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    mizuki_410

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    mizuki_410

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    読切ロナドラです。読ロ様が恋を自覚するまでの話。

    #ロナドラ
    Rona x Dra
    #読切ロナドラ
    readingLonadora

    【読切ロナドラ】恋を知った日恋を知った日


    初めはただの退治対象だった。
    それが紆余曲折あって相棒になった。
    しかしそれは様々な都合上の関係だ。
    もし、あの吸血鬼が人間に仇なすべく再び牙を剥くならば、容赦なく倒すつもりだとロナルドは思っていた。
    例え相棒といえどもそこに情などは一切ない。
    吸血鬼に心を許す事など絶対にない、そう思っていた。



    成り行きで組んだ吸血鬼とのコンビも既に世間に公表して久しい。
    『千体目の戦い』は本来思い描いていた形とは路線を変え発売し、ロナルドの想像以上の好評を得ていた。
    筆者であるロナルドの物語の描き方が巧みであることも影響し、ロナルドウォー戦記の読者にはドラルクの登場に肯定的な意見が多い。
    ドラルクと組んでから既に複数巻の発行をしてバディものとして定着しつつある。
    しかしそれでも、ロナルドはもし万が一ドラルクが裏切るようなことがあればそれもまた物語の展開としては悪くないと思っていた。
    一度はロナルドに牙を剥いた吸血鬼だ。
    そのスリルとどんでん返しは物語としても面白いだろう。
    しかし当のドラルクはというと、あれ以来ロナルドに牙を剥くどころか呼び出せば素直に現場までやってくる献身さを見せていた。
    数年に亘る引きこもり期間を経てすっかり弱体化した身でありながら連絡をすれば嬉々としてやってくるのだ。
    そして弱いながらも吸血鬼に関しての深い知識と気転を用いて助言をし、ロナルドのサポートをする。
    そのうちにロナルドの無鉄砲さに苦言を呈するようになり、不摂生な生活にまるで心配するように眉を下げる。
    本来ならば獲物を招くために身に着けたであろう料理の腕をロナルドのために振るった。
    その料理の味は確かなもので、素直に賛辞を述べれば心底嬉しそうに笑って見せた。
    退治に出掛けた先で拾ったツチノコや、ロナルドの手で生み出され自我を持ったかぼちゃにも優しく接した。
    吸血鬼の中には駒にとして使い捨てにする者も居る使い魔を、ドラルクは家族として慈しみ愛情を注いでいる姿を見てきた。
    長く共に過ごす中で、ドラルクはロナルドに対し友人として接していた。
    それも演技の可能性があると初めは思っていたが、いつしかそんな疑いも薄れていた。
    いつの間にかロナルドは退治がなくても城に訪れるようになった。
    それをドラルクも快く迎え入れる。
    ドラルクが煙で死ぬのでタバコも止めた。
    それを伝えればドラルクは思った以上に喜び、口寂しいだろうと飴を作って寄越した。


    そうして少しずつ、ロナルドの中でドラルクの存在が変わっていった。
    退治対象の吸血鬼から成り行きで組んだ相棒へ、不承不承組んだ相棒から気負わずに付き合える友人へ。
    そして、唯一無二の大切な相方へ。
    そんな自分の中の変化に抗おうとしたこともあったが、存外気に入っている関係を受け入れ始めた頃の事だった。




    その夜、ロナルドはドラルクの住む城を訪れた。
    仕事の話でもなく、ただドラルクに布教されたゲームを夜通し遊ぼうという誘いに乗っただけの約束だった。
    いつものように城の扉の前に立ち、すぐに死ぬ吸血鬼を殺さない様に決められた合図のドアノックを鳴らす。
    しかし応答はなかった。
    いつもならロナルドが訪れた気配を察知するとドアノックを鳴らす前からエントランスに降りてきてその合図を待っているのに。
    ふと見ると、扉には奇妙な靴跡が付いていた。
    弱くても高貴な生まれの高等吸血鬼が扉を足蹴にするとは思えない。
    それならばドラルク以外の何者かがこの扉に靴跡を付けたのだ。

