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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。やつを一話分だけ書き切りました。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写有り(性的な事は特になし)
    ※突然始まり、突然終わります。

    この後モブに迫られ🎈君が助けに来るハピエンで終わると思う( ˇωˇ )

    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    大きく開く口から覗く先の尖った歯は、人間のものでは無い。ぞわりと背が粟立ち、指先が冷たくなっていく。

    『…ぁ、……る、い…、ダメだっ、…や…』

    ゆらりと揺れる瞳は、オレの好きな月色の瞳ではない。紅い血を思わせるその瞳に、オレが映る。ガタ、ガタ、と震える体がベンチに押し付けられ、足を無理矢理開かされた。視界が歪んで、抵抗も忘れ身体が固まってしまう。大きな手がオレの喉へかけられると、革で出来たチョーカーがその爪で引き千切られた。
    どくん、と心臓が大きく鼓動し、恐怖なのか期待なのか絶望なのか全く分からない感情で頭がめちゃくちゃになる。

    (……こんなはずでは、なかったのにっ………)

    揃いの指輪が、類の指から抜けて床へ落ちた。からん、と金属が落ちる音が礼拝堂に反響し、オレは強く目を瞑る。項に熱い息がかかり、鋭い歯が皮膚に突き立てられる痛みに、悲鳴に似た声が口を吐いた。

    ―――

    「っ、…」

    ガバッ、と起き上がると、そこは見慣れた一室だった。
    はぁ、はぁ、はぁ、と荒い息に、滝のような汗。呆然と手元を見つめていたオレの脳が、やっと今のが“夢”だったのだと理解した。はぁ、と大きく溜息を吐くと、カシャン、と金属がぶつかり合う音がする。重たい首元に手を当てれば、そこには冷たい枷がかけられていた。
    これが現実なのだと、そこで思い知らされる。

    「……………類…」

    立てた膝に顔を押し付け、もう二度と会えない恋人の名を呼んだ。

    神を信仰するこの国には、稀に特異の人間が産まれる。
    性別に関わらず子を成せる“神様の生まれ変わり”と呼ばれる者だ。神様の生まれ変わりと言うと大層なものに聞こえるが、実際は子を成す以外は他の人間と何一つ変わらない。ただ、その特異な者が産んだ子は“神子”と呼ばれ、国の守護神の様に大切にされるのだ。
    その“神子”を産む母体となる“神様の生まれ変わり”は国民から“聖女”と呼ばれ、国の教会で成人となる十六歳まで育てられる。

    「聖女様、起床のお時間です」
    「…あぁ」

    銀で出来た扉をノックし、女性が中に入ってくる。彼女の手にある水桶をちら、と見て、オレはベッドから降りた。
    オレは、産まれた時から“聖女”と呼ばれて、この教会で育てられた。成人し、国の守護神である“神子”を産むために。この国は、建国当時から神に護られた国で、聖女と神子の存在によりずっと平和であると伝えられている。その為、オレもそれに習って聖女という務めを果たしている。と言っても、教会で過ごし、求められる範囲の知識を得て神に祈りを捧げるだけだが。
    オレに存在価値があるのは、成人となる十六歳の誕生日に国から決められた者と子を成す、その為だけだ。神子さえ産んでしまえば、後は自由気ままに生きることを許される。はずだった。

    「………まだ、決まらんのか…?」
    「…神父様が、只今選定中にございます。今暫くお待ちください」
    「……そう言って、もう一年も経つではないか…」

    シスターである彼女は、それ以上もう何も言わなかった。
    本来なら、神子を産んだ後、聖女は教会を出る事を許される。二年前に成人を迎え、神子を無事産んだオレは本来ならこの教会を出ても良いはずなのだが、未だにそれを許されずにいた。神子となる実の子が幼いから、という訳ではない。乳母は居るので、オレが出て行っても支障はない。この教会に居ても、オレは実子に会わせてもらえない。神子の傍に居られるのは教会の者だけなのだと、詭弁を並べて断られた。盗み聞いた噂では、オレではなく相手に容姿が似たらしい。
    一目、見てみたかった。本当にあいつに似ているのなら、一目その容姿を見て、それを思い出に生きていけるのに。

