ティンときたやつの供養のやつ。「おっさんって"エイユウ"なの?」
── そう言われた時、体温が少し下がるのを感じた。
その冒険者と出会ったのはザナラーンの片隅で、サボテンダーに生きたままかじりつこうとする位腹が減っていたらしいのをぎりぎりで止めたのが最初だった。
初心者冒険者らしくズタボロの装備で地図を変な方向に読んでいたのがあまりに不憫だったからつい世話を焼いてしまったら、流れで妙に懐かれてしまった。
おっさん、おっさん、とまぁ無礼も大概だが、それでも自分がどう呼ばれているかよりも単純な【いい人】として認識されているらしいのは随分気が楽だった。
── 自分が英雄などと持て囃され始めてから幾分か経つ。
最初こそ面映い様な気持ちだったが、そこに過度な期待、尊奉、皮肉、畏怖、侮蔑まで乗ってくるのが分ればそんな接頭辞は荷物以外の何物でもない。
だからこそ、この世間知らずの子供の様に無邪気な冒険者からそういう目で見られるのは正直言ってかなり、堪えるものがあった。
アイリスパープル色の瞳はどこか空虚だが、真一文字に結ばれた唇からは真剣なものが感じられる。
「それってさ、"じきゅう"いくらくらいのおしごと?」
真剣な顔で彼女はそう尋ねる。
ん?じきゅう?
「── は?」
「もうかる?ウハウハなる?」
いくら、とはどういう事か?もうかる、とは要するに賃金の事だろうか?
合点がいくと、とにかく面白くなって思わず声を上げて笑ってしまった。
「ウハウハ、って、クク…オマエ、なんだそれ!」
「おぉぅ?!ぼくはねぇシンケンにきいてるんですけどもぉー!?」
手足を振り回しながら彼女は全身で不満を表現してみせる。
その態度は出会った時と少しも変わらない。
失礼で、無遠慮で、人懐こいままだった。
「大して変わらないさ、オマエと同じくらいだ。」
「なぁんだ。じゃーエイユウにはなんなくていっかぁ。」
「やめとけやめとけ。それになりたくてなるモンじゃない。」
簡単に言ってくれる、と殊更に可笑しくなる。
彼女の様な冒険者が英雄だなんて呼ばれる世界は一体どんな風だろうか?
彼女の小さな肩に権謀術数や無責任な運命がのしかかると思ったら酷く残酷に思えた。
でも彼女程に楽観的なら何を言われても「ふーん」と聞き流して、世界のひとつふたつひょいと掬い上げてしまうのかも知れないなんて思ったりもした。
つまらない冠など、譲れるものなら譲ってしまいたいくらいだ。
しかし当の本人はそーなんだと、もうすっかり英雄なんて物に興味を失った様に自分の財布の中身を数えながら難しい顔でうんうん唸っている。
「金が入り用なのか?宵越しの金は持たないなんて格好付けてのたまってたオマエが?」
「ふっふっふ…。あのねーぼく、おウチかおうっておもったんだー!にわにモヤイをたぁっくさんおくんだ!」
ニカっと笑った顔は夏の海の様に晴々としている。
きっと友人連中の誰かに自慢されて自分も欲しくなった、とかそんな所だろうか。
呑気なもんだ、と短く切り揃えた髪をぐしゃぐしゃかき混ぜる様に撫でくりまわすと「ちぢむ〜!」と抗議の声が上がった。
「変なインテリアは苦情が来るからやめておけ。」
「えぇーーーー!!」
── 変な自覚があるならやるな。