    「ドラルク?」

    ロナルドは城主の許可を得ることなく扉を開く。
    いつも綺麗に掃除されていたエントランスは荒れ果て、天井から下がるシャンデリアも壁に付いていた電灯も無惨に壊されていた。
    壁際に置いてあった装飾の施された花瓶も粉々に割れている。
    そしてその直ぐ傍には、もう見慣れてしまった塵の山があった。
    しかしそれがいつものようにただ些末な事に驚いて死んだわけではないとこは明らかだった。
    何者かの手で脅かされたであろう痕跡にロナルドは酷い胸騒ぎを感じた。
    近付いてみると、自身の靴の先に何かが触れた。
    それは金属音を立て転がり、扉の外から入る月明かりを反射して鈍く光った。

    「弾丸……?」

    拾い上げた瞬間に背筋に悪寒が走る。
    退治人を生業としているロナルドが、その弾丸を知らないはずがない。
    それはずっしりと重みのある銀の弾丸だった。




    * * *




    それはロナルドが訪れる少し前のこと、ドラルクはその夜訪問する予定のロナルドのため上等な紅茶と手作りの焼き菓子を用意していた。
    ドラルクの愛しい使い魔も相棒に懐き、その相棒のために日が暮れる前から起き出し一人と一匹でおやつを用意していたのだ。
    使い魔であるアルマジロのジョンはその準備に張り切って少し眠気を覚えたようで、ドラルクの棺桶の中でロナルドが来るまで仮眠を取ると主人に告げる。
    主人とその相棒であるロナルドと一緒に夜通し遊ぶために張り切る使い魔をドラルクは優しく撫で、棺桶に寝かせてやった。

    長い間城に引きこもっていたドラルクにとって、このような日々が始まることになるとはまさに青天の霹靂であった。
    しかし吸血鬼は多くの者が享楽主義者であり、ドラルクも例に漏れずその性質を持っている。
    そのため存外この生活を楽しんでもいた。

    「ん、退治人くん来たか?」

    車の音に気付いたドラルクは出迎えようとエントランスに向かう。
    しかしその訪問者は待っていた相方ではなかった。

    「退治人く」

    エントランスに降りると同時に、入り口の扉が乱暴に開かれた。
    足蹴にされたであろう扉は壁に当たりけたたましい音を立てる。

    「っ、違……っ」

    ―――ロナルドくんじゃない。

    ドラルクには直ぐにそれが待ちわびていた相手ではないことがわかった。
    ロナルドは決してこんな開け方はしない。
    その直感通り、扉から入ってきた者は見覚えのない人間だった。
    それもただ興味本位で城に入ってきたような一般人とも違う。
    銃を構え何の躊躇もなく一発の銃弾を放ち壁の電灯を破壊した。
    この城に住む者に対し、悪意と敵意を持っている事は明白だった。

    「ま、待ちたまえ!私はこの城に住む高等吸血鬼であり、吸血鬼退治人ロナルドの相棒だ!君は人間だろう!?私は人間に危害は加えないっ!」

    ドラルクの訴えに、相手は興奮した様子で早口で聞き取れない言葉で捲し立てた。
    どうにか理解できた言葉は退治人であること、ロナルドの名を知っていること、標的はドラルクであること、そしてその殺害が目的であることだった。
    銃口を向けられいたぶるように部屋の中の物が破壊されていく。

    「いい加減にっ!」

    制止しようと声を上げたドラルクの言葉を遮るようにドラルクの傍らにあった花瓶が無残に砕け散った。
    それを砕いた物が壁に当たり床に転がるのを見て、ドラルクは息を呑む。
    吸血鬼を殺すための方法の一つである銀の弾丸が今、ドラルクの直ぐ傍で毎日見ていた筈の調度品を破壊したのだ。
    そしてその弾を放った銃口が次に向けられたのはドラルクの心臓だった。

    「……ぁ、ロナルド君……っ」

    一歩、二歩と後退る。
    無抵抗の吸血鬼に男は躊躇なく引き金を引く。
    その瞬間、ドラルクは崩れるように塵と化した。
    ドラルクの声は、誰にも届くことはなかった。




