死に逝く際の刹那(そうか、これが死に逝く際の刹那か、、、)
喉元に突き付けられた劔、その切っ先の先に己の死があることを認めた。
二槍を手に戦場に立つ覚悟を決めたその日から、何時か来る終焉など隣り合わせと解って居たこと───
【死に逝く際の刹那】
どろりと脇腹から流れ滴った血はあまりにも多すぎたようだ。
握りしめている筈のニ槍を持つ指の感覚も薄れ、地に着いた膝を支える事すら難しい。
只々、無様に倒れることが無いようにと、虚ろになっていく意識を必死でかき集め繋ぎ止める。
この戦が負け戦になると判っていた、戦をするには兵も武器も兵糧も何もかもが十分では無いことも。
軍師と名高い真田の血脈を継ぐからこそ解っていた、この戦、逆転出来る可能性など万が一にも無い、そのことを。
(だが、それでも…)
それでもやらなければならなかった、一矢報いらなければならなかった。
これは亡き御館様へ手向ける弔合戦。
壊滅的な戦況であろうとも、戦から退くことを戦場に立つ誰一人として考えてなどない。
この戦が最強と謳われた武田の最後の戦になるだろう。
(御館様の下で槍を振るえた某はこれ以上と無く幸せでした)
(許せ、佐助、某は先に逝く)
師と仰ぎ、父のように慕い、揺るぎ無い忠誠を誓った主は既に居ない。
そして友とも兄とも言える己の影は、戦中で離れ、生死すら判らなくなってしまった。
恐らくは、自分を長くでも生かすための策を取っているのか…
忍とは主を失い生き延びることを恥とするものだと、昔佐助が話していたのをふと思い出した。
その忍びたる運命に殉じるのであろう。
何時もの様に飄々とただ主である幸村の為に。
思い出されるのはいつものやり取り、そして御館様を亡くし悲嘆に暮れる己に喝を飛ばし奮い立たせてくれた。
今この戦場に立つのは単に己の忍びのお陰と言えよう。
(俺はお前にとって良き主であっただろうか)
そう問いかけようにも答えは返るはずもなく。
ゆるりと瞼を閉じ、師と影と駆けた日々を思い出す。
例えどの様な結末を迎えようとも後悔が無いようにこの乱世を駆け抜けた…はずだった。
(ただ一つだけ惜しむならば、今一度…)
脳裏に浮かぶは蒼白き閃光
生涯で唯一人の好敵手と認めた隻眼の蒼き龍
勝負はつかずして終わりを迎えることがただただ惜しいと。
それを迎えられない今、ならば武人らしく誇り高く戦場で散って逝きたい。
(後の世で果たせなかった死合いを致しましょうぞ)
瞼を開き前を見据える。
まだ焔は消えない。この命尽きるその時まで。
手の内から抜け落ちそうになるニ槍を今一度握りなおす。
己の首を落とすべく振り落とされた白刃を払い除け、返す刃で血の華を。
赤く紅く手向けの花をこの戦場に咲かせて魅せよう。
『某は、真田幸村。命が惜しからんものはかかってくるがいい』