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    mame_revenge

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    mame_revenge

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    ナオトがBL小説を読んでタケミチくんって僕のこと好きなのでは?と思う話

    ひらめき冷蔵庫の音だけが部屋に響いていた。
    「このまま二人でどっかに逃げるのはダメなの?」
    我ながら情けない声だと思った。だけど千冬と生き続けていくためなら、なりふり構っていられない。泣いても喚いても彼を止めてやる。それができなければ一虎と千冬に待っているのは恐らく死だ。
    「ダメですよ。今までのこと、全部無駄になる。そりゃ、一虎君と一緒にどっかで暮らせたらいいなって思いますよ。でもそれじゃ、生きている意味がない」
    真っ直ぐにこちらを見抜いた目には薄い透明な膜が張られていて、彼はとっくに覚悟しているのだと一虎は思い知らされた。
    みるみる膨らんでいく涙が千冬の頬に落ちた。一虎はそれを親指で拭う。
    「じゃ、最後に抱かせてよ」
    そう言ってみれば、千冬は洟をすすりながら「ばかですか?」と笑った。


    本を持つ指が熱くて、心臓がうるさい。
    直人はまばたきもせずに紙の上の文章を目で追った。頭のなかにはくっきりと男と男が裸で抱き合う映像が流れている。
    「こんな世界があったなんて……」
    思わずひとりごとをこぼしてしまう。
    塾が休みだったので、区の図書館にやってきた直人は一時間もすると勉強に飽きてしまった。柔らかすぎる椅子が悪いのかもしれない。仕方ないので小説でも読んでみようと文庫本の棚から刑事物らしき本を引っ張り出してみた。しかし実際には、それは刑事物ではなくアウトローの世界に生きる男たちの物語であり、さらに詳しく言えば男同士の恋愛を描いたものだった。
    はじめは尻込みしたが、なかなかにリアルな暴力描写や闇社会の住人の心情が書かれていて、直人はついのめり込んでしまったのだ。
    気がつけば物語はラストに迫り、予想通り主人公カップルの片方は死んでしまった。直人はまぶたが熱くなるのを感じた。
    ──結構おもしろかったな。
    心のなかでつぶやく。ストーリーがおもしろいというのもあるが、同性同士の恋愛が直人の目には新鮮に映ったのだ。テレビドラマも映画も大抵は異性の恋愛ばかりだし、学校の図書館にある本だってそうだ。この世には同性を好きになる人がいるというのは聞いたことがあるが、それはテレビをつければ当たり前のように流れている異性愛ほど身近ではなかった。
    直人はふと考えてみる。自分の恋愛対象はどちらなのだろう。誰かを好きになったことがないのでわからなかった。同級生の女子を可愛いと思ったり、男子をかっこいいと思うことはある。だけどそれだけで、好きという気持ちが湧いたことはない。
    恋をしている人間はなんだかちょっとキラキラしていて、自分や相手の想いにに振り回されて大変そうとは思うものの、まぶしくて強くて直視できない。そう考えながら直人は姉の日向のことを思い浮かべた。
    もともと表情豊かな姉だったが武道と付き合いだして、さらに彩りが増したように思える。照れくさいし、なんとなく腹が立つので本人には言わないが。
    あのあたたかな武道の手が姉の小さな手を包んでいる間は、きっと彼女は輝き続けるのだろう。
    「あ」
    直人は夏の日の少し湿ったあたたかな手を、冬の日のかさついた冷たい手を思い出した。武道はどうして自分に握手を求めるのだろう。夜中に呼び出されて、手を掴まれたまま泣かれたこともある。あのときの彼は非常に追い詰められていたような気がする。
    不良にカテゴライズされる彼だから、何かトラブルに巻き込まれていたのだろうか。そう思うがしっくりと来ない。もっと大きな何かを言いたくても言えない。そんな感じだった。
    「もしかしてタケミチ君は……」
    僕のことが好きなのでは?
    直人は河原の土手に男二人が立つ表紙を見てそう思った。