    * * *




    ロナルドが城に訪れた時、この惨状を引き起こした者は既に城を後にしていた。
    残っていたのは銃弾と弾痕と、塵になった吸血鬼のみ。
    手にした弾丸は紛れもなく銀。
    この弾丸で撃ち抜かれたなら、吸血鬼もただでは済まない。
    心臓を撃ち抜かれれば間違いなく死ぬ。
    心臓でなくても、その傷は容易には再生せず致命傷にもなりかねない。
    おそらく高い再生能力を持ったドラルクであっても心臓を撃ち抜かれたならば二度と再生はできないだろう。
    それはつまり、蘇ることのない死だ。
    ロナルドは手でかき集めた塵をマントに乗せて包み、いつも二人がゲームをして過ごす部屋に移動する。
    そこには二人分のコントローラーを繋いだゲームが準備されていた。
    サイドテーブルにはドラルクが焼いたであろう焼き菓子が置かれ、選ばせるつもりだったのだろう紅茶の茶葉がいくつか並んでいる。
    ロナルドはソファに座り膝の上に持っていたマントを広げる。
    いつもならば主人といつも一緒に居る使い魔も現れない。
    いつか聞いたことがあった。
    使い魔は主人と寿命を共有していると。
    もし、ドラルクが本当に死んだのなら、その使い魔も事切れている筈だ。
    塵は僅かほども反応せず、部屋に置かれた古時計の音だけが響く。
    何をするでもなく、ロナルドはただ黙って何も映ることのないテレビの画面を見つめながら待ち続けた。



    遮光カーテンを引かれた窓の外から小鳥の囀りが聞こえ始める。
    夜が明けたのだろう。
    ロナルドが城を訪れたのは日付が変わる前だった筈だ。
    それだけの長い時間を掛けても、ドラルクの塵には何の変化も起きなかった。
    塵の山に手を入れて掬い上げると、それはサラサラと指の隙間から落ちていく。
    生を感じさせない、ただ重力に従い流れるだけのそれがドラルクを形作ることはもうないのだろう。
    相棒の形見にだなんて、そんな殊勝な事を考えたつもりはなかった。
    なかったが、無意識にあの吸血鬼が存在した証を欲したのかもしれない。
    ロナルドは塵の山から一掬いそれを掴み取りハンカチに包んだ。

    思いがけず始まった種族すら違う相棒との退治劇は、別れの言葉もなく突然に終わりを告げた。

    「じゃあな、ドラルク」

    城を出ると、きっともう二度と訪れる事はないであろう古城に一度だけ振り返り、ただ一言それだけを残して城を去った。
    最初で最後となるであろう相棒との別離はロナルドの胸に風穴をあけた。






    それからのロナルドは今まで以上に退治人業と作家業に打ち込むようになった。
    ドラルクとのコンビをきっかけに疎遠になっていたギルドにも顔を出すようになっていたロナルドだったが、そのギルドからも足が遠のき個人への依頼を詰められるだけ詰め込んだ。
    自伝の執筆も普段ならギリギリまで机に向かっているが、今回に限っては早々に原稿の執筆を終えていた。
    いつ何があってもいいように、ツチノコとカボヤツの存在はギルドの退治人仲間には伝えてある。
    しかし退治人仲間達にはドラルクの死の事は言わなかった。
    自身への慰めの言葉も、相棒への弔いの言葉も聞きたくなかった。
    以前にも増して昼も夜も仕事に身を投じる姿は、退治人仲間達にはまるで生き急いでいるように見えた。




