2月、雪、渋谷「雪だ!」
誰かの声に、4人は弾かれたように上空を見た。
「本当だ…」
これも道行く誰かの声だ。
上空からは、はらはらと綿毛のように白いものが舞い降りていた。
雫の落ちる速度ではない。
「急いで帰ろう」
陽平の言葉に、3人の女は続く。
しばらく渋谷駅に向かって歩いているときだった。
「ね…陽平クン」
美奈子がそっと甘えるように陽平の右側を陣取った。
その腕が陽平の腕にぴったりと絡まる。これが美奈子なりの「手をつなぎたい」のアピールであることを陽平は理解していた。しかし、陽平は眉を少し跳ねさせて、二人の女をちらと見た。
「陽平クン」
だめ押しのように美奈子は言う。陽平は観念した。
「で、でも。俺、手が悴んじゃって」
陽平はポケットから手を出すこともせずに答える。当然のように白い息が陽平の視界を覆う。
「構わないわよ、ね、陽平クン」
こういうときの美奈子は酷く強情だ。陽平は困ったように肩をすくめる。
「俺、手が2つしかないから」
「そうよ」
割って入ったのはユキだった。
「レディは3人、陽平の手は2つ。簡単な引き算よね。1人余っちゃうけど、どうお考え?」
敢えて高飛車な言い方をして見せるユキと真正高飛車の美奈子の間に火花が散る。
行き場を失った陽平は、一先ず亜美の肩に積もっていた雪を払い落としてやった。十月十日までにはまだ日があるとはいえ、体を大切にするに越したことはないであろう。
亜美は、それに少し照れたようなそぶりを見せている。
「じゃあユキさんは陽平クンの手が冷えちゃってもいいって言うの?」
「それとこれとは別問題よ、ね、陽平!」
「ウン、どうかな、ハハ」
陽平は徹底して曖昧に笑う。どっちの味方をしても、後々面倒なことになるのは目に見えている。
すると、陽平の左隣にいた亜美が「あっ」と声を上げた。
反応して、ユキと美奈子が振り返る。
「あれ」
亜美が指さす先を3人が見た。中高生向けの安いブティックだ。渋谷駅と原宿駅の間くらいにはよくみられるタイプの個人経営のレトロな店構えである。
「あれ、がどうしたの」
陽平は亜美に目線を合わせる。セールのワゴンが出ている以外に、めぼしいものは無さそうだ。そもそも、亜美が着るにしてはやや子供っぽいセンスといえる。
「手袋」
「…あぁ」
亜美の言葉を聞いて、初めて陽平は理解した。美奈子とユキも同様らしく、視線は同じ箇所を捉えている。
ワゴンの中にぎゅうぎゅうに詰め込まれていた、茶色の手袋だ。
申し訳程度に、『バレンタインフェア』と書いてある。チョコレートのつもりだろうか。陽平は呆れて嘆息した。
「あれ、お揃いで買いましょうよ」
亜美の提案は、陽平が思考する前にユキと美奈子によって実行されていた。