おやすみ天使 うとうと、自宅の自分のベッドの上で横になっていた。手を伸ばすと、隣に美しいひとが同じように横たわっている。やわらかい金髪がふわふわの枕の上に広がって、とてもきれいだ。海のようにきれいな青い目で、ボクをまっすぐ見ていた。
「え、英智さま!? なんで……?」
「なんでって、僕たちは結婚したばかりなんだから、同じベッドで寝るのは当然だろう?」
「え……ええーっ!?」
初耳である。ボクは寝ている間にこのひとと結婚していたのだろうか? そんなわけ、ないよね?
そっとボクの髪を撫でながら、少し目を細めてあなたは呟く。
「一緒にいられる時間が増えて嬉しいよ、桃李」
「ボクも……嬉しい!」
このひとと一緒にいられる時間が増えること、それは、純粋に嬉しい。この美しいひとの姿を、いつも追っていられるから。大好きなこの人に、頭を撫でてもらえる。
でも結婚?
「せっかく、夜に二人でいるのだから……」
えっ?
一体、何を言うつもりだろう。どきん、胸が高鳴る。頬が熱くなって……。
「大富豪でもしようか」
「え、ええーっ!?」
盛大にずっこけてしまう。
いや、大富豪って……。学校のみんなと旅行に行く前じゃないんだから……。まず二人でやるものじゃなくない……!? などいろいろな言葉が頭の中をぐるぐる回るが、言葉を紡ぐより先に目の前の人が口を開いた。
「いや、二人じゃ面白くないよね……。桃李は何がしたい?」
英智さまは少し楽しそうな、それでいてギラギラしてはいない、やわらかい表情だ。まるでちいさな子みたい。
……ああ、思い出した、結婚のこと。
少し前に、ボクはこの人にそんなことを言われてびっくりしたんだった。このひととボクの妹とのお見合いのときに、「僕と桃李が結婚しても」だなんて。
大好きな、このひとに……。
冗談でも、結婚、なんて……。
そうか、これは夢だ!
ボクの想像できる範囲のことしか起こらないんだ、これからも。だから、大丈夫だ。
何が大丈夫なんだろう?
ボクは一体、何を期待しているの?
「英智さま、明日も早いよね。早く寝ちゃお! おやすみなさ〜い」
寝ちゃうのが一番いいと思う。寝たら、きっと目が覚めると思うもん。
「そうだね、眠ってしまおうか。これからも、しばらくはこういう生活が続くのだから」
長い指がボクの髪をやさしく撫でる。
「もっとこっちにおいで。抱っこしてあげよう」
いつもと変わらないやさしい笑顔とやさしい言葉に、ボクはびっくりしてしまった。
「ここでいま抱っこはだめじゃない!?」
「どうして? 何がだめなのかな?」
「だって、それって、もう……」
そんなの、言えないよ。
結婚していて、おんなじベッドで抱き合うなんて、そんなの……。小学生でもわかるよね?
言ったら、かわいいボクじゃなくなっちゃうよ。
頬が熱い。きっと真っ赤になっている。
目をあげれば、いつもと同じ優しい微笑みが目の前にあった。少し細められた、きらきらと光る青い瞳は真夏の海面のよう。なんてきれいなんだろう。
半月型に両端の持ち上がった唇が、天上の音楽のように美しい声で言葉を紡ぐ。やさしい声で、そっと……。
「聞きたいな。言ってごらん」
ああ、これは、単なる意地悪だ。だって、どんなことを言われるのか、答えはわかっているんでしょ。
胸がどきんどきんと激しく高鳴る。身体中から、汗がいっぱい出ているのがわかる。
ボク……。この人にこんなふうに扱われたかったのかな……。目を閉じて、息を吸い込む。
*
「えっ、えっち、だから!」
「坊っちゃま!」
目を覚ますと、泣き黒子のある見慣れた顔が心配そうにボクを見下ろしていた。ここは、寮の自室のベッドの上だ。よかった、ボク、目が覚めたんだ。
「弓弦……」
「坊っちゃま……。ひどくうなされて……。どういった夢を見ていたのですか?」
「……わ、忘れちゃった!」
本当はうっすらと覚えている。大好きなひとの、状況を面白がっているときの、微笑んだ顔。
けど、忘れちゃおう。そのほうがきっといいよね。だって、次にお会いしたときにどんな顔したらいいのか、わかんなくなっちゃうもん。
終