    ロナルドに人的被害を出している下等吸血鬼の退治依頼が来たのはあの日から一週間ほど経った頃だった。
    下等と言っても知能や個体の能力は高等吸血鬼より劣るものの、複数体が群れになって人を襲う知恵はあるという危険度B程度はあるものらしい。
    通行人が何人かその姿を目撃しており、まだ怪我人は出ていないまでも糸のようなものを吐きかけられたり襲われかけたりといつ犠牲者が出てもおかしくはないようだった。
    被害区域近隣の自治体からの依頼内容を確認しながらゼリー飲料を胃に流し込む。
    近頃は食事を美味いと思わなくなった。
    ただ生きるために必要だから摂取するだけにすぎない。
    ドラルクと過ごしていた時には、食事の味にもっと意識を向けていた。
    紅茶の味一つでも、少しの時間や淹れ方で味が変わるのだと教えられた。
    水に味があることを知ったのはドラルクに出会ってからだった。
    と、無意識に亡き相棒の姿を思い浮かべた自分に舌打ちをして、ロナルドはゼリー飲料の空容器をゴミ箱に投げ捨てて家を出た。




    被害のあった郊外の林に単身赴いたロナルドは薄暗がりの中目を凝らす。
    木々の合間から覗くいくつもの赤い目が獲物の姿を捉えたとばかりにロナルドに向いた。
    巨大な蜘蛛のような三体の下等吸血鬼を相手に、ロナルドは銃を撃ち込んでいく。
    複数体を相手に振り下ろされる脚や吐き出される糸を避けながら立ち回る内にいつの間にか林の奥に入り込んでいた。
    二体目を倒し残り一体と対峙していたロナルドは背後に気配を感じ本能的に振り返る。
    その背後には更にもう一体が潜んでいた。
    複数体で群れを作っているとは聞いていたが、陽動まで使うとは想像以上に知恵が回るようだ。

    「くっ!」

    咄嗟に避けたものの、かすった脚がロナルドの服と身体を引き裂きその中にしまっていたものが遠くへ投げ出された。
    それはロナルドの携帯電話だった。
    唯一の連絡手段であったそれは巨大な蜘蛛の脚に潰され原型を留めていない。
    先に対峙していた一体に銃を撃ち込み倒したものの、銃はそれを最後に弾切れとなった。
    小さく舌打ちをして腰に携えていたサーベルを抜く。
    消耗した身体に接近戦となり苦戦を強いられたが一体となったそれはもはやその特性である群れでの陽動をすることも叶わない。
    渾身の力で眉間を突き刺せば、断末魔を上げて塵と化した。


    最後の一匹を倒したと同時に、ロナルドは糸が切れたようにその場に座り込んだ。
    先の退治で負った傷は致命傷と言う程ではないが、だからといって放置していい筈がない。
    況してや既に体力と精神力が限界を迎えたロナルドには致命的とも言える怪我だった。
    自力では歩くどころか立ち上がることも出来そうにない今の状態で万一別の吸血鬼に襲われたなら一溜まりもないだろう。
    そうでなくても、このまま誰にも見付からなければどのみち数日も持たない。
    もし、このままここでロナルドの命が尽きたとしたら。
    ロナルドウォー戦記の原稿は吸血鬼ドラルクの死と、二人の別離を描いたものを書き上げたデータを事務所に残している。
    自分に何かあれば担当編集者がそれを見つけ、それを最終話としてロナルドウォー戦記は幕を閉じるのだろうと、ロナルドは見ることの叶わないそれを思い自嘲した。

    「皮肉なもんだな……」

    吸血鬼退治人の物語が、相棒の吸血鬼の死を遺作にして終わりを迎えるだなんて。

    「吸血鬼と人間って、死んだあと同じところに行けんのかな……」

    そんな事を考えた自分に、ロナルドは少なからず驚いた。
    自分はあの吸血鬼に会いたいのだと、今更ながら自覚する。

    ―――ああ、俺、あいつの事が好きだったんだ。

    気付いてしまえば、沸き上がるのは後悔ばかりだった。
    もう一度会いたい。
    思い残すことがないように生きてきたのに、いざ死の淵に立ってみたらこんなにも未練だらけ。

    近頃見ていた夢を思い出す。
    目が覚める度に辛いだけの夢だったけれど、最後くらいは幸せな夢に思えるだろうか。
    そう思い目を閉じた時だった。

    「ロナルド君っ!!」
    「ヌー!」

    夢にしてはやけにリアルに鼓膜を震わせる声に呼ばれて、ロナルドは閉じかけていた目を開ける。
    月明りの中、遠くから走ってくるその姿はもう一度会いたいと思っていた相手に間違いはなかった。
    息を弾ませて目の前に立ったその吸血鬼は地面に膝をついて目線を合わせると怒りと悲しみが綯交ぜになったような瞳でロナルドを見据えた。

