晴れてお菓子への偏見が払拭され、新たな興味へと発展させることが出来た。これにより、より多くの知見やら展開やら追加エピソードの期待が見込まれるようになった。至福のひと時を過ごせるまで後一歩、と進んだはずなのだが……。
「納得いきません!!」
ドンと自室のテーブルに拳を打ち付ける。叩いた衝撃で震える手を一撫でしてから、手元にある自作のお菓子を食して、心を鎮めようとする。今日の出来栄えも悪くない……のだが、荒波の感情は治まらず、勢いのまま紅茶を飲み干していった。
「弱点が克服されたのを良い事に、色んな人を誑かして! なんなんですか、"わたしが"お菓子を食べれるようにした途端にあちこちで良い顔して!」
酷い言い草だと当人に聞かれたら抗議される愚痴を吐いて、リシテアは臍を曲げていく。
彼女の偏見とはだいぶ違うのだが、彼……フェリクスが甘さ控えめのお菓子なら食べれるようになったのは、つい最近のこと。生来の甘いもの嫌い故、これまで幾多のお茶の誘いを断ってきたのだが、リシテアによって克服された現在は「甘くない菓子なら……」と条件付きでお誘いを受けるようになっていた。
社交的になって良い事なのだが、リシテアとして非常に面白くない! 何のために甘くないお菓子の研究をしていたのかと自身に問いかけたくなるほど、ご立腹であった。
「いいですけど……いいんですけど、釈然としません!」
他の女の子と仲良くさせるために頑張ってきたわけではない! とは、誰も知られないモノローグの中でも認められなかった。
そして、そんな理不尽なモヤモヤを抱えたまま、リシテアは与えられた任務に従事する。山の麓の村に現れた魔物退治及び支援活動に──。
フェリクスは困惑していた。釈然としない意味不明の心情に驚きながら、自身の本意がわからずにいた。
「あの、フェリクス様……よければ、こちらをどうぞ」
隊への指示や作戦事項の確認修正を経て、訓練所で腕を磨いていた際に差し入れを受けた。頬の火照りがある女性からの差し入れは大半の男が嬉しいものだろうが、彼は顔を顰めた。
「要らん。他の奴にやれ」
「えっ?! で、でも……」
「菓子は好かん。どういう訳か知らんが、そういうのが増えて迷惑している」
「っ?! ……はい、すみません……でした」
みるみる沈んでいく女性へは目もくれず、フェリクスは一刀両断した。迷惑という旨を伝えているだけで他意や悪意はないのだが、如何せん言い方が悪い。
「お、お菓子をお召し上がりなさると聞いたので……で、出過ぎた真似をして申し訳ありせんでした!」
「どこでそれを……」
「それでは、失礼します!」
曇った表情を見られないため、女は一目散に退散していった。気になることを言われたフェリクスは、ため息を吐いて頭を掻く。
「なんで、そんなことに……」
生粋の甘いもの嫌いなのに、何故真逆のことが流布されてるのかと嘆息する。少し思案して、心当たりを見つける……お菓子嫌いはだいぶ緩和されて、甘くない物ではあれば食せるとようになったと。
しかし、ここフォドラに甘くないお菓子が幾つあるのかという問題がある。お菓子といえば甘い、甘いものと言えばお菓子、といった具合に結び付いている。フェリクスがお菓子を食べれるようになったと囃されれば、甘いものが好きになったと思われてしまうのは当然の成り行きだった。それにも思い当たる事があった……。
「たぶん、あの時だな……」
悔しげに独りごちる。リシテアに幾多のお菓子を振る舞われた時のことを思い出して。
研究を重ねた甘くないお菓子はフェリクスの舌によく馴染んだが、その様子は多くの人に見られていた。食堂を貸切にでもしない限り、誰かに見られるのは当然だし、見られて困るものではない。
だが、どうしてそれで自分がお菓子好きになったと噂されてしまうのか……何の因果と苦笑して、フェリクスは鍛錬を再開した。
それから三日後──フェリクスはある話を聞いた。
「山の麓の村で祭りをやるんだってさ。こっちが派遣した魔獣討伐隊のおかげでな」
