ハンザ誕「「ハンザくんお誕生日おめでとーっ♡」」
「……感謝する」
ハンザは、半分呆然とした心地ながらも、カリスマ双子にそう返事をした。
ここは、居住区内にある集合住宅。ハンザの住まう部屋の入口である。
12月26日、午前8時、カリスマ双子がいきなり押しかけてきた。かと思えば誕生日祝の文句とともにプレゼントを押し付けてきたのであった。
「これね、ハンドクリームなの」
「ハンザくん、手が荒れてるみたいだったから」
「香りはないから、安心してね」
「もし気に入ったら教えて!どこで買ったか教えてあげるねっ♡」
双子は入れ代わり立ち代わり、ハンザに言葉を掛ける。ハンザはそれに相槌さえ入れる暇なく、ともかくと頷きを繰り返す。
「「じゃっ、アイちゃんとテーネからのプレゼントでした!素敵な一年になりますように♡それから、良いお年をっ♡」」
双子はそう言って一つウインクをすると、ハンザの家からバタバタと出ていった。
(………台風のようだった)
取り残されたハンザは、奇妙な静けさの部屋の中でそう思ったのだった。
*****
12月26日、午前8時30分。荷造りをしながら、ハンザは顔を上げた。あと、2時間で出発だ。
『クリスマスまでは研究所で過ごそうと思いますの』
少し前、従妹であるリヨンはハンザにそう言った。その『くりすます』は昨日で終わり。誕生日中には実母に直々に感謝の辞を述べに参らなくてはならない。それでも、と、ハンザは当日中に実家に帰ることのできる便の中で最も遅い便を選んだ。その理由は大別して2つ。1つは、そもそも実家から離れられる時間を少しでも増やしたかったから。もう1つは──────
(………研究所に行くか)
ハンザはコンパクトにまとめた荷物を入口に整え、我が身1つで部屋を出た。向かう先は、研究所だ。
*****
さて、そもそも『ヌビアの子』たちはこの研究所内において、2つの肩書を持っている。
1つは、学生身分だ。研究所内にある4つの大組織のうち、University。年齢に応じて『大学部』『高等部』と違いはあるものの、16歳のエルベから22歳のラリベラまで全員が学生身分を持っている。ただし、こちらは26日から冬季休業期間に入るため、今日はどこも休みになっている。
もう1つは、研究員身分だ。研究所内にある4つの大組織のうち、Center。『研究員っつー名前の、モルモットじゃねぇか』とトゥニャなどは口にしていた。彼の言う通り『ヌビアの子』らは実験体としての側面が強いのだが、それでも彼らに与えられた肩書は『ヌビア学研究員』なのだ。こちらについては冬季閉館が29日からになるため、ハンザとリヨンは26日から28日まではいわゆる有給休暇を取っている。
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(……皆も、この3日間は休むことが多いと聞いていたが)
考えながら、ハンザは研究所敷地内に入った。普段『ヌビアの子』らが集められる部屋のあたりは、普段よりずっとガランとしている。ほとんどの『ヌビアの子』が帰省するのを知って、あえてこのタイミングで『ヌビアの子』を使った実験をしようという者もないのだろう。そうでなくとも、流石は年末、『ヌビアの子』に限らず研究員そのものの姿も少ない。
(有給を取っているのだろうか。帰省に時間がかかるようなところから出てきている職員も、少なくないのかもしれないな…)
ぼんやり考えながら、あてもなく歩く。ふと、背後に気配を感じた。
「ハンザ、じゃない」
「…………ハトラ」
ハンザは少しだけ眉根を寄せ、振り返る。黒髪を揺らし、歯を見せ笑っている。普段着ている黒のジャケットよりも数段厚みのある上着に身を包み、寒そうに肩を竦めている【野望】の姿がそこにあった。