    「ドラ……っ」
    「なんて無茶をしてるんだ!私たちは相棒だろう!?連絡も寄越さないで一人でこんなっ!」

    滅多に見せないドラルクの表情にも驚いたがそれ以上に、失ったと思っていた相手が目の前にいる事が信じられず、ロナルドは確かめるようにドラルクの身体を抱き締めた。

    「ドラルク……ジョン……生きてっ、生きてた……っ」

    その耳元で聞こえる声はいつもの威勢の良さも無ければ、普段敵性吸血鬼に向ける時のような冷やかさもない。

    「ロ、ロナルド君……?」
    「良かった……ドラルク、生き……っ、ぅ……」
    「そうか……君、私たちがあの日本当に死んだと思っていたんだね……」
    「ヌァ……」

    心配かけてごめんね、大丈夫だよ、私たちはここにいるよ。
    言葉を掛けながらドラルクはロナルドを優しく抱き締め返すと言い聞かせるように囁きながら子供をあやすように背中を叩いた。
    使い魔もドラルクの頭の上から小さな手でロナルドの頭を撫でる。
    暫くの間ロナルドは何の言葉も発しなかった。
    ただ小さく嗚咽を漏らしながらドラルクの肩を濡らしていた。
    その嗚咽が止むのを見計らいドラルクは優しく問いかけた。

    「落ち着いたかね?」
    「……お前、なんで此処に」
    「君が私の塵を少し持っていたからね。私とその一部である塵は戻ろうと引き合うからそれを頼りに君を探していたのだよ」

    あの日何があったのか、その問いにドラルクも困惑しながら答えていった。
    突然城に訪れた退治人を名乗る人間に襲われたこと。
    ロナルドとの話を照らし合わせて、ロナルドが帰った数時間後には無事に再生していたこと。
    事件のあとは大家が激怒し共に被害届の手続きに奔走したり吸対に聴取を取られたりと大忙しだったこと。
    漸く落ち着いたものの、ロナルドとの約束を反故にしてしまい連絡もないため悩んでいたこと。
    様子が気になり顔が見られるかと思いギルドに顔を出してみたところ、退治人仲間から近頃のロナルドの無茶な生活を教えられ探しに来たことなどを明かした。

    「……なんであそこで死んでたんだよ」
    「実は割れたガラスで足を滑らせて寸でのところで転んでいてね。弾丸には当たっていなかったのだよ。あの時来た退治人はずいぶんと興奮していたから上手い事自分の撃った弾が当たったように勘違いしたんだろうね」
    「……朝まで待っても再生しなかったのは?」
    「ああ……恥ずかしながらあの日はいつもより早起きしていた上に何度か死んでいてね……寝不足で再生が遅かったみたいだ。
    あの退治人の件で6回目辺りだったか。君がいつもの部屋に移動させてくれていて助かったよ。夜が明けたら危うく窓からの日差しで焼かれるところだった」
    「ジョンは無事だったのか……?」
    「大丈夫、怪我もしてないよ。あの日は早い時間に起きて張り切って準備していたから眠いと言ってね。君が来たら起こすからと棺桶の中で寝ていたんだよ」
    「ヌー」
    「そうか……」

    ズッと鼻を啜るとロナルドは漸く抱き締めていたドラルクの身体を放した。

    「ああ、せっかく薄くなっていたのにまたこんなに隈を濃くして……眠れていないのかね?」
    「ん……寝てたけど……寝たくなかった」
    「寝たくないとは、どういうことだい?」
    「お前らが、生きてる夢を見て……起きてお前らが居ない現実を突きつけられて。だから、これも夢じゃねぇかって思ってる」
    「それはそれは……でも、もう大丈夫だよ。次に目が覚めた時にも私はちゃんと君の目の前に居るからね」