    「それでは、失礼致します」
    「……あぁ」
    「決して、祈りをお忘れなく」
    「…分かっている」

    頭を下げて部屋を出ていくシスターを横目に、椅子へ腰掛ける。
    二年前に成人を迎えた日、問題が起きた。聖女と呼ばれ教会で育てられている間に、前任の神父に選ばれた同い歳の相手と引き合わされた。それが、類だった。類は前任の神父の実子で、教会で神に仕える子だった。優しくて、同性であるオレでもかっこいいと思える容姿をしていた類を好きになるのに、時間はかからなかった。国に決められた相手ではあったが、オレは心から類を愛していた。類も、オレを愛してくれていたと思う。子を成す事に不安がなかったわけではない。それでも、相手が類であるなら、大丈夫だと信じられた。だからこそ、成人になる日を心待ちにしていたんだ。成人となり、類と繋がり神子を産めば、そこから先はずっと類の傍に居られるから。
    いくら類が教会の子であっても、聖女という立場上部屋から出る事を許されなかったオレが、類に会える時間は限られていた。一度に会えるのは一時間程で、それも毎日では無い。会えない時を過ごすのは、辛かった。だから、この教会を出る日を心待ちにしていたのだ。
    だが、成人になったあの日、教会が魔物に襲われた。

    (本来なら、教会は魔物避けの結界で護られていて、絶対に安全な場所のはずだったのだがな…)

    神を信仰するこの国は、常に魔物に狙われている。だからこそ聖女を魔物の侵入出来ない教会で育て、魔物から国を護る為に神子の存在が必要なのだ。
    それなのに、あの日、魔物に教会が襲われた。運悪く、その日襲ってきた魔物というのが、吸血鬼だった。陽の高い日中に吸血鬼が現れる事はないはずだが、あの日は朝から天気が悪く雲で陽が隠れてしまっていた。そのせいで、吸血鬼が日中にも関わらず襲ってきたのかもしれん。
    教会の中は、混乱していた。オレも、教会の礼拝堂から出る事を許されず、ただ皆が無事あることを祈るしかなかった。人の叫び声も、慌ただしい足音も、全て夢なのではないかと思う程に現実味がなく、ただただ怖くて堪らなかった。その騒ぎの中、扉を叩く音がして身構えるオレの耳に、類の声が聞こえてきた。たったそれだけで恐怖も不安も薄れ、迷わず部屋の扉を開けた。優しく笑うその顔は、紛うことなき愛しい人の顔で、思いっきりその腕の中へ飛び込んだ。
    ほんのりと類の匂いに混じって血の匂いがすると気付いた時には、何もかも手遅れだった。

    (……あの日、魔物にさえ襲われなければ、オレはとっくにこの部屋から出られたのだがな…)

    教会が魔物に襲われたあの日、吸血鬼の眷属となった類と体を重ねた。殆ど襲われたのと変わりなかったが、オレにとっては、好いた相手との行為だった。心の準備も、ずっと夢見ていた甘く幸せな一時も無かったが、確かにオレにとっては大切な行為だったんだ。
    気付いた時には類の姿はどこにもなく、銀で造られたこの部屋に幽閉されていた。魔物が嫌うとされる聖銀で造られたこの部屋の中にいる限り安全だから、と。御丁寧に銀で作られた首枷を部屋の中央に鎖で繋ぎ、この部屋から出ることを禁じられた。
    たった一度の行為で類との子を孕み、無事に産むことが出来た。だが、吸血鬼の眷属となった類との子を“神子”として扱えるのかと国の偉い人達が議論し、それは保留となった。いくら聖女の子であっても、魔物の血を引く子を神子とするのはどうか、と。まだ赤子では、魔物になるかも分からない、という話から、類との子が大きくなるまで様子を見る、という事になった。
    それまで、オレはこの教会を出ることは許されない。