昔馴染みとの世間話で何ともない日常。
「こんな時に祭りができるのか?」
「こんな時でもやらないとまずいんだとさ。たしか、村名産の果物が豊作過ぎて、動物や魔獣がそれ目当てに沸いて困った〜での討伐依頼だったからな。早いとこ消化して、落ち着きたいんだろうさ」
「羨ましい理由だな」
「ファーガスじゃ聞かないよなー。そこの村は何かと融通聞いてくれたし、物資も恵んでくれたから恩返しで、または息抜きにいいんじゃないか。女の子を誘うにもちょうどいいだろ!」
またくだらない戯言を言ってるなとスルーして、フェリクスは村の祭り情報を手に入れた。
「って言っても、お前向きじゃないんだけどな。何しろ、その村の名産がお菓子の材料になるって有名でさ! なんて名前だったか忘れたが、砕いてすり潰せば砂糖の代用に。そのまま生でも食えるし、加熱したら甘味が増してとかちょっと工夫すれば長持ちするとか言ってたかな?」
「万能だな」
「セイロス様の恩恵と言われてるらしいぜ。でも、豊作だと魔獣が出てくるから考えものだな。んまあ、それで俺らに提供しても、まだ余ってるって事でお菓子の祭りにするんだとさ」
「……菓子」
「おうおう、嫌そうな顔する。女の子達はみんな喜んでるっていうのにお前って奴は……あっ、いや好きになったのか? そんな噂聞いたが」
事実無根と答えると、シルヴァンは軽く笑う。根も葉もない噂という訳ではないので、シルヴァンに深入りされなくて内心ホッとするフェリクスは件の祭りの話を聞いていった。
聞けば聞くほど、どこかのお菓子狂(と言ったら怒られるが……)が大喜びしそうな詳細だった。お菓子に関しては情報通な彼女なら、既に名産菓子を調べて祭りの日を楽しみにしているだろうと確信に近い予想をしていった。
そして、件の祭りの前日になってフェリクスは気付いた。……静かだ、と。
周囲は少なくなった祭りを話題に浮かれているのだが、うるさく感じない。うるさいと言うのも何だが、一番やかましい人物が姿を見せていなかったから静かに感じていた。
包み隠さず言うと、この現状はおかしい! あいつが菓子狂い祭りに何も言わず、静観しているなどあり得ないとフェリクスは断言できた。勝手にやってきては『今度、村の麓でお祭りが開かれるんですよ! ふふふ、そこの名産を使ったお菓子は知る人ぞ知る絶品って話で滅多に食べられないんですよ!』と、ウキウキワクワクして伝えてきそうなのに、前日の昼を過ぎても何もないのは違和感しかなかった。
奇妙だ、と気付いたフェリクスは、何となくリシテアの部屋を訪ねた。ここ数日顔を見ていなかったから生存確認も兼ねて、と取ってつけた用で扉を叩く。
「留守か」
室内に気配が無い。不在ならば仕方ないと後にしようとすると……。
「あら、フェリクス。もしかして、リシテアに用があったのかしら?」
「メルセデスか……別に急用じゃない」
ちょうど彼女の隣室であるメルセデスが部屋から出て、声をかけてくれた。隠す事でもないが、これと言った用事も無いため、つい素っ気なく答えてしまう。
「そう……でも、フェリクスが気にかけるのだから何か特別な用があったんじゃないかしら?」
「そんなのはない。留守なら出直す」
「うーん……どうしたらいいのかしらね〜」
困ったような声音と態度でいたが、すぐにメルセデスは決断した。
「じゃあ、これから独り言を言うわね~。誰かに話している訳じゃないからいいわよね」
「はあ?」
「困ったわ……今、リシテアは治療中で部屋に戻れないのよね。少し前に魔獣の討伐に行ってきた際に怪我をしちゃって。すぐに治療したし重症ではないのだけど、噛まれた牙には毒が仕込まれているものだから──」
メルセデスの長い独り言をフェリクスはじっと聞いて、飲み込むのに努めていった。
★★★
医務室は薬草や調合した薬が混ざり合って独特の香りが充満している。何度も世話になっているが、このツンと鼻にくる匂いには慣れずにいた。足を運ぶと担当のマヌエラは不在だった。
「あら、どうしたんですか? どこか怪我でもしたんですか?」