    それから直人は悶々とした日々を過ごした。
    武道が自分を好きかもしれない。そんな事実に気付いたものの、自分の気持ちは一向に昂揚せず、だからと言って嫌悪感もない。あるのは姉に申し訳ないという罪悪感だけだった。姉の弾けんばかりの笑顔が曇るのはさすがに辛い。どうにかして武道には自分を諦めてもらって、姉を愛してもらわなければいけない。
    どうしたものか、と机に突っ伏して唸っていると、ドアがノックされた。返事をする前に姉が顔を出す。
    「ちょっと返事する前に開けないで」
    「寝てたの? 今日お母さん出かけてるから、ごはん作るの手伝ってよ」
    そういえば今日は町内会の集まりがあると母が言っていたことを思い出した。だけど武道の気持ちに気付いてしまった以上、姉と二人でいるのは気詰まりだから手伝いなどしたくない。
    「宿題があるんだけど」
    「寝てたじゃん」
    「寝てないよ」
    「机に突っ伏してたの見たよ。手伝ってよ」
    姉は手を腰に当てて頬を膨らます。もし弟じゃなければ可愛いと思ったのだろうか、と直人は考える。この姉よりも自分のことを好きな武道を思って、胸が痛んだ。
    姉は狂おしいほど武道に恋をしていて、その武道は自分を好きで、だけど自分は武道のことをそういう意味では好きではない。なんという悲劇だ。直人は無意識に眉を寄せた。
    「なぁに、難しい顔して。お皿運ぶくらいやってよ」
    「うるさいなぁ。僕は考えることがいっぱいあって忙しいの!」
    思考がまとまらないのに、手伝いを要求されることに苛立ちを感じて、つい声を荒げる。
    「手伝いながらだって考えられるでしょ?!」
    直人の声に呼応したのか、日向も声を張り上げた。それが妙に耳障りで、直人は机を叩く。誰のせいでこんなに悩んでいると思っているんだ。
    「タケミチ君が僕目当てで姉ちゃんと付き合ってんのに、姉ちゃんといたら気詰まりなんだよ!」
    気がつけば直人は肩で息をしていた。今とんでもないことを口走らなかったか? と頭に疑問が浮かぶ。目の前の姉は信じられないという顔でこちらを凝視していた。
    「なにそれ、直人なに言ってるの」
    こうなったら何もかも話すしかない。直人は小さく深呼吸をする。
    「だからさ、タケミチ君は僕に会うために姉ちゃんと付き合ってるんだよ。たぶん」
    姉の大きな目から涙がこぼれた。それはとめどなくあふれ、彼女の頬を伝ってあごから床へと落ちる。
    まずいことを言った、と直人は背筋が冷たくなる。
    「嘘だ、嘘だよ、そんなの。好きって言ったもん。結婚したいって言ってくれたもん。嘘だよ」
    姉の語尾が濡れて不明瞭になる。これはまずい、どうしよう。直人は焦って姉の小さな手を取る。それはとても華奢ですべすべで、文句のつけようのないくらい美しい。しかしこの手よりも、ごつごつし始めた自分の手を握りたいと思うなんて、武道の気持ちがより一層リアルに感じられる。
    「ごめんね、姉ちゃん」
    まぶたが熱くなって、頬が濡れた。
    うわぁ、と小さい子供みたいに泣いて、姉がしがみついてくる。ごめん、と謝りながら薄い肩を抱いて二人で泣きじゃくった。遠くで玄関のドアが開く音と、母親ののんきな声が聞こえた。


