懐古 -祥羽-あれはそうね、何年くらい前のことかしら。とっても昔のような気がするわ。私がまだ、自分の翼で空を飛んでいた頃の話だもの。
とっても痛くて、かなしくて。見下ろす影の冷たい目。あの頃の記憶はもう朧げだけど……時々思い出してしまうの。
名前と姿と羽衣をいただいて、役目を与えてくれて、私とっても嬉しかった。本当に嬉しかったのよ?
けれどそれが百年、二百年、ずーっと同じことの繰り返しじゃ退屈してしまう。
だからいつものように、なにか楽しいことはないかしらって散歩をしていただけなのだけれど……どこかで羽衣をなくしてしまったようなの。
困ったわ、あれがないと私、もう空を飛べませんもの。困って困って、それでも歩いていたら此処に辿り着いたの。
惨遊館に来て数日間は頭の中で情報を処理するので精一杯だったけど、ここならなくした羽衣も見つかるかも、と思ったのだけど。
……ええ、最初のうちは帰ろうと思っていたわ。ちょっと如何わしいお店だって分かっていたけど、どうしてもと頼み込まれて出た舞台がとってもとっても盛況だったから、私嬉しかったの。
綺麗だった、かわいかった、そんな言葉、元いた世界じゃ言われませんもの。
君さえよければキャストになってくれって言われて、此処にいていい「理由」ができたって思ったの。
私はいつしか、この生活の虜になっていたのね。
神さまからいただいた羽衣はまだ見つけられないまま、今日も私はぎらぎらときらめくネオンに呑み込まれていく。