目的の人物は何食わぬ顔で医務室に滞在しており、訪れてきた者に声をかけていた。
「何故、お前が此処にいる?」
「居たら駄目なんですか。回復魔法使えますし、多少の傷なら治せますよ!」
「腕を疑っているわけじゃない。……重傷を負ったと聞いたが、そうでもなさそうだな」
その一言で、リシテアはフェリクスが事情を知っての訪問だと悟った。
「知られたならしょうがないですね……一応、わたしは重傷者ですよ。けれど、治療はすぐに施されましたし、五体満足なので重傷者に見えないんですよね」
「そう見えるな。毒に冒されたと聞いたが」
「ああ、退治した魔獣の毒は厄介でして、魔法で完全に解毒できないから経過観察が必要なんですよ。二次感染を防ぐため一時的に隔離して様子見です。あっ、普通に接触する分には問題ないですよ」
報告書を読み上げるようにスラスラ答えるリシテアだが、表情は険しい。任務で負傷した件もあるが、行動制限されている己の身が腹立たしく思っていた。
「完治するまで医務室と隣の隔離部屋しか行き来できなくて困ってますよ。やることはたくさんあって、時間も足りないのに……」
「仕方ないだろ。お前が囮になって制圧したと聞いた」
「囮かどうかわかりませんが、魔力が高い者を狙う習性を利用したんです。隊の中では、わたしが一番魔力があるから結果的にそうなっただけですよ」
答えるリシテアに悲壮感はない。自ら率先して攻撃を受け、怪我を負うことになっても問題ないという態度から、リシテア自ら作戦を立案して行動したように見受けられた。
「隊の長がそれでいいのかわからんが、お前のお陰で兵は負傷しなかった」
「あら、褒めてくれてますか? でも、子ども扱いしないでください。その時一番有効な方法で倒したと思ってますが、重傷を負ってしまったのは反省してます。もっと戦略を考えるべきなのはわかってますよ」
「そんなつもりはないが……いや、余計な事を言ったな」
関わってない自分が何か言うのは余計なお世話だとフェリクスは考え直した。彼女の作戦指揮は信頼がおけるし、このように言うなら問題ないだろう……軍事的には。
それに要件は別だ。
「それで、何の用ですか? 見ての通りマヌエラ先生はいないので、わたしにできる事でしたら対処しますが」
「医務室に用はない」
「何しに来たんですか……じゃあ、わたしの見舞いですか?」
「そうだ」
思わぬ返答にリシテアは口から心臓が飛び出しそうになった。
嬉しい返答なのだが、相手はフェリクス……こういう人だから特別な意味はない。冷静になれ、落ち着けと心を鎮めていく。
「そ、そそ、そうですか! ま、まあ任務は終えてますし、数日経てば毒が抜かれる見通しですから、ご心配なく……あ、ありがとうございます」
「いつまで此処に籠ってなければらならないんだ?」
「えっ? マヌエラ先生からはあと三日だと聞いてます」
「……明日は無理なんだな」
変な事聞いてくるので、明日に何かあるんですか? とリシテアは無垢に尋ねた。少し渋ってからフェリクスは簡潔に伝えた。──明日は山の麓の村でお菓子の祭りがある、と。
「………お菓子……祭り……ですか」
「魔獣がいなくなったは良いが、収穫が多いから祭りを開くようだ」
「そうですか……それなら報われます。……ええ、良かったです……いっぱい楽しんで来てください」
風船が萎んでいくようにみるみる落ち込むリシテアを見て、話した事を若干後悔するフェリクス。討伐後、医務室と隔離部屋に篭っていたのなら、祭りのことを知らなかったのは合点がいく……いっそ、知らないままの方が良かったのかもしれない。
「……戦時中ですと甘いものはなかなか手に入りませんからね。村の名産の果物のパイは絶品と聞きました。……木の実の焼き菓子も美味しいようです。ふふ……お菓子祭り楽しそうですね」
「悪い……余計な事を言った」
「い、いえ! 子どもじゃないんですから祭りに参加できなくて悲しいなんて思ってませんよ! わ、わたしも体を張った甲斐があります。甘いものは頭にも体にも心にも良いですから!」