    武道は動揺していた。日向からのお誘いに二つ返事で家までやってきたが、なぜだか家族全員が勢揃いしていたのだ。直人と日向の母はまだわかるが、仕事で忙しいはずの父までいる。
    しかも空気が重く、正面にいる日向は真っ赤な目をしてうつむいている。その隣にいる直人も目が充血していた。日向の母は困ったような顔で
    「ごめんなさいね、こんな遅くに」
    と言いながらキッチンで入れてくれた紅茶を武道に出してくれた。
    ゴホ、となぜか武道の隣に座る日向の父が咳払いをする。その硬くて太い音は処刑の合図のようだ。
    一体なにが起きているのか、武道は必死に考える。日向が泣いているということは、もしかしたら二人の交際はやっぱり認められないと日向の父が言ったのかもしれない。それが一番あり得る話だ。実際につい先日も東卍はかなり大きな抗争を起こし、警察もそのことについては知っているはずだ。それでも武道はもう日向を失うわけにはいかなかった。彼女といる未来を絶対に諦めないと誓ったのだ。
    武道は椅子から降りて、フローリングに膝をついた。ついで手のひらと額をほんのり冷たい床につける。
    「お父さん! オレは何を言われても、もうヒナと別れるつもりはありません。絶対に幸せにします。危ない目にも遭わせません、だから──」
    交際を認めてください。そう続くはずだった言葉は遮られた。
    「タケミチ君、それって本当にヒナのため?」
    日向の問いかけに、武道は顔をあげる。潤んだ目が武道を射貫いた。
    「ヒナのためっていうか、オレがそうしたいんだ。オレがヒナと一緒にいたいから」
    「本当にヒナと一緒にいたい? 直人じゃなくて」
    「は? ナオト?!」
    思いがけない言葉に驚いて大声を出してしまった。日向の隣にいる直人がびくりと肩を揺らす。
    「だってタケミチ君、直人と会うためにヒナと付き合ってるんでしょ?」
    日向が何を言っているか、さっぱりわからなかった。そのため武道は一瞬だけ呆けてしまって、反応ができなかった。
    「黙ってるってことはやっぱりそうなの?」
    視界が暗く翳る。武道の目の前に日向が立っていた。充血した目から涙を流して、武道を見下ろしている。その悲しみと怒りを纏った雰囲気すらも美しく愛おしかった。
    「ヒナが何言ってるか全然わかんないけど、オレが好きなのはヒナだよ。誓うよ」
    跪いて、日向の手を取った。白い手は小さく震えている。
    「本当だよ、ずっと一緒にいられるように頑張るから」
    武道は日向の手を自分の頬に押し付けた。大人になった日向の手は、どんな風だったか。思い出そうとして胸が苦しくなった。
    大人になった君と手を繋ぐために
    「なんだってするよ、そのためなら」
    言い終わらないうちにぎゅうと抱きしめられた。耳に濡れた頬が当たる。後頭部を撫でると、うわぁんと赤ちゃんみたいな泣き声と、慌てるような日向の父の声が聞こえた。

    誰もいない公園に小さな人影が現れた。
    「なんですか、呼び出して」
    直人は気まずそうに目を逸らす。
    「ヒナがなんであんなこと言い出したのか気になって」
    さっきは日向があまりにも泣いていたので、誤解の原因を聞くことができなかった。泣きじゃくる日向をどうにか宥めて、笑顔を見られるまで二時間ほどかかったのだ。
    直人は聞かれることを察していたのか、持ってきた鞄から二冊の本を出した。どちらも表紙に男二人のイラストが描かれている。
    「ボーイズラブって知ってますか」
    「いや、知らないけど……」
    「男同士の恋愛を描いた物語です。僕は偶然、図書館で見つけて読んで、あることに気がついたんです」
    男同士の恋愛と、日向と自分の交際がどう関係するのか武道にはさっぱりわからなかった。
    「こうやって夜中に呼び出したり、手を握ったりって男同士、いや男子と女子でも普通しないですよね。僕はずっと疑問に思ってたんだけど、ボーイズラブを読んだとき腑に落ちたんです。好きだからこんな風にするんだって……だから」
    武道は数回まばたきを繰り返した。
    たしかに夜中に人を呼び出したあげくに手を握ったり、泣いたりするのは普通ではない。もちろんちゃんとした理由があるのだが、それを直人に言うわけにはいかなかった。とはいえ誤解は解かなければいけない。
    「オレが好きなのはヒナで……」
    直人が勢いよく顔をあげる。そこには納得がいかないという表情が浮かんでいた。
    自分が当たり前のように握手を求めたり、呼び出したりすることを彼が疑問に思っているなんて知らなかった。できれば理由を話して安心させてやりたいが、そうはいかない。だけど上手い言い訳も思い付かなかった。
    「だからヒナの弟のナオトのことも大事なんだ。元気かなって気になってさ、ときどき顔を見たくなる」
    脳裏に直人の最期の姿が浮かぶ。のどが狭まって息苦しくなった。
    「オレはヒナとナオトがずっと元気でいてくれたら、それでいいんだ。今から十二年後にさ、ナオトとヒナが笑っててくれたら、それがオレの幸せだから」
    ひた、と冷たい手が頬に当てられた。
    「タケミチ君って泣き虫ですね」
    目線をあげると、直人が呆れたように笑っている。それがまた大人になってからの直人にそっくりで、武道のまぶたからさらに涙があふれた。
    「ナオト、オレがんばるから、十二年後も二十年後も生きて一緒にいてくれよ」
    慌てたように頬から手が離れていった。直人は本を抱きかかえ、疑うようにこちらを見ている。
    「今の、プロポーズじゃないですか? タケミチ君やっぱり……」
    「誤解だ!」
    オレが好きなのはヒナ! 
    武道の絶叫とも言える愛の言葉が夜の公園に響き渡った。

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