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    kazuha

    ドラロナ/R18作品の高校生を含む18歳以下の閲覧禁止・年齢制限は厳守で🙏/進捗は定期的にお掃除/文も絵も混在/なにかありましたらTwitterまで

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    kazuha

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    07/23の2種目新刊「DAYS」のメインサンプルです
    怪我ロくんが見る夢の話(ドはあまり出てこない)不穏→別離も死も経由しないタイプのハピエン小説
    A5サイズ/36P(WEB短編2作の修正版再録含む)/イベント頒布価格500円/全年齢小説

    DAYSきみがいる うつくしくも はかない せかい。

    【DAYS】


     ふわふわと心地よい夢のなか。ゆらりと揺らめく水面から、真っ直ぐ天空へと指先を伸ばす。浮かんでいるのは、ぬるい温度のだだっぴろいどこか。ここがどこかだなんて疑問にも思わぬままで、広く心地よい世界にひとりで浮かぶ。

     ああ、夢だな、と思った。働かない頭で、自分が独りでいることの違和感だけが暗い靄のように伸ばした指先を重たくさせた。
     休む間もないほど騒々しい世界は遙か彼方で、この世界にはなんの音も匂いも有りはしない。天空には白い陽が君臨しているのだから、あれらは表へ出てこれないのだろう。
     あれが居ないのなら、やはりここは現実ではない。強く確信を抱いて、水面から空へと伸ばした指をぎゅっと握り込んだ。
     浮かぶままに任せて脱力していた身体の中心に意識を向けると、自分の周囲にあるのがぬるい温度の水などではなく、底冷えのする恐ろしく冷えた水中であるのだと気づく。天に向けて握り込んだ拳を勢いよく振り下ろすと、破壊音のあとに白く輝く陽がぐらりと揺れた。
     世界の壊れる音とともに、白い陽が崩れはじめて砂塵が降り注ぐ。凍えるような冷たさを背に感じて、ロナルドは誰かの名を呼んだ。

     そうして、世界に優しい闇が広がった。
     引っ張り上げられるようにして、白い世界へと放り投げられた……ようだった。意識が切り替わって目覚めた先、見知った色の白い光が目に痛い。思わずぎゅうっと瞼を閉じて、馴染みのない冷たいものが身体に触れていることに気がついた。そっと指先で確かめると、触れているのは薄手の布地であるのが分かる。意識を集中させながら息を吸い込むと、他人行儀な消毒液の匂いに気がつきそっと息を吐きだした。鼻腔を刺激する消毒液の匂いと……薄く冷たい布は清潔なシーツで、先ほど自分の目を焼いたのは病室の天井に据えられているLEDライトなんだろう。
    「……っ、ごほ、ご……ふっ、」
     声を上げようと息をして、喉の奥のいがらっぽさに思い切り噎せて咳き込む。何度も咳を繰り返すと、酸素が不足した身体にぶわりと熱が駆け巡った。涙目になりながら今度はそろりと瞼を開いて、滲んだ世界を見渡した。
    「……あ、」
     ぼんやりとした視界の端に、点滴がぶら下がっている。目が覚めたのは、やはり病院の個室らしかった。

     どうしてここに?
     どうしておまえはここにいないの。
     やっぱりこれも夢なのだろうか。
     ――ここには匂いも音も、感触もある。
     ――それなのに。
     ――おまえが、ここにいない。
     ――だったらこれも夢であるはずだ。

     短絡的な思考でこれも夢であると決めつけ、今度はどうやって目覚めようかと一思案。夢の中の夢を目覚めさせる方法なんてひとつも思い浮かばず途方にくれた。現状を少しでも理解しようと、意識を自分の身体へと向けてみれば、先ほどの夢とは違ってあちこちが痛い。全身どこかしらに痛みが散らばっているせいで、個別にどこがどう痛いのかまでは判らなかった。
     今この世界は何時なのだろう。薄目をあけて見渡せる範囲に時刻を確認出来るものも日付を把握出来るものないようだ。着ているものは、たぶん簡素な入院着だろう。遠くかすかに風の音が聞こえるから、外の天気は曇りだろうか。外の気配とは反対側にあるだろう廊下からは何の音も気配もないのだから、今は夜なのかもしれない。この部屋のライトが灯っているのだし、あまり遅い時間でもないのだろう。全身に広がる違和感のような怠さと痛みで、指先ひとつ動かすことが面倒だ。訓練で鍛えた五感で周囲の様子を伺って、自分の状況を無意識に把握しようとしてしまうのは、退治人業がしっかりと板についている証拠だと思って笑みがこぼれた。
    「……く、」
     笑む吐息に紛れて零れたのは、いつも隣に在る騒がしい気配の名前。ここに何故あいつがいないのか。いないのならば、きっとこちらも夢なのだろうと思うほど近しい相手。煩く面倒で、邪魔ばかりする優しい俺だけの吸血鬼。
     ――顔が見たい。声がききたい。あいつの作ったご飯が食べたい。愛らしく鳴く使い魔を撫で、それから、それから……。
     白く空虚な病室なんかじゃない、暖かさと愛すべき騒音に満ちた、あの事務所に帰りたい。
    「……ぁ、」
     頬をぬるい温度が伝って、ロナルドは自分が泣いていることを知った。

     ――帰りたい。
     今すぐに。
     ――さみしい。
     どうして俺は独りなんだろう。
     ――会いたい。
     なあ、ドラルク。おまえは今、どこにいる?



