かわいいがいっぱい【石歌】石切丸が「かわいい」と言う時、その視線の先には必ず歌仙兼定がいる。
それに引き換え、歌仙の口から石切丸を「かわいい」という声を聞いた事がない。
「うははは! 気の毒だな、石切丸」
隣の一文字則宗がひょいと見上げてくる。
「そんな事を言って、ちっとも気の毒そうな顔に見えないよ? 則宗さん」
「僕から見れば所詮は他人事だ、面白いもんさ。だがお前さんは自分が片恋だってのになぜそう笑っていられる?」
手にした扇子の骨を指でパチパチ弾きながら
「歌仙さんは本当にかわいいからね。私の片恋かどうかなんて関係ないよ」
「随分な余裕じゃないか」
「今いいかな、石切丸」
歌仙が二振りの前に来て胸元をごそごそ
「これをごらん。さっきお小夜にもらった有平糖だ」
取り出した懐紙を開き歌仙がつまんで掌に乗せてくれたのは、小指の爪よりも小さな丸い飴玉。澄んだ赤や緑の中に白い筋が幾つも入った手鞠の模様。
「おやおや、かわいい飴だね」
「かわいいだろう。あげるよ」
「いいのかい? ありがとう。ふふ、本当にかわいいな」
「ああ、かわいいよね」
口の中で飴を転がす石切丸。それを見る歌仙の瞳のなんとも眩しいこと。
「おいおい、僕の分はないのか?」
「悪いが、あいにくこれで全部なんだ」
懐紙を手早く包み直すと歌仙は胸元に挟んでさっさとその場を後にした。
(いやいやいや、さっき見た時まだ幾つも入ってただろう……?)
「前田と乱に折り方を習ったのさ。千代紙の変わり鶴、尾を引っ張ると翼がパタパタ羽ばたいてかわいいだろう? あげるよ」
「畑当番で片付けたきゅうりの蔓に小さな実が残っていてね、ほら。かわいいから石切丸にあげようと思って」
「何が片恋なものか。僕のとんだ見当違いだったな」
歌仙が石切丸に渡すのは、どれもかわいいものばかり。
***
「ごらん、かわいいからね」
「ほら、かわいいだろう?」
「かわいいからあげるよ、石切丸」
「何てこった。物をやるのにかこつけて、歌仙だって石切丸に向かって『かわいい』を連発してるじゃないか」
夕空を仰ぐ則宗の耳に響くのは加州清光の呼び声。
「あ、いたいた。大浴場の支度できたってさ。一番風呂に入ってくれば?」
「……坊主もかわいいぞ、うん」
「はぁ? なーに言ってんのくそじじい、どこかへ頭でもぶつけた?」
「坊主も僕をかわいいと思うか?」
「ちょっと、今日おかしいよ! もう寝た方がいいんじゃないの? おーい、やげーん!寝付きの良くなる薬か何か……」