「お前だけだと思うが」
「そ、そんなことないです」
軽口を返し合うが、誰が見てもリシテアは空元気に映った。甘いものが大好きだからこそ、お菓子祭りに行けない無念が大きいのだろうと十分に察せれる。
フェリクスとは真逆の好み……足を運ぶのすら嫌な彼にとっての反対ということは。
「何が美味いんだ?」
「え?」
「お前の事だから、その村の菓子くらい知ってるだろ。菓子が関わるとうるさいからな」
「ちょっと、うるさいって何ですか! 山麓の村ですし、少し前に行ってきたのですから名産菓子くらい知ってますよ。おすすめがパイで、ナッツとの焼菓子もそこならではの味ですし、煮詰めた果物に蜂蜜をかけて食べても美味しいと聞きました。あとは、乾燥させて生地に練り込むとふっくらして……」
饒舌に語るリシテアは得意げで、どのおすすめ菓子もフェリクスには胸焼けしそうで食べたいと思えないが、黙って聞いていった。何もなければ、明日を心待ちにして心躍らせていたのだろう……。
翌日。セイロス教総本山であったガルグ=マクの山麓は活気があるように見えた。名産の果物はセイロスによる恩恵とも言われる品で、戦時中の最中では甘味故に重宝されていた。
その果物を活かしたお祭りとなれば、尚のこと活気づいていた。あちらこちらで甘い香りが漂い、道行く人々は歓喜の声を上げている。そんな甘いもの好きのための甘いお祭りの中に彼はいた──。
「……何故、俺は此処にいる」
何度目かわからない嘆きを口にしていた。一刻も早く帰りたいと気持ちとは裏腹に、目と足は建ち並ぶ出店を回っていた。矛盾しているとフェリクスも自覚しているが、何故自分が祭りに来ているのかわからずにいた……。
「お兄さん、いらっしゃい。あなた、顔が良いからサービスしちゃうよ!」
「いや……見てるだけで」
「今買ってくれたら特製蜂蜜入りの焼菓子もおまけするよ!」
「………適当に包んでくれ」
村の者はこの日ばかりと勧誘に精を出しており、妙なところで押しに弱いのが災いして食べたくないお菓子をたくさん買わされてしまう。
甘い環境から早く脱出したい彼の心は、山麓の催しに囚われていた。とはいえ、あまり待たせたくなかったので両手で抱えるほどの量になった頃に退散した。どうしてそう思うのか、よくわからないままに……。
★★★
「食え!」
突然来訪して、開口一番に凄まれてリシテアは呆気にとられた。やって来た人物は随分疲れているように見えた。
「何かあったんですか?」
「…………別に」
「何もなかったら、そんな顔してないですよ! 昨日と今日とで大違いで、大丈夫ですか? 疲労回復の薬でも出しましょうか」
「そういうのじゃないから要らん」
そういうのじゃないって、なんだ? と理由が不明でもリシテアは労った。それはそれとして、フェリクスが来てからとても良い香りがする……芳ばしい焼菓子のような、濃厚な蜂蜜のような、爽やかな果物のような美味しい香りが。
「あの、ところで、これらは何なんでしょうか? い、いえ、あんたの私物を漁るつもりはありませんよ。ただ、フェリクスには似合わない香りがしていて……」
「気になるなら素直に聞け。察しの通り、お前の好きなものだ」
「ってことは、お菓子! 味も形も上品な感じの!」
匂いでわかるのか、と疑問を持つが、ウキウキわくわくと目を輝かせるリシテアを見ると、先ほどまで感じてたお菓子への嫌悪が薄れていった。
「ハッ!? 念の為言っておきますが、フェリクス宛ての誰かからのプレゼントなら遠慮しますよ」
「んなわけあるか! 俺に甘いものを寄越す奴は一人で十分だ」
「なっ?! 近頃のあんたの行動を鑑みてから言ってください。ですが、その持ってきた物を見せてくれたら不問してあげてもいいですよ!」
「……何を言ってるんだか」
急に頓珍漢な事言い出すリシテアに呆れるも、言われた通り持ってきたお菓子の山を部屋の机に広げた。店員に口車に乗せられたフェリクスなので、その数は机を埋め尽くすほど。