「ハンザは帰省するんじゃないのかな〜?」
「………帰省は、する。もうすぐ出発だ」
「くふふっ、そうか〜、そうか〜。ここを出る前に最後に会うのが愛しの【記憶】くんじゃなくて悪かったねぇ」
「貴様ッ、」
ハンザは一転声を低くすると、ハトラに迫り寄り、その胸ぐらをつかみ上げる。ハトラはクスクス笑いながらハンザを見上げ、お手上げとでも言うように両手をヒラヒラ翳した。
「おっと、怖い怖い。まさか殴ったりしないでよ〜?」
ハンザは拳を震わせた。殴りたくとも殴れない、が事実だった。無論、そのわけの半分はハンザの生真面目な性格によるものだった。残り半分は、【野望】の力によるものだった。ハトラが『殴られたくない』と願えば、【野望】のハトラの思うがままになる。
ハンザは、自分を落ち着かせるために1つ大きく息をついた。それから、ゆっくりと手を離す。ハトラは歯を見せたままキシキシと笑う。そして、サヨナラをするように片方の掌を見せて振った。
「じゃ、ボクはまだ仕事があるんでね〜」
「………仕事?有給を取らなかったのか」
「取る理由がボクには無いからね〜。…あ、そうだ」
ハトラは思い出したような声を上げると、長い睫毛に縁取られたピンクの目をゆっくり開いた。
「さっき、その【記憶】くんが探していたよ。ハンザのこと」
*****
「あっ!ハンザ!」
ハンザが慌てて居住区へ帰ると、ちょうどエルベに鉢合わせた。ハンザは走った故に切れそうになる息を隠して、「探していたと聞いた」と答えた。エルベはハンザを見上げて微笑む。
「そう、探してたんだ。なんとか今日中に誕生日プレゼント、渡したくて」
エルベは袋の中から更に袋を取り出す。リボンの付いたそれをそのままハンザに押し付けた。
「誕生日おめでとう、ハンザ」
「………ありがとう」
あまりに急な出来事に、いっそ夢なのではないかとさえハンザは思った。しかし、エルベは確かに眼下で明るく笑っていた。臙脂色と琥珀色の目を、確かに細めている。
「ラナークといっしょに選んだんだ。ラナーク自体は昨日の夜から実家に帰ったんで、もういないんだけどさ……開けてみてよ」
「あ、あぁ」
エルベに促されるまま、ハンザは封を開く。中から、落ち着いたデザインの手袋が出てきた。
「ほら、ハンザ、手が荒れてるだろ。ちょっとでも寒さから守れたらいいなって」
ハンザは笑いそうになった。自分はそんなに手荒れが目立つのか、と。無論、アイールとテネレからどんな品を贈られたか知らないエルベは、ただ少しキョトンとした顔を見せた。
「着けてみていいか」
「もちろん」
ハンザが尋ねると、エルベは大きく首肯する。そんな何気ない仕草が、ハンザの胸中をじわりと温めた。実年齢よりも大人びた行動を取ることの多いエルベの、実年齢よりも幼い挙動は、信頼の証。ハンザやラナークなど、ごく親しい人の前でだけ見せる姿だ。ハンザは、口角が緩みそうになるのを必死で堪えて手袋を手に取った。
内側が柔らかな布でできているらしい手袋は、するりとハンザの大きな手を包む。右、左、と身に着ける。ぐう、ぱあ、と手を開いて、「ちょうどいい大きさだ」と答えた。エルベは笑う。
「渡せて良かった。今日帰省するって聞いてたから」
「ああ。もう出る」
「うん、良いお年を、だな」
エルベは笑って手を振る。寒さと気分の高揚から、鼻頭が少し赤らんでいた。ハンザの頭に、そんなエルベの姿が焼き付いた。
「エルベも」
「うん」
「良い年を迎えてくれ」
「ありがとう」
エルベは、ぱたぱたと居住区を後にしていく。ハンザは、その姿が見えなくなってもしばらくエルベの影を見ていた。