    ドラルクはその細い指先でロナルドの目元をなぞるように優しく撫でた。

    「だから、早く帰ろう」
    「……ああ、帰ろう、一緒に」




    * * *




    ドラルクが呼んだギルドの仲間が迎えに来てそのまま怪我と寝不足と軽度の栄養失調で病院に放り込まれて数日が経った頃、ロナルドはドラルクの城に訪れた。
    割れたガラスや壊れた電灯などは片付けられ、まだ一部に事件の痕跡を残しながらもドラルクの城は平和を取り戻していた。
    ドラルクはロナルドを城に招き入れるとダイニングルームに通した。
    お茶の用意をするドラルクに、ロナルドは事務的にそれを伝える。

    「この間お前ンとこに来たアレな、退治人登録もしてねぇし銃も無免許の違法所持だったから吸対にもしめさせた」
    「も?」
    「とにかく、もう二度と此処には来ねぇ」
    「そうだったんだ……吸対も大変だな……」

    ロナルドの発言に少々引っかかる部分もあったが、深く追求はせずにロナルドの前にお茶を置いた。

    「野郎は退治人になりたいと、俺の自伝を読んで俺でも倒せなかったお前を倒せば名が上がると思ったらしい」
    「ああ……なんかロナルド君の名前を言ってるのは聞こえたが……興奮してて殆ど聞き取れなかったからなぁ」

    動機そのものはなんとも単純な話だが、それであの惨事に巻き込まれたドラルクは溜息を吐くしかなかった。

    「なあ、ドラルク」
    「うん?なんだね」
    「俺は吸血鬼退治人だ。もしお前が堕ちて、敵性吸血鬼として俺と対峙する事があれば容赦なく殺す」
    「えぇ……まだそんなこと言うのかね……?そんなことしないよ、私今の生活楽しいし。だいたい昔ならともかく今の私にそんな力ないよ」

    唐突なロナルドの発言にもドラルクは眉を下げながら否定した。

    「もしもの話だ」
    「まあ、それはそうだろうな。君は吸血鬼退治人なんだから」

    しかし今の彼がむやみやたらにドラルクを退治しようとする事はないので、敵とは思われていない事はドラルクもわかっていた。
    それでもロナルドの当初の目的や、立場や言動を思えば意外な事ではなかった。
    だからむしろ次の言葉の方が意外だった。

    「でも殺りたくねぇと思ってる」
    「え」
    「容赦はしねぇ。でも躊躇しないとは言えねぇ。きっと、俺はもう出会った頃みたいにお前に銃を向ける事はできねぇ。悩んで悩んで、情けなく足掻いて、どうにか退治せずに済む方法はないか模索する。きっとそこに読者が待ってるような“ロナルド様”は居ねぇ。それでもうどうしようもねぇと思ったらさ、汚ぇ泣き顔晒してお前を道連れにでもして一緒に死んでやるよ」
    「ロナルド君……」
    「だから、俺にお前を殺させるなよ」

    そう言ってドラルクに向けた顔はまるで酷い悪夢を見たかのような不安げな表情だった。
    あの夜に見た、ドラルクの姿を見て泣いた彼を思い出し、その両手をドラルクは優しく指を絡めるように握り真っすぐにその瞳を見つめた。

    「私もね、君には笑っていて欲しいよ。ずっと相棒で居たい。私とジョンと、ツチノコ君やカボヤツ君と一緒に楽しく笑っている君が好きだよ」

    だから、そんなことしないよ。
    ドラルクの言葉に、ロナルドの瞳から憂いが消えた。

    「そうか……」
    「うん」

    城に来てからずっと浮かない顔をしていたロナルドが漸く笑みを浮かべたことに安堵し、ドラルクも笑った。

    「……ところで、さっきの俺が好きってどういう意味だ」
    「え?そのままの意味だよ。君は大切な友人で、相棒だからね」
    「そうか……いや、いい。今はそれで」
    「なんの話だね?」

    ロナルドが別の意味でドラルクを落とすために尽力するのは、また別の話。




    そして余裕を持って仕上げていた筈の自伝の原稿がボツになり、いつも通りの修羅場でドラルクの城に押し掛けてくるのはこの3日後の事だった。

    ~fin~
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