「ま、まあ、こんなに! 甘いものがたくさんあります! ……って、どうしたんですか!? あんたが、これだけのお菓子を持ってくるって何を企んでいるんですか!」
「持って帰ってもいいんだが」
「さっき、食えって言ってたじゃないですか! お菓子を見せびらかしに来て帰るのはあんまりですよ!」
一転変わって悲痛な声を上げる感情豊かなリシテアは面白く……胸を打たれて、フェリクスは言葉を詰まらせる。困らせる気はないので、しばしの時間と舌打ちと共に口火を切る。
「……祭りで買ってきた菓子だ」
「祭りって、今日山麓の村でのお祭りですよね。行ってきたんですか、あんたが?」
「ああ……」
「まあ……どこのどなたと一緒に行ってきたのか知りませんけど、お土産ありがとうございます!」
ムッと腹を立てるリシテアだが、勘違いしてしまうのは致し方ない。フェリクスが行くとは到底思えないお祭りなのだから、誰かに誘われて行ってきたと考える方が理に適ってる。
さらにリシテアは思い違いも重ねて、最近の彼は至る所でフラグ乱立しているようにしか見えなかった……。
「はあ? 一人で行ってきたに決まってるだろ」
「……正気ですか? 甘いもの嫌いを克服したのは最近で"わたしのおかげ"ですし、フェリクスが一人で行ける場所じゃありませんよ。誰かと一緒なら考えられますけど、あんたの好みを知ってる方ほど誘うと思えません。正直に言ってください、誤魔化すのはよくありませんよ!」
探偵のように追及するリシテアにフェリクスは腹を立てるも、言い分が尤もなのでまたも舌打ちして言葉を詰まらせる。
彼自身、嫌いなお菓子の祭典に行ってきた事に驚いている。何故、足が向かったのかも未だ理解不能だ。それでも理不尽に感じた。一番貢献してて、誰よりも楽しんで幸せになれる人が、指を咥えて何もできない現状が──。
「変だろ……」
「そうですね、フェリクスが一人でお菓子祭りに行くのは」
「そうじゃない。お前達が討伐したから祭りが開かれたんだろ。その功労者が参加できないのは理不尽だろ」
リシテアは何も言えなかった。日頃から冗談を言わないフェリクスの真剣な想いが伝わり、自分のことをよく考えてくれていたことに驚く。
その真意は何なのか、どうしてそこまでするのか、と気になるが、彼なりの誠意を受けてリシテアの胸が熱くなっていく。
「だから、代わりにお菓子持ってきてくれたんですか……?」
「そうなのか? よくわからんが、そうじゃないのか」
「曖昧なんですから……ふふ、しょうがない人ですね。ありがたく頂きます! わたしの一押しのパイがあって嬉しいです」
「たまたまだ。俺には良し悪しがわからん、言われるままに買っていた」
店員達の押しの強さと長い間甘い香りの中にいたのを思い出したフェリクスは顔を顰める。
そんな様子に、リシテアはつい笑みを浮かべる。いつもより仏頂面で剣呑な顔をしてお祭りにいたと考えると、とても不似合いでおかしくなってしまう。
「でも、まさか一人でお菓子の集いに行くとは思いませんでした。これで甘いもの嫌いが払拭されましたね!」
「二度と行きたくないが……」
「果敢に挑むのはあんたらしくて良いですが、やはりまだまだお菓子愛好家としては未熟です。今度はわたし直々に指導してあげましょう!」
「二度と行きたくないと言っているんだが」
話を聞いていないのか、聞いてるけど無視してるのかわからないが、リシテアはフェリクスにお菓子布教を勧める。食べ損ねるはずだった名産果実のパイと共に。
「あっ、美味しいです! 見た目より果物がたくさん入ってて、甘さも控えめですよ。フェリクスも食べてみたらどうですか?」
「要らん。食わなくても甘い」
「あら、そうですか。ふふっ、なら今度はあんた向けに作ってみましょうか。甘さ控えめのレシピがだいぶ増えましたし」
得意げに胸を張るリシテアをフェリクスは彼女の口に付いてるパイ生地と一緒に見つめる。お菓子を頬張ってる姿は子どもらしく、年月を経ても変わらない甘味な笑みを浮かべていた。