     人気の吸血鬼退治人(ヴァンパイアハンター)ロナルドが病院へ緊急搬送されたというニュースは、退治人ギルドと吸血鬼対策課へとすぐさま伝わった。狼狽する者、身を案じる者。それ以外にも今回ばかりは疑問を呈する者がちらほら散見された。退治人ロナルドは、若くして成功をおさめた実力者である。普段は笑いのネタか頭痛の種にしかならないような変態ポンチ吸血鬼ばかりと相対しているように思えるものの、俊敏性においても吸血鬼に対する知識においても、何よりも臨機応変に様々な戦闘に対応出来るだけの能力があった。誰をも納得させるだけの力と、自身の肉体に裏付けされた確かな武器の扱いを身につけた者など滅多に居るものではない。心優しい性根、確かな信念、人懐こい表情……そして何よりも吸血鬼に対して懐を開くだけの度量。これらは世間から見て希有な人材であった。
     そんな男が――ロナルドが、血の海に倒れ伏していたのだという。赤い退治人衣装はかぎ裂きだらけの襤褸(ぼろ)布のような有様で、けれども彼の肉体のどこにも致命傷と呼べるような傷は存在しなかった。多量にある傷口は全てが浅く、血だまりが出来るほどの失血をしていたにも関わらず、太い血管のいずれも傷ついてはいない。骨には小さなヒビが見つかりはしたが、異常とも呼べるほどの大きな損傷は体中を検査しても見つからない。彼の怪我の内訳は、擦り傷よりも深い程度の切り傷が無数にあること、打撲の痕跡がいくつか。小さなヒビの入った骨も数は多いものの特筆するほど多くもない。彼に何があったのかを知るものはどこにもおらず、相棒である吸血鬼の姿も見当たらない。この街で一番人気を誇る使い魔さえもが姿を消して、真相は闇の中だ。誰かがこぼした「あの吸血鬼がやったのだろう」という力ない声は誰も信じることもなく、真相を知り得ない者たちの自嘲としての役割だけを与えられてから、あっという間に時間だけが過ぎていく。



     血まみれで倒れていた吸血鬼退治人ロナルドが意識を取り戻したのは、発見されてちょうど一週間目のことだった。
     退治人ロナルドが目を覚ました。明るいニュースは人々の心を明るくする。一週間ぶりに目を覚ましたとの報せは、あっという間に新横浜の街に広がった。次々と見舞いに来る人々へ表情を綻ばせた退治人は、自身が倒れた日の記憶をごっそりと失っていた。どうしてそうなったのかと問う人々の疑問に、ロナルドは眉を寄せて首を振り「ごめん」と謝るだけ。解明されない真実が歴然と目の前にあることにも、周囲の人々は楽観的だ。生きて戻り、命にも退治人生命にも影響がないというのだから御の字であるという見解だ。分からないものをいくら探したところでどうにもならない。現場にはロナルドの血痕と衣装の切れ端が見つかる以外の発見はなく、吸血鬼の仕業にしては地面に流れたままの血が放置されていたことで、捜査は早々に頓挫した。何よりも被害者であるロナルドがその当日のことを何も覚えておらず、捜査を進めるにも取っかかりのひとつもないからだ。
     目が覚めてからのロナルドは、じっと窓の外へと視線をやって「いつになったら夢は覚めるんだろう」なんてことをぽつりとこぼすのが見舞いに来た縁者たちの頭を悩ませた。
    「もう目は覚めただろう」
     誰もが異口同音にロナルドへと返したが、ロナルドは不思議そうな表情(かお)で小首を傾げて、
    「じゃあ、なんでここにあいつが居ねえの」
     と、迷い子の顔で言うものだから、彼の相棒兼同居吸血鬼の行方を知り得ない者たちは口を噤むことしか出来ない。
    「ここが現実なんだとしたら、ここにあいつが居るはずだろう?」
     確信を持った幼子の声でそう言われてしまえば、肉親であろうともお手上げ状態である。皆が一様に力なく頷いて、彼の病室から自然と誰もが足を遠のかせていく。見舞い客が日を追うごとに減っていくことにも頓着せず、ロナルドはじっと窓の外を見て過ごす時間を過ごしていた。
     傷がすっかり癒えても、何故だか退院の許可が下りなかったことにもロナルドは軽く頷くだけ頷くだけで、理由を問おうともしない。彼がずっとどこかへと帰りたがっていることを知る実兄も、その「どこか」は弟が「目を覚ましたい」とこぼす先だということに耐えられず、遠のきがちだった足をぴたりと止めた。