    (それが嫌なら、別の男と目交い、再び子を孕んで産めなどと、勝手な事ばかり言いおって…)

    オレの為と仕立てられた趣味の悪い衣裳も、この悪趣味な部屋も気に入らん。前任の神父様なら、今すぐにでもオレをこの部屋から出してくれただろうに。
    類が魔物の眷属となった為に、類の父親である前任の神父は解雇処分となった。新たにこの教会の神父となった者は、類の父親とは違って正直胡散臭い奴だ。早くここから出られるならば、と、子を産んですぐに別の男に抱かれることを了承したが、未だに相手が決まっていない。新しい神父がオレの相手を選定中だと言われ続けて一年になる。本当は選定などされていなくて、オレをここから出さない為の嘘なのではないだろうか。

    「………早く、類を探さねばならんのに…」

    二年程前のあの日から、類には一度も会えていない。こんなおかしな部屋の中に居ては、会えるものも会えないだろう。だからこそ、早くこの部屋から出なければならんのだ。この部屋を出て、類に会いにいきたい。その為なら、類以外の者に体を捧げるとしても厭わない。たった一度ならば、耐えてやる。そう意気込んだのにも関わらず、その相手が決まらないのでは意味が無い。
    はぁ、と一つ溜息を吐いて天井を見上げると、部屋の扉を誰かがノックする音が聞こえてきた。続いて聞こえた声に、思わず顔を顰める。

    「御機嫌はどうかな、聖女殿」
    「変わりありませんよ。神父様」
    「それは良かった。今日はとても天気が悪いのでね。気分が悪くなったら、いつでも呼んでおくれ」
    「……この部屋は窓もなく天気が分からないので、神父様直々に教えて頂き、ありがとうございます」

    にこ、と作り笑顔を貼り付ければ、神父の眉がぴくりと反応する。当たり前の様に隣に座る男から、座り直すフリでさり気なく距離を取るも、あっさりと距離を縮められてしまった。嫌悪感を顔に出さないよう笑顔で取り繕うオレの手を、神父がそっと握ってくる。ぞわりと鳥肌が立ち、唇が引き攣るのがわかった。
    前任の神父とそう歳の変わらないこの男が、オレはどうにも苦手だ。

    「この様な部屋で一人過ごすのは寂しいと思うが、もう少し耐えておくれ」
    「いえ、一人でも全然構いません。お忙しい神父様の手を煩わせるのは心苦しいので、どうぞオレの事はお気になさらず」
    「雨季が近くて、今神殿の者が各所に出払っていてね。君の相手を選定するのに時間がかかるんだ」

    この男、人の話も聞けんのか…。
    オレなりの嫌味は全く通じていないらしい。遠回しにここへ来るなと言ったつもりなのだが、もっと直球でなければ伝わらんのか。握る手を撫でる男のカサついた手に、ぞわりと背が粟立つ。早く離してくれないだろうか、と顰めそうになる顔を逸らせば、男の腕が腰へ回された。ぞわぞわっ、と震える体を気にもとめず、男が更に距離を詰めてくる。引き攣った顔に無理矢理笑顔を貼り付けるのも、そろそろ限界だ。ピッ、と固まるオレの腰を抱いたまま、聞いてもいない話を男は続けた。やれ、最近の若者は信心がなってないとか、教会の者でなければならないにも関わらず王宮から何人かオレの相手にと打診が来て困るとか、天気のせいで魔物の発生が多くなり国の周りが騒がしいだとか。
    オレとしては全てどうでもいい話ばかりで、面倒くさい。

    「…役目を果たす為なら、どなたが御相手でも構いません。国を護る為にも神子が必要とあらば、オレはいつでも……」
    「君は真面目だね。けれど、そう急ぐこともない。決まるまでは、この部屋でゆっくり過ごしているといい」