なんとなく、訓練所でお菓子を隠れて食べて幸せそうにしていた出会いを思い出してしまう。あの時も幸せそうにしていた……。
「な、なんですか……じっと見られると食べ辛いんですけど」
「よく食えるなと感心していた。ただのお菓子で、そうも幸せになれるものかと」
「ただのお菓子じゃないです! あんたは知らないでしょうけど、この果物のパイって滅多に手に入らないんですよ。今回みたいな大収穫でなければ食べられないと噂されていたんです」
「よく知ってるな」
「ええ、以前から目を付けてましたし、討伐の際に聞いておきましたから。このような美味しいお菓子が無くなるのは許せない……ゴホン、近隣の方々を守るのも大事な任務です!」
無理のある取り繕いにリシテアは罰が悪そうにして、食べかけのパイをまた口に入れる。子どもっぽいと思われないか心配するが、フェリクスはむしろ納得していた。私欲が混ざるとやる気が出るものだ、と。
「祭り、行けなくて残念だったな」
「いいですよ。こうしてフェリクスがお菓子を持ってきてくれましたし、落ち着いたら定期的に開催したいと言ってましたから」
「そうか。なら──」
次の時に行こう……それは言葉にならなかった。もう二度と行かないと決めていた嫌いな甘いものの祭典に行きたいと思ったのかわからなくて、フェリクスの中で戸惑いが膨れ上がる。
でも、不快と思っていない、ただ口にするのは奇妙でむず痒い気がした……それに、リシテアは先の話をするのを避けている節がある。今この場で言うことじゃない、と都合の良い理由を見つけて安堵する。
そんな葛藤を繰り広げてるとは知らず、突然沈黙するフェリクスにリシテアは訝しげる。
「フェリクス? どうかしましたか?」
「…………何でもない」
「それならいいですが。あんたも一口くらい食べてみたらどうですが? なかなか食べれない逸品なんですよ」
「何度も言わせるな。お前以外が作った菓子など甘ったるくて食えん」
「っ?! で、でも!最近は……食べてるんじゃないですか? よく貰ったり、お茶に誘われているようですし」
何でもない風を装って、気になってたことを問いかける。心臓が激しく脈打つ中、問いかけられた彼は呆気なく答えた。
「そんなことがあったか?」
「ありましたよ! 忘れないでください!」
「そう言われてもな……美味いと思ったら記憶に残る。覚えてないなら食えなかったんだろ」
「どうしてそうなるんですか! 色々と失礼ですよ、人の好意を何だと思って……いえ、フェリクスらしいというか。ま、まあ、あんたの記憶に残らないのなら良いというか……わ、わたしのは美味しいと思っていたようですし!」
怒っていいのやら安心したのやら嬉しいやらとリシテアの心は複雑模様を描く。美味しいと思っていたのならいいかな、わたしのお菓子以外は覚えてないなら……と絆されていく。
「いいでしょう。今回は不問にしてあげます」
「何の話だ」
「こちらのことです。あんたのお菓子嫌いは許せませんが、わたしの作るお菓子しか食べないなら一時免除にしても良いです」
「……さっきからそう言ってないか?」
とりあえず、これ以上フェリクスに追求するのは無粋だ。お菓子を食べる時は至福のひと時を味わうのが一番なのだから。
「うん、美味しいですね! はぁ~この至福のひと時のために生きています」
「大袈裟な」
「甘いもの幸せになれない方がおかしいんですよ。まあ、フェリクスもようやくわかってきたようですけど」
「……さあな」
パイを食べ終えたリシテアは、新たなお菓子に目と手を伸ばしていく。顔をほころばせてどれにしようか悩み、無邪気にお菓子を食べていく様子をフェリクスは隣で眺めていった。
彼女の言う、甘いものの良さはまだまだ理解不能だ。けれど、至福の時に関しては理解し始めていた。お菓子によって見れるものがある、と。
甘いものによって齎される幸せの時間は、たしかに存在した──。
余談だが、この後リシテアは体の重量としばらく向き合うことになった。