──君と初めて一緒に光華を見上げた夜は、随分と慌ただしく突拍子もないものだったね。過去の日を思い出して、ユリウスは口元に笑みを浮かべた。
今日もレヴィオンでは光華大会が開かれ、雷雲を吹き飛ばすように勢いよく打ち上げられた火薬玉が夜空で光の華を咲かせている。何度も回を重ねるごとに洗練されていく技術と美しさに人々は目を輝かせ、最早光華はレヴィオンになくてはならない観光事業の目玉となっていた。
普段はアルベールが監督として打ち上げ場所で指揮を執っているが、彼の下で光華の技術を学んだ部下たちが光華職人としてめきめきと腕を上達させていることもあり、今回はアルベールの指示なしで最後まで打ち上げを執り行ってみようとのことになった。そんなわけで彼は今、ユリウスと共に打ち上げ現場から少し離れた丘の上で二人夜空を眺めている。
「あいつらも随分と手際の良くなったものだ。これなら俺も近い内にお役御免になってしまうな」
そう言いながらもアルベールの表情は柔らかい。まるで自分の事のように部下たちの成長を喜ぶその情け深さに、ユリウスもまた穏やかな気持ちになる。そんな君だから好きになったんだよ。心の中でそっとそう呟いた。
ユリウスはアルベールのことが好きだ。アルベールに手を引かれ強引に日陰から連れ出されて早幾年。親友という特別な立ち位置を与えられ、遠く離れた日々もあったが、ずっと彼の隣に在り続けて、いつからかアルベールに対してのユリウスの想いは友情という枠の中には到底納まりきらなくなってしまった。
この気持ちが叶うなどとは思っていない。そもそも伝える気もない。こんな可愛げのない、しかも男に好かれても彼は嬉しくないだろうし、まして己は星晶獣と共存する身。人としてまともに生涯を終えられる保証すらないのだ。だから彼への恋情は墓まで持っていこうと決めた。そのはずなのに。
微かに視線を横へと動かし盗み見たアルベールの横顔は光華の光に照らされて、ユリウスの瞳に何よりも美しく映る。ああ、綺麗だなあ。そう思っては目頭が熱くなる。君が好きなのだと、つい想いが溢れ出てしまいそうになる。
また一つ、火薬玉が音を立てながら空へと打ち上がった。腹に響くほどの重低音と共に大きく開いた華の色を見て、ユリウスは光華の打ち上げがとうとうクライマックスに差し掛かったことを悟った。次いで連続で何発も打ち上げられ、空は鮮やかな光に満ち、火薬の破裂する凄まじい音の波が耳を襲う。
今なら、もし言葉を発しても大音量に遮られて伝わらないのではないか。ふと、ユリウスの脳裏に過った考え。それはとても甘美な誘惑だった。追い立てられるようにユリウスは口を開く。そして、バリバリと音を立てて幾つもの光華が夜空に咲き誇るその中で、何年も温め続けた想いの一欠けらを口にしたのだ。
「好きだよ」
ドォン、と一際大きな光華が打ち上がって辺りが一瞬の静寂に包まれたあと、観客席から盛大な拍手や歓声が巻き起こる。ああ、今回も無事に終えることが出来て良かった、とユリウスもホッとしながら共に拍手を送った。進行は常時滞りなく、光華職人たちの著しい成長度合いを実感することが出来る、素晴らしい回だった。ユリウスは嬉しさを隠し切れないままにアルベールの方へと顔を向けたのだが。
「これなら彼らに光華を一任することも出来る、ね……、」
同じように空を見上げていたはずのアルベールは何故か驚いたように目を丸くし、ユリウスを見つめていた。不思議に思って問いかけたアルベールの顔はどこかほんのりと紅潮している。
「親友殿?」
「……なあ、親友殿。今の言葉は誰に向けてのものだ?」
「……、っ」
アルベールの発した言葉に、途端ユリウスは顔を青褪めさせた。まさか、あの大音量の中で囁くほどの声が聞こえていたというのか。予想外の出来事に思わずサッと視線を下に向けたユリウスの頬を、アルベールが些か強引に両手で包み込んで上向かせる。
「親友殿逃げないでくれ、俺は、思い上がってもいいのだろうか……っ」
捲し立てるアルベールにユリウスは目を白黒させた。普段ユリウスに対しても紳士的なアルベールが、今はそんな気遣いなど出来ぬという勢いで迫ってくるものだから仕方がない。何より、聡いユリウスにはとうにアルベールの言わんとすることがわかってしまったが、そんなに都合の良い展開があって良いのかと、現実を信じられない気持ちだったのだから。
固まってしまったユリウスに気付いたアルベールは、ようやく己が強引過ぎたことに気付き、ユリウスから手を離す。しかし視線は彼に注がれたままだ。捉えた獲物は逃さぬという獣のような目つきでさえあった。
「……すまん、驚かせたな。でも俺はユリウス、お前が好きだ。ずっと好きなんだ。もしお前も俺を好いてくれているのなら、どうかこの手を取ってくれないか」
そう言って恭しく差し出されたその右手を取らぬ選択など出来るはずがあろうか。全く憎たらしいほどの地獄耳だねぇ、と毒づいて、躊躇いながらもそっと重ねられたユリウスの手をもう離さないと言わんばかりにきつく握って、アルベールは満面の笑みを浮かべた。