ実力の10分の1も出していない。
    対して俺は目の前の患者のことでいつも頭がいっぱいで、手中にある研究としか向き合えない。
    住む世界が違うんだ。
    「…そんな日は来ない」
    「なんだよ!俺、お前のそーゆーとこ、きらい!」
    「清光」
    俺は旧友がイライラしながら画面に齧り付いているのを手を振って離れるように諫めた。
    「見てて分かるだろ。違うんだ。光忠には行く先がある。俺は邪魔をするつもりも足を引っ張るつもりもない。別にこのままでいい。もういいだろ」
    「おーくりからー!俺は違うと思う!もっとよく考えろ!忘れていることがあれば、思い出せ!お前、そうやってすぐ逃げるからダメなんだよ!」
    俺は構わず通話をオフにして、そのあと轟々と鳴り止まないメッセージを無視し続けた。
    だけど清光に言われたことが今になって引っかかる。

    忘れていることがあれば、思い出せ。
    脳内でそれは螺旋のように昇ることなく、環状となってずっと同じところを回り続けていた。
    なんで光忠だけが覚えている。
    この環状から離脱する、記憶の欠片はどこにあるんだ。


    〈了〉
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