    神父の言葉に、もや、と胸の内に靄がかかる。
    ゆっくりなどしている暇はない。オレは、今すぐにでもこの部屋を飛び出し、類に会いたいんだ。あんな最後は、納得がいかない。こんなにもまだ類が愛おしいんだ。類だって、まだオレを想ってくれているはずだ。その類がオレに会いにこないという事は、この部屋の中にいるのが原因なのだろう。外にさえ出れば、きっと…。
    する、と腰に回された手が離れ、神父が立ち上がる。「また来るよ」と一言残し、あっさりと部屋を出ていってしまった。
    ホッと一つ息を吐いて、椅子に深く腰掛け、背もたれへ体を預けた。

    「………雨季、か…」

    出入口は部屋の扉ただ一つ。首枷のせいで、オレは扉の先に行くことが出来ない。行動範囲なんて、せいぜいこの部屋の中を歩き回る程度だ。聖女と言うよりも、子を孕む為の奴隷だな。なんて、投げやりになる思考を一時止めて、椅子を立ち上がる。起きたばかりではあるが何もすることがないので、そのままベッドに横になった。
    一人でいて考えるのは、類の事だ。あの日までに重ねた類との思い出。それを一つひとつ思い出しては、早くこの部屋を出たいと願うしかない。
    聖銀で出来たこの部屋は外の音が殆ど聞こえない。窓がないので天気すら分からない。辛うじて部屋に置かれている時計が、今の時刻を教えてくれる。部屋に訪れるのは、オレの世話係であるシスターと、あの神父だけだ。罪人の牢の様に、外の世界と隔絶された部屋。

    「……いっそ、あの夜にオレも、類と共に魔物になれれば良かったのにな…」

    そうすれば、この部屋にすら入らずに済んだかもしれん。今も、類の傍に居られたかもしれん。なんて。
    重たくなる瞼をゆっくりと閉じて、ゆっくりと息を吸う。叶うなら、もう一度類に触れたい。声が、聞きたい。夢の中でも良いから、どうか会わせてはもらえんだろうか。
    そう願って、意識を手放した。



    ふと、物音が聞こえた気がして目を覚ます。誰もいない室内は、朝と何一つ変わっていない。机の位置も、本棚の本の並びも。ぼんやりとした思考で部屋の中を見回して、小さく息を吐いた。
    夢は、見られなかった。この部屋に類が訪ねてきてくれるなんてことも、あるわけがない。分かっているのに期待してしまうのは、あの日からずっと 類へのこの想いが変わらないからだろう。我ながら執念深いものだ。
    はぁ、と一つ息を吐いてベッドを降りると、絨毯の上に紙が落ちているのが見えた。扉の近くに落ちたその紙は、どうやら封筒の様だ。それを手に取ると、宛先に『司くん』とオレの名が書かれていた。見覚えのある字に、ドキッとした。裏返せば、隅に小さく『神代類』と差出人が書いてある。

    「…る、い……?」

    慌てて封筒を開け、中の便箋を開く。四つ折りになったその紙を開くと、ぶわりと煙が室内に立ち込めた。けほ、けほ、と軽く咳き込むオレの手から、便箋が落ちて代わりに柔らかいものが指先に触れる。
    くい、と手が引かれ、足が一歩前へ出た。鎖がカシャン、と音を鳴らし、ふわりと甘い匂いに包まれる。目を瞬くオレの背に、温かいものが回された。

    「………久しぶり、司くん」

    聞こえた懐かしいその声に、息を飲む。視線をゆっくりと上へ向けると、優しく細められる月色の瞳と目が合った。背に回された腕が、そっとオレを抱き締めてくれて、言葉が上手く出てこなくなる。
    夢でも見ているのだろうか。だが、触れる熱も、かぎ慣れた匂いも、鼓膜を震わす声音も、全てが現実の様に感じてしまう。抱き締めてくれるその背に、震える腕を回す。そっと腕に力を入れると、それは確かに、人の感触だった。更に力を入れて抱き締め返しても、霧のように消えることは無い。確かに、目の前にいる。その事実に、ぼろぼろと涙が滲んで頬を伝い落ちた。