     不思議なこともあるものだ、とロナルドは思う。あいつが傍に居ないこの世界を、皆が現実だと繰り返す。有り得ないことを繰り返し言い続けられては、どうにもうんざりしてしまう。ロナルドからしてみれば、こんな空虚極まりない世界が現実であるわけがない。ロナルドが繰り返すたび、皆が皆、哀れむような目でこちらを見るのがなんとも居心地悪くて仕方がない。
     俺の隣にはあいつが居るべきで、あいつの隣には愛らしい丸と俺が揃っているべきなのだ。これこそ揺るぎのない事実のはずで、こちらにあいつと可愛い丸がいないのならば、俺にとってこちらが現実じゃないということだ。と、――ロナルドは迷うことなく心の底から信じている。だからロナルドは待ち続けている。自分にとっての在るべき場所へと目覚める時を。
     迎えにさえ来ない薄情な同居人を恨めしく思いながら、ロナルドは今日も窓の外を眺め、目覚める瞬間を待ちわびていた。


     夢、というものには種類がある。
     ――こうあればいいと願う夢と、眠りながら見る夢だ。
     眠りにも種類がある。
     ――自発的な眠りと、外部からもたらされる夢だ。
     病室の白っぽく素っ気ないLEDライトに、ロナルドは自分の掌を翳した。手入れも碌にしていない爪が見慣れない長さに伸びている。いつ欠けたのか、両指とも知らぬ間に不揃いにがたつく爪を眺めて、ロナルドは赤に塗られた爪の先を思い出していた。


    「出来る男は、爪の先まで美しいものなのだよ」
     丁寧に削られ磨かれた爪にロナルドの衣装とよく似た赤を広げながら、自慢げに微笑む顔をよく覚えている。独特の匂いがする塗料を細筆にとり、人間(ひと)とは違う血色の悪い指先が器用に彩られていく様を眺めるのが好きだった。赤と言っても多彩な色味のマニキュアのうち、ここ暫く彼が贔屓にしているのが、自分の衣装によく似た赤色だった。指先に自分の象徴があるようだと思えて、ロナルドの胸が温かさで満ちていく。
     ――まるで肌身離さず、自分が傍に在るようだ。
     ゆるやかに染められていく爪を見ながら、そんなことを考えるのが好きだった。
     あいつのコレクションの中には吸血鬼の瞳によく似た赤色のマニキュアもあって、密かに憧れていたこともバレていたのかもしれない。ロナルドは一度だけオータム書店の企画で吸血鬼の衣装を着たことがある。コンビとして認知されているからなのか、なんとはなしに同居吸血鬼を彷彿とさせる衣装が用意されていたことに内心浮かれていた。隠しきれない童心が擽られて、ばさりとマントを大きく翻すと素っ気ない自分の指先が気になった。じぃっと手指の先を眺めていたら、存外柔らかな声音で「ほら、貸してみろ」と指を取って控室のソファへと導かれた。何をするのかと相手の動きを座って待つと、そっとロナルドの足下に痩躯が跪いて驚く。恭しく掲げられた自分の手が、まるで高貴なもののように見えるのが擽ったい。あいつは――ドラルクは、気障ったらしくこちらの指先に唇を寄せ、悪戯っぽく笑い――懐から小瓶を取り出して揺らした。
    「今日の君には必要だと思ってね」
     揺らされた小瓶には、憧れた赤色。ゆったりと揺蕩う液体と同じ色の目が、楽しげに細められてロナルドの心臓が跳ねた。うるさく脈打つ己の心音をBGMにして、彩られていく指先と器用に動く指先を見ていた。伏せられた目元、痩せた頬、ゆるく弧を描く薄い唇。撮影用に用意された衣装に着替える前の……マントとジャケットを脱いだ姿。高貴な従者のように片膝をついて、無骨なロナルドの手を恭しく取り彩っていく様子は、何かの魔法でもかけられた世界に居るようだと思った。

     楽しい日々の記憶は色鮮やかに。美しい宝石の煌めきをもって、ロナルドの胸を焦がし続けている。
     ――早く、早く。
     あの場所へと帰りたい。

     こちらで目覚めてからどのくらい経ったのか。それより以前に見ていた独りの夢も含めてしまえば、いったいどれほど長く眠っているのだろう。ロナルドが眠りについてしまって随分な時間が過ぎたはずなのだから、きっとメビヤツが寂しがっている。ジョンだって共に食事をとる相手が居なくなって寂しく思ってくれているに違いない。あいつは……ドラルクは、言い合う相手が目覚めなくなってしまったのなら、どう思うのだろう。

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