天プロ座談会千人が収容出来ると言うスタジオは、観覧客で埋まっていた。
その正面のステージには、パイプ椅子が緩いアーチ状に五脚並べて置かれている。
今日は、大手芸能事務所『天プロ』のトップタレントによる座談会だ。
平たく言うと事務所が開催するお祭りイベントで、風信と慕情にとっては毎年の恒例であり、最近華々しく活動再開を果たした謝憐にとっては初の参加だ。
裴茗にしても師青玄にしても、メディアに登場しない日の方が少ないようなタレントだ。
早くも、スタジオは観覧客のひしめくような興奮に包まれていた。
…………登壇しようとステージ袖から踏み出そうとした時、マネージャーの霊文が口を開いた。
「……一応言っておきますが、観覧客は厳選なる抽選により選ばれ、席もランダムに振り分けた物です」
「…………………?」
何を分かりきった事をこの土壇場で、と風信と慕情は眉を上げた。
五人がステージに登場すると、客は爆発せんばかりの歓声を上げた。
感極まって泣き出す奴までいる。
撮影は禁止だが、その分網膜に焼き付けようと1000対の目がじっとタレント達に注がれた。
そして……………登場したタレントも思わず目を見開いた。
ギョッとした、と言い換えても良いだろう。
辛うじて白目を剥いたり顔を大きく歪める事は避けたが、風信と慕情は唖然とした。
観覧席の真正面の最前列。そう、謝憐が座る椅子の正に真ん前に、運良く観覧チケットを手に入れた幸運な“ファン”が座っていた。
座っていても頭一つどころか二つ飛び抜ける、190cm弱の身長。
艶やかな長い黒髪を後ろで束ねており、漆黒の片目がステージをじっと見ている。右の目は、白いありきたりな眼帯で覆われていた。
黒いジャケットに黒いズボンと言う一見地味な格好だが、ジャケットから覗く鮮やかな赤が目に痛いくらいの存在感を放っている。
どう見ても、世界的超有名タレントの『花城』がそこにいた。
グェイジェの服を着ていないのは、一応衆目を集めない為のコイツなりの配慮なのだろう。しかし、実年齢よりも大人びた風貌に見せるメイク。
そして何より人に紛れるにはあまりの存在感とガタイ。
これに気付くなと言う方が無理があるだろう。『花城』丸出しだ。
見ろ、周囲に座る観客がやたらと狼狽えた顔をしているじゃないか。
それでも観客の誰一人花城に話しかけないしむしろ目を逸らしているのは、ひとえに“鬼王”の空気故だろう。
最近頻繁にメディアに登場し、意外と社交的な顔を見せるようにはなったが、好意的とは程遠いのは変わらない共通認識だ。
照明の落ちた観客席の後ろに、全身黒服の青年が立っているのが見えた。
こちらは暗闇との見事な同化具合である。風信や慕情と目が合うと、慇懃無礼に微かに頭を下げる。
花城の付き人である青年だ。つまり、花城は直前まで仕事をしていたのだろう。何なら今正に仕事中で、それをサボって来ている可能性すらある。
ステージの椅子に腰掛けながら、慕情は気が遠くなりそうだった。
謝憐も勿論気付いた。
「あっ」と目を見開いたのは一瞬で、すぐに観客向けの笑みを浮かべて手を振る。しかし、その頬が嬉しげに綻んでいるのが慕情からは見えた。
「こんにちは、天プロ所属の師青玄です!!皆今日は楽しんでね!!」
並んだ椅子の左端に座り、師青玄が会場に向けて声を上げた。
わぁと歓声が上がる。
「慕情です。このメンツなので大した話はしないと思いますが、よろしくお願いします」
慕情は素気なく挨拶すると、隣に座っている謝憐にマイクを手渡した。
「謝憐です。このイベントには初参加なんだが、毎年録画は見てました。ご存知無いかも知れませんが、昔は子役をさせてもらっていて………………え、知ってる?本当か?それはありがたい。あはは、それはそれで緊張………「コホン、謝先輩」
喋りすぎだと隣で慕情に咳払いされ、謝憐は慌てて切り上げた。
「まぁ、気楽にやりましょう」
花城は、最前列で謝憐の挨拶を聞いて目を細めていた。
謝憐も花城をチラッと見て微笑む。
「……………」
慕情は砂を吐きそうな気分だった。
「………風信です。よろしくお願いします」
風信も似たようなモノなのだろう。簡単に挨拶すると、どこか渋い顔で裴茗にマイクを渡した。
裴茗はぐるりと会場を見渡すと、馬鹿でか……………よく通る声で言った。
「麗しの女性達、今日は私に会いに来てくれてありがとう。平等に愛するから、決して喧嘩や嫉妬はしないように」
これで何で袋叩きに合わないんだか分からないが、会場の女達はキャーとひときわ甲高い歓声を上げた。
ともかく、座談会の開始である。
言う時に会話の先導を握るのは、やはり話し上手な師青玄だ。
