21歳、彼らの憂鬱「や、トゥニャ」
「……………テメェ、何の用だよ、野望野郎」
ヌビア学研究所、その蔵書室の一角のソファ。
意気揚々と、トゥニャ愛用のその隣に腰掛けたのは、ハトラだった。
「何の用、なんて酷いな〜。貴重な同い年の友達だよ〜?もうちょっと愛想よくして欲しーもんだね」
「いつからテメェがオレの友達になった」
「あは〜。ヌビアの子として生まれた時、じゃない?」
「殴るぞ」
トゥニャは不快感を隠しもせず、尖った歯を見せた。ハトラの方はと言うと、ビビットピンクの眼を爛々と輝かせ、ケラケラ笑っている。
「は〜、いいね、トゥニャ。キミはからかい甲斐がある」
「ざけんなよ、テメェ」
トゥニャがいよいよ拳を固くした、その瞬間、彼の体は硬直したように止まった。トゥニャは一瞬驚いたように唇を開いたあと、チッ、と舌打ちをする。
「下らねぇことに【野望】の力を使ってんじゃねぇ」
「やだな〜。殴られたくないって思うことくらい、ふつーじゃない?」
くつくつ、今度のハトラは喉の奥で笑う。黒いチョーカーが僅かに揺れる。
「ま、いーんだけどね。キミ、何だかんだで優しいし、ついでに痛みも人一倍感じやすいわけだから、そんな本気で殴るはずもないし。どー、殴ってみる〜?」
「もうしねぇよ、馬鹿」
Welcome、とでも言うようにハトラは両手を広げ、トゥニャは背を向けた。ハトラは肩をすくめて、少し間があって、そうだそうだ、と手を叩いた。
「ボク、面白い話聞いちゃったんだよね〜。トゥニャには教えておきたくて」
「は?何でオレ?…まさか、テメェ、ラサに何かしたんじゃねぇだろうな」
途端、トゥニャは殺気立つ。ビリビリと鋭く、すべての【感覚】をハトラに向ける。一瞬の心音の加速さえも見逃すまいとするような集中力を向けられ、僅か、ハトラは恍惚の表情を浮かべた。
「ハハ…!いいね〜。やっぱり、ヌビアの力を向けられるってのは、堪んないや」
「黙れ、耳障りだ」
「…それは、キミがボクの声に耳を傾けすぎてるせいだと思うけどね〜」
小さな声で呟き、ハトラはまた肩をすくめた。
それから、にっこり、笑う。
「安心しなよ、ラサにはなーんにもしてないから」
「…………」
「誓っていいよ?だいたい、ボク、あの娘、ちょーっと苦手だしね〜」
突き刺すような【感覚】がハトラに向けられる。たっぷり数十秒の後、トゥニャの殺気はゆっくりと氷解した。
さもその隙を狙っていたかのように、瞬間、今度は、ハトラがビビットピンクの目を見開く。
「面白い話、聞いてよ」
「……聞くまで逃がす気はねぇくせに」
「あは!よく分かってるね〜」
トゥニャは動かない、正確には、動けない。
言うまでもなく、それは、【野望】の力によるものである。
「言うならさっさと言え、マゾ野郎」
「マ……え、なんで?」
「カリスマ双子共に喜んで尻尾振るのがテメェくらいだからだよ」
「別にマゾヒストの気はないと思ってんだけどな〜」
嫌味の応酬のようなその間、ハトラは自由に歩き回り、トゥニャは身じろぎ一つしない。
ハトラはギザギザとした歯を見せると、トゥニャの耳に顔を寄せた。トゥニャの顔が露骨に顰められるが、無論、気にするハトラではない。
「ハンザ」
「記憶力男?」
「彼は、ボク達の末っ子に、惚れ込んでるみたいだよ」
トゥニャはしばらく黙った後、細く長く息を吐いた。
「………で、それをオレに伝えて何になる」
「あれ?ビックリしないの〜?」
「生憎、テメェみてぇに性格ネジ曲がってねぇんでな。他人の恋愛事情を面白がる趣味はねぇんだよ」
「へ〜?でもほら、ラサは恋バナ好きだよ〜?ついていけないと困るんじゃないの?」
「ラサはテメェみてぇに悪趣味じゃねぇ」
トゥニャは吐き捨てる、次の瞬間、彼の体はほんの少しだけ前のめりに傾いた。これまで動きを制限されていた反動だ。
体勢を立て直し、トゥニャがハトラを見やると、ハトラの表情は、それはそれは愉しそうに歪んでいた。トゥニャは僅か忌々しげに吐き捨てる。
「……前言撤回、記憶男に同情する。五つも歳上の────記憶力男は兎も角、テメェみてぇな奴に惚れ込まれてちゃ、堪んねぇだろうな」
「あは!そうかもね〜!」
ケラケラと声高にハトラは笑った。
蔵書室に、その声がしばらく木霊した。