As you likeとりあえずなんというか性欲というものは厄介なものなのである。
そしてさらに厄介なのが、同性の恋人がいる、…といえば別にそれは対して厄介なのではないが、同性だろうがなんだろうが当のその相手がちょっとアレだから厄介なのである。
すぽ、っと盧笙は綺麗な方の手でイヤホンを取った。
イヤホンでガンガン大音量で動画の音を聞いていたのだが、途中からガン!ガン!という金属音も玄関から何回か聞こえていた。
何が厄介かと言うと相手は何せ大忙しのスーパースターとかいうやつで、スケジュールが不定期であり、あとこの家の鍵を何故か大量に持っていることである。
なのでまあこういう事は向こうの深夜ラジオがある曜日にやればいい話なのだが、実際出来る限りそうしたいのだが、まあ性欲というか頭のモヤモヤ〜というか、そういうのは不定期で不意打ちで来るから困る。人間の三大欲求ってのは本当に厄介だ。
なので出来る対抗策はドアチェーンである。
こういう時同棲しとるカップルとか結婚しとる夫婦とかどないしてんやろ…とぼおっと倦怠感感じる体で、ぽい、っとテッシュをゴミ箱に放りながら盧笙は立ち上がった。
そのままキッチンへ手を洗いに行き、そして盧笙はジッと玄関のドアを見た。
ドアチェーンでガードされなかったわずかの隙間、見慣れた靴の先がコンニチワしていた。
「こないだ叫んだら殺すって言われたからちゃんとそれ守って叫ばんかった俺エライ思わん?」
「扉ガンガンさせんかったらもっとエラかったな。どうしてこんな目にあったと思う?」
「22時半には盧笙のスマホが自動的におやすみモードなるから」
「ちゃうな、事前連絡せんかったどっかのアホが悪いな」
「ええよ、気にせんで。」
「悪いけど全く気にしてへんわ。」
「玄関チェーンをペンチるのは最終手段やと思ってるから俺は。でもな、ネット検索したらチェーンロックの外し方って動画出てきてな、こっちはそれ見てやってみよ思って頑張ってたから別にもうちょっとなされてても良かったで。意外や思われるかもしれんけど、俺はAV鑑賞は浮気やとは思わな」
盧笙は大股、五歩で玄関に向かい、突っ込まれていた靴を蹴飛ばし、しっかり石鹸で洗った手で無理やりドアを閉め施錠した。
ちょっとイラッとしたので。
そのまま数歩バックし、壁にもたれながらドアをジッと見る。鍵が回る。
「でもまあ、なんていうか、折角来たんやからオマネキしてくれても良かったんちゃう?とは思うよ俺やって」
「今日は」
「月曜日」
「定義的に?」
「平日」
「平日の俺は?」
「23時には寝る」
「お前のプレイスタイルは」
「盧笙大好き♡」
「ちゃう。ねちっこい、しつこい、めんどくさい」
「俺性欲薄くて有名やねんけどなあ…」
「それお前の口からしか聞いたことない」
「えっ、俺誰かに性欲魔神って言われとるん…?」
「身を持って知っとる」
「……今のはキた。」
「お帰りください。」
今度は3歩。ドアを閉めガッ、と鍵を回す。
眺める。ドアが回る。
「昨日泊まってったよな。」
「昨日泊まったからって別にええやん翌日来たって。スケジュール空いとるなら全振りスタイルやで」
「あの立派なタワマンに謝れ」
「セキュリティーの観点から逆に盧笙が俺ん家のタワマンに謝るべきやと思う」
「なんでやねん。」
「あ、ツッコミキレないな、眠いん?眠いか」
「眠い。帰れ」
「帰るわけ無いやん。ここで盧笙が俺に愛想尽かしてベットでスヤスヤするとするやん、したら俺はまず最近どっかで名刺もろた週刊誌の記者匿名装って呼ぶ、で、来たなあ思ったタイミングでさっきの動画見ながら再びこのチェーン破りにトライや。…もうちょっとで行けそうやねん…」
「…。」
「この部屋に住んでんのが例えば若い新人アイドルちゃんとかやったら一発でぬるさら御用やろうけど、残念ここに住んどんのはぬるさらがだ〜い好きな元相方でチームメイトで成人男性の躑躅森盧笙さんやから、まあ、せいぜい〝ぬるさら 深夜の泥酔劇場〟みたいな感じでオモロ〜みたいな記事で終わるやろうな。ほんでここん家の外観がネットとかで全国配信されてもうて、俺の追っかけちゃんらがここのドア前で出待ちはじめて、んで盧笙最終的に俺ん家に引っ越すしかなくなるんちゃう?」
「眠いから半分しか聞いてへんけど、相変わらずお前が元気なのは分かった。」
盧笙はいつまでも玄関で立ってるのもめんどくさくなり、数歩、キーチェーンを開けた。
「そこで怯えへんから俺も頭おかしくなるんやで、ええかげんにしてくれ」
イヤホンをケースに仕舞いながらブツブツ言う簓を置いて盧笙はリビングに向かう。
簓は盧笙が構うと延々話し続けて眠らない3歳児みたいなところがあるので寝床に引きずり込んで両頬を挟んで黙らせた上でジッとさせておくのがお互いに健康的な睡眠を確保する上での最適解、と盧笙は知ってるので速やかに寝る準備に入る。明日持っていく鞄の中身良し、目覚まし良し、あとスマホ、そして簓のスウェット。
ぐーっと伸びをして盧笙はそのままベットに向かい、手にしたスマホを枕元の充電ケーブルにつなげる。
俺やってこんなん流石におかしいとは思とるわ自分でも。誰に言われんでも、本人から指摘されても。
でも楽しいだとか、さっき見た動画の内容見つつもガンガンドア鳴らしてた相手を連想しながら最終的にキモチヨクなってしまったのだとか、そういうのがあるから結局こっちも同じぐらいイカれてしまう。
恋ってめんどくさ。わーわーいうなら色々どうにかせえボケが。
…と、内心ちょっとキレながらも、お互いの健全な睡眠のため、盧笙は両手をスタンバイさせて簓を待つのであった。