    「……る、い…、…」
    「うん。ただいま」
    「…っ、……ぉかえり、類っ…」

    しっかりと返ってきた返事に、情けない声が口をついた。
    ぎゅぅ、と強く抱き締めて、胸元に顔を押し付ける。懐かしい匂いに、胸が掴まれたように苦しくなって、涙が止まらなかった。そんなオレの肩に、類がそっと触れる。体が少し離されて、息を飲んだ。いつものように、抱きしめ返されると思った分、とても不安になってしまう。
    どこか暗い表情の類が、無理矢理その顔に笑顔を貼り付けた。

    「君に、謝りたかったんだ」
    「………謝る…?」
    「…うん。あの日、僕は君を酷く傷付けてしまったから」

    オレは、言葉を飲み込んだ。
    そうではない。そんな事は無い。頭の中に、そんな否定する言葉ばかり浮かぶ。類は、あの日からずっと、気にしていたのだろうか。あの日の事を。
    肩を掴む手が離されて、咄嗟にその手を掴んだ。ビクッ、と肩を跳ねさせた類の表情が、泣きそうなものへ変わる。そんな類の表情に、胸がズキッ、と痛んだ。

    「君に怖い思いをさせてしまったから、もう二度と、会わない方が良いと思ったのだけど、どうしても、直接謝りたくて…」
    「………謝るな…オレは、ずっと類に会いたかったんだ…」
    「……」

    目の前から消えてしまいそうな類の手を、必死に両手で掴む。
    何度、会いたいと願ったか。どれ程類を想ったか。あの日が怖くなかったと言えば嘘になる。だが、類に抱かれた事を後悔などしていない。予想と違っただけだ。類が嫌だったわけではない。その後の類との幸せが全て狂ってしまった事を悔やみはすれど、逢いに来てほしくないなんて思ったことは無い。
    類の手を引いて その手に頬を寄せれば、確かに温かかった。

    「…他の者と子を成してでも、一刻も早くここから出て、……類に、会いに行きたかった…」
    「………司くん…」
    「例え類を裏切る事になろうと、オレは、類に会えないこの部屋で一生を終えたいなどとは思わん」

    出来ることなら、御役目も何もかも投げ捨てて、この教会を飛び出したかった。類が魔物となっても、類を想う気持ちを捨てきれなかった。類に会いたくて、堪らなかった。だからこそ、類だけと決めたこの想いに一時的に蓋をして、他の男に抱かれる事を受け入れたんだ。一向に相手が決まらず、まだこの身は類だけのモノだが。

    「類が好きだ。今も変わらず、オレはお前の隣に居たい」
    「…っ………、うん、…僕も、君が愛おしいよ」

    頬を撫でる類の手が、震えている。じわりと視界が滲むオレの目の前で、類は綺麗な月色の瞳からぼろぼろと涙が溢した。それがなんだかおかしくて、つい口元が緩んでしまう。すり、と添えられる類の掌に頬を擦り付ければ、類の顔がゆっくりと近付いてくる。ちぅ、と唇がそっと触れ、久しぶりの温もりに胸の奥が苦しくなった。
    たった数秒が、とても長い時間に感じる。離れていく類の唇から吐息が零れ、涙が床に落ちた。離れ難くて、爪先に力を入れる。背伸びをして類の唇へオレのを押し付けると、類の腕がオレの背に回された。

    「…ん、……っ、はぁ、…ん……」

    腰を引き寄せられ、体がより類とくっつく。ほんの少し話された唇がすぐに塞がれ、じわりと体が熱を灯す。類の首へ腕を回せば、体の重心が後ろへと傾いた。ふら、と一歩後ろへ後退るオレの足が、何かにぶつかる。
    がくん、と膝が崩れ、体がソファーの上に落ちる。オレを見下ろす類の頬が赤く染まっていて、なんだか可愛らしかった。ゆっくりと体が押し倒され、類の手がオレの頬を撫でる。欲を滲ませた類の瞳に見つめられ、心臓の鼓動が段々と早くなっていく。その綺麗な指が、オレの首元に着けられた首枷に触れた。じり、と何かが焼ける音と、ほんの少し焦げた様な匂いが鼻につく。

