夢現(ゆめうつつ)『ハクオロさん、起きて下さい。もう朝ですよ』
……なんだエルルゥか。もう少し寝かせてくれないか?
『ダメですってば。ほら起きて下さい』
……いいじゃないか。もう少しこうしていたいんだ。
『……仕方ないですね。……少しだけですよ?』
さらさらゆれる彼女の髪を撫でて、優しく頭を撫でて。
そんな、夢とも現ともつかないようなまどろみの中、瞼を開けて――。
「ん?」
きらきらと輝く朝日の中、ハクオロはいつものように目を覚ました。いつもと変わらない禁裏の寝台の上で、さっきまで見ていた夢と目の前の光景とを理解しようと何度も瞬きをする。
確かエルルゥが起こしにきたはず、そして私は微睡の中で返事をして彼女を抱きしめて頭を撫でて……そうハクオロは思っていた。そのはずだった。
だが、今目の前で眠っているのはエルルゥではなく何故か隣にいるベナウィの姿。
「ええ?」
困惑したハクオロが起き上がっても気がつかないほどに、彼はぐっすりと眠っている。さらりとゆれる黒髪から見える瞼の下に、わずかに見えるクマが彼の生活を思わせていた。
エルルゥが朝餉の支度で手が離せないからと、ベナウィにハクオロを起こして欲しいと頼んでいたことなど彼は知る由もないが、夢で見ていた光景が違っていたことはなんとか理解した。
ベナウィは昨夜も遅くまで仕事をしていたのだろうかとハクオロは苦笑し、さて起こしてやらねばとそっと肩に触れようとしたその時。
「ん……せい、じょう……」
自分を呼ぶ寝言にハクオロはどきりとする。まさか夢の中でまで私と政務をしているのか? 困った奴だと息をつく。けれどもう一度せいじょう、とベナウィが口にしなんとも緩んだ笑顔を見せてきた。その子どものような表情に、ハクオロはわずかに驚きそして目を細める。
普段なら見ることのできない彼の心が、気持ちが、そこにはあるように思えて。
まるでエルルゥやアルルゥが見せる、家族のような微笑みと同じだと、そんなふうに。
――ああ、彼はきっと今、幸せな夢を見ているのだ。
これで良かったのかと後悔することもあった。けれども彼が、今の自分を幸せだと思っていてくれるのなら。
「そういった顔は、起きている時に見せてくれ」
ハクオロはそっとベナウィの髪を撫で、静かに囁く。
開いている窓から涼しい朝の風が訪れて、二人に挨拶をした。