皮肉屋の慕情、人との世間話が苦手な風信、空気の読めない謝憐、そして口を開けば女と恋愛の話しかしない裴茗。天プロのトップタレントはどいつもコイツもまともな話が苦手だ。
と言っても、これは特別に立てなければならないスポンサーがいる訳でも無く、適当に……放送禁止にならない程度にと、霊文からキツく言い添えられているが……………話せば良いので気楽な雰囲気ではあった。
「じゃあ、去年一番印象に残った仕事は?」
「そりゃ…………」
会話を振られ、風信が師青玄から目を背けながら口篭った。
………………風信は師青玄がまともに見れないのだ。
師青玄は可愛すぎず露出も少ない大人びたミントグリーンのワンピースを着ているが、その胸はいつもよりあからさまに大きく膨らんでいる。
少年から青年、少女から女性まで幅広く容姿を変えて仕事をする師青玄だが、容姿を自由気ままに弄れるわけではない。雑誌やドラマの撮影では、あくまで標準的な女性の容姿になる事が多かった。
だが、今日はそう言った制約は無い。張り切った師青玄の胸には、ボヨンだかボインだか擬音語が付きそうなモノがぶら下がっている。
張り切る方向性を間違えている気がするが、慕情は一切関わりたくは無いので何も言わずにスルーしている。
風信はそれを爆弾でも見るような青褪めた顔で見て、それっきり頑なに師青玄を見ようともしない。
シリコンとパッドの塊の、何がそんなに怖いんだか。
「……………刑事ドラマの劇場版だな」
「ハ、アレは強烈だったな」
風信の言葉に、慕情は腕を組んで軽笑する。
こっちは苦労したと言うのに、観客からは「キャー」と興奮した声が上がる。師青玄がニコニコと頷く。
「ああ、あれね。私も見たけど凄かったね。しかも、“あの”花城の実質デビュー作!」
花城が初めて出演した映画。
事務所とも風信とも慕情ともなんら関係の無いそんな付加価値により、映画は前代未聞の興行収入を叩き出した。しかし…
「私達には関係ありませんね」
慕情が雑誌や番組のインタビューでは到底口に出来ない捻くれた笑いで吐き捨てる。
師青玄は苦笑した。
「二人は大変だったね」
どんなに注目を浴びようと、栄誉ある賞を取ろうと、同じ業界人として自分なら絶対に御免だと顔に書いてある。
風信と慕情は苦虫を噛み潰したような顔をした。
当の花城は目の前にいるんだが、微塵も表情を変えなかった。
むしろ、聞いてもいないんじゃ無いだろうか。
その目は一瞬たりとも逸らされる事なく謝憐に注がれている。
謝憐もその焼けそうな視線を受け、はにかんだ。
この、狂気と紙一重の視線をどう受け止めればはにかんだり出来るんだろうか。
「花城と言えば、謝憐もドラマでも共演したよね。ほら、あの恋愛ドラマ」
風信と慕情が俳優にあるまじき殺伐とした空気を漂わせ始めたのを見て、慌てて師青玄が話題を変えた。
「え?あ、ああ」
唐突に話を振られて謝憐は目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。
コレは…………
風信と慕情は嫌な予感がした。
予感と言うか予見だ。
謝憐は花が綻ぶような笑みで言った。
「大成功したのは、花城が何かと相談に乗ってくれたからだ。花城の演技力の高さには驚いたよ」
謝憐の穏やかな目は客席の最前列に注がれている。
そして、最前列…謝憐の正面に座る花城も、謝憐を穏やかに見返した。
千もの観衆の前だと言うのに、その瞬間、そこは二人だけの世界だった。
風信と慕情は思わず寒気がして顔を見合わせた。
ここに花城が居るのは暗黙の何とやらだ。
こうも堂々とただならぬ空気を醸し出してはいらぬ憶測やら誤解やら噂やらが飛び交いかねない。
それに、この場には記者やカメラマンも数人居るのだ。
案の定、会場は色めき立った。
「やばい………」
「あの二人、ほんとに………?」
そんな囁きが聞こえてくる。
誰かが押し殺した叫びを漏らした。
「風信と慕情が目配せして通じ合ってる!!!」
「目配せなんかするか!!」
「誰がコイツと通じ合ってるって言うんだ!?」
風信と慕情は同時に目を剥いて怒鳴った。
謝憐が慌てて「落ち着け、どうしたんだ二人とも」と取りなす横で、この世の全てが恋愛に通ずる裴茗がしたり顔で頷いた。
「そうそう、謝憐先輩が正統派だが波乱を含んだ恋愛なら、お二人はいわば異質だが純愛でしたね。………おや、何故睨むのです?ドラマの話ですよ?昨今、あらゆる形の恋愛ドラマが存在するのは必然であり不自然でも何でも無いと思いますがね」
「寒気のする事を言うな!!」
「その話はするな!!何が純愛だ!?」
風信と慕情はとうとう立ち上がった。
これだけ剣呑だと言うのに、何故か会場は一層湧き立った。
流石は天プロを代表するお二人だ。
裴茗がわざとだか天然だか分からない呟きを漏らした。