    「………もっと、君に触れていたかったのだけど、時間切れの様だ」
    「……時間、切れ…?」
    「……………この部屋に、僕はまだ入れなくてね…」

    体を起こせば、類がオレを抱き締めてくれる。そんな類の体温が先程よりも低い気がして、妙な不安を覚えた。抱き締め返せば、肩口で類が何度もオレの名を呼んでくれる。オレも、類の名を呼んだ。強く抱き締め返すオレに、類がぽつりぽつりと話し始めた。

    「…魔物にとって、聖銀は毒の様なもので、少し触れるだけで皮膚が焼けてしまうんだ。幸い、僕は吸血鬼の眷属になったみたいで、自分の血を使えば一時的に分身体を作ることができるようになってね」
    「………それなら、今の類は、類の血液で出来た分身体ということか…」
    「……そうだよ。だから、もうこの時間も終わりになってしまうんだ。この教会はあの日以来警備が強化されていて、君に手紙を送ることも難しくてね、そう何度も会いには来られないんだ」

    オレ宛の手紙は、今まで殆ど来たことがない。きっと、あの神父が手を回しているのだろう。オレがここから出ていかない様に。その気すら起こさせないように。
    そんな中、類が危険を犯してまで逢いに来てくれたその事実が嬉しかった。聖銀で囲われたこの部屋は、魔物除けの効果があると聞いていたが、本当だったのだな。この部屋から出るには、この首枷を外し、部屋の鍵を外からあけなければならん。
    だが、魔物となった類にそれは出来ない。

    「絶対に君をここから出すから、それまで、もう少し時間をおくれ」
    「……無理だけは、しないでくれ」
    「君に心配をかけないようにはするよ」

    もう一度、触れるだけのキスをした類が、オレの頬をその両手で包んだ。泣きそうな顔で笑う類は、オレの大好きな優しい類のままだ。額が触れ合って、冷たくなった類の体温に、唇を引き結ぶ。

    「だから、その時まで、…他の男のモノになろうなんて思わず、待っていておくれ」
    「…ふ、ふふ……、そうだな、ならば、オレはお前が迎えに来るまで、この身を護ろうではないか」
    「そうしておくれ。君が他人に触れられたら、僕は嫉妬で狂ってしまうよ」

    類の言葉に、くすくすと笑うと、類が安堵したように表情を和らげた。
    オレが役目を果たしてこの部屋を出るのが、一番早いかもしれない。それでも、類がそれを望まないのなら、この部屋で類を待つことにしよう。今日の様に、類が会いに来てくれるなら、いくらだって待てるからな。

    「…それじゃぁ、またね、司くん」
    「あぁ、待っているぞ、類」

    最後にもう一度、触れるだけのキスをして、類の体が砂の様に崩れて消えてしまった。光の粒子となり跡形もなく消えた類の唇の感触だけが、残っている。
    ぼろ、と涙が溢れて、苦しくなる胸元を手で強く掴んだ。
    最期の分かれではない。そう分かってはいるが、目の前で消えた類に全く不安を抱かないわけもなく。このまま二度と会えなかったら、と心の奥で嫌な言葉が浮かんでしまう。
    類は、必ず迎えに来ると約束した。ならば、オレはそれを信じて待つしかない。

    「………愛しているぞ、類…」

    もう届かないだろう類へ、そう一言声にして、オレは涙を腕で拭った。
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    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。やつを一話分だけ書き切りました。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写有り(性的な事は特になし)
    ※突然始まり、突然終わります。

    この後モブに迫られ🎈君が助けに来るハピエンで終わると思う( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
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    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
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