初恋いつだったかは忘れてしまったけれど、夜中に2人でプラログラムを弄っているときに
遊星が「少しだけ…肩を貸してくれないか?」と言って僕にもたれかかってきた事はよく覚えている。
えっと…と返事に困っているとそのまま遊星は
すやすやと寝息を立てて眠ってしまった。
大人びているけど、どこか幼さが垣間見える顔立ち、長い睫毛、艶のある黒髪に走る稲妻のようなメッシュ。
見つめているとなんだか胸の音がうるさい気がして僕はそっと目を逸らしプログラムの修正に集中した。
この体中が火照るような感覚…胸が高鳴るような感じ……僕はこの感情をなんて言うのか知らない。
そんな事があってから
2人きりで深夜まで作業する時は
なんとなく肩を寄せあったり、背中合わせになったり、どこか体の一部が触れ合っている事が増えた。
最初は落ち着かなかったけれど、今ではなんだか安心する。
遊星に…チームの皆に受け入れられてるような感じがして嬉しくなる。
が、それはある夜を境に一変する。
その夜遊星は僕の指に自分の指を絡ませてきた。驚いて名前を呼ぶと「ダメか…?」と瞳を覗きこまれた。蒼く澄んだ湖の底のような色の美しい瞳から目を逸らすことが出来ずにそのまま見つめ返す。喉がゴクリと鳴った。
「ブルーノ…もっとお前に触れてみたい」
上手く返事ができなくて、ただただ顔が熱くなる。
……僕はどうかしてしまったんだろうか。
「えっと……いつもみたいに背中合わせじゃダメかな?」やっとのことで言葉を紡ぐ。
「…嫌だったか?」と返す遊星の髪が
ぺしょっとうなだれたように見えて慌てて嫌じゃないと訂正した。
すると遊星はグッと顔を近付けてそっと唇を重ねてきた。
「……あ」気の抜けた声が僕の口から漏れる。
(これは…キスっていうんだっけ…恋人同士がするやつだよね?……恋人!?)
「ゆゆゆ遊星!!あのっっ…これは……」
「好きだ。ブルーノ」
真っ直ぐに見つめられて顔は耳まで真っ赤に染まったのに頭は真っ白になる。
「すぐに返事をしなくてもいい、驚かせて済まなかった」とそう言うと遊星は何事もなかったかのように作業に戻る。
照れているのか遊星の顔がほんのりと紅潮しているように見えたのは気のせいだろうか。
僕は何がなんだかわからなくて、外の空気を吸ってくるねと足早にガレージを出た。
「あ〜びっくりした……遊星はどうゆうつもりなんだろう」
思わず口から独り言が出てしまう。
(だけどなんだろう、この辺が温かいや)
胸に手を当てて深呼吸をする。
顔を上げると星がいつもよりも美しく輝いて見えた。
それから何となく返事が出来ずにいた…というか
何と返事をして良いかわからなかった。
いつまでも返事をしない僕にいつものように接してくれる遊星。それでも変化はあって、遊星と2人きりで深夜に作業する日は手を繋いだり、キスしたりする事が増えた。
遊星は僕が顔を赤くして困っていると優しく頭や頬を撫でて、それ以上の事はしてこなかった。
その優しさが心地よくて僕は彼を拒まず受け入れてしまう。
遊星に触れられる度に、もっと何かされるのではないかと変な期待をしてしまう自分が恥ずかしくなった。
遊星は僕を好きだと言った。僕も遊星が大好きだ。でも"好き"とか"恋人になる"という事がどうゆう事なのかかがよく分からない。この気持ちは一体なんだろう…
そんな考えがグルグルと頭を巡り、訳が分からなくなり、いつも途中で考える事を放棄して作業に没頭する日々が続いた。
ずっとこんな穏やかやな日々が続いたら良いのに…
そう思っていた矢先、上空に渦巻く巨大な街が現れ、ネオ童実野シティは破滅の危機に晒されることになる。あの上空の街を見ているとなんだか胸がザワザワする。
でも僕は遊星を…遊星やみんなのいるこの街を守りたい。
月日はあっという間に過ぎて、チームのみんなと力を合わせて何とかWRGPを勝ち上がり、やがて上空のあの街に乗り込む事になった。
僕は変身して遊星達と合流し、彼と2人で暗い道をDホイールで駆け抜けた。遊星は僕の正体に気付いていない。
そして暗闇を抜け辿り着いた先で光の玉が僕に近付き、それが放つ虹色の光に包まれた時、僕は全てを思い出した。
「僕だ」
正体を明かした時、驚き動揺する遊星の表情に胸がズキっと痛むように感じた。しかしZ-ONE達と過ごしてきた、彼らと固い決意で長い道のりを歩んできた事も事実。裏切ることなど到底出来ない。
遊星に勝負を挑み、もう後戻りは出来ないと腹を括る。彼との、チーム5Dsと過した穏やかな日常は忘れることにした。
こんな形になってしまったとはいえ、ずっと憧れていた不動遊星との真っ向勝負。
プロのDホイーラーとしての血が騒ぎ高揚した。心から彼とのデュエルを楽しんだ。
このままずっと終わらなければ良い…とすら思うほどに。
そして遊星は僕の予想を遥かに上回る成長を見せて僕を超えていった。やはり彼になら未来を変えられる希望があるのかもしれない…
勝負の末、予期せず2人ともブラックホールに飲み込まれた時、走馬灯のように今までの事を思い出す。
その時ふとZ-ONEと交わしたある会話が頭を過ぎる。
夜遅くまで作業を続けるZ-ONEに珈琲を差し出した時だった。
「アンチノミー、あなたは恋をしたことがありますか?」
突然の問いかけに驚きながらも、「どうしたんだ急に。……無いな。レースに夢中になって気付けば世界が崩壊して...そして君に救われた。振り返ればそんな暇は無かったな。……そういうZ-ONEはどうなんだ?」
と興味本位で聞き返す。
「私ですか……そうですね、もう随分昔のことですから。忘れてしまいました」
どこか遠くを見つめてそう言う彼の表情は哀愁漂うもので誰かを想っているように見えた。
「そうか」
それ以上詮索はせずに2人並んで珈琲を嗜みながら静かな夜を過ごした。
今になってやっとわかった。
ああ…これが恋なのだなZ-ONE。
僕は不動遊星に恋をしていた。ずっと見つからなかったパズルのピースが見つかり、ぽっかりと空いた隙間に当てはまるような感覚に安堵し、同時に胸が痛んだ。
もう遊星と共に過ごすことは出来ない。
自分の役目と自分が本来過去に居るべき存在では無い事を思い知らされる。
……恋とは儚いものなんだな…
それでも遊星には生きて欲しい、Z-ONEを救ってやって欲しい。その手で未来を切り拓いて欲しい。
「行けえええ!!遊星えぇぇぇ!!」
最後の力を振り絞り彼を送り出す。
「ブルーノォォオ!!」
遠くで遊星が僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「遊星...」
彼に届いたかどうかは分からないけれど、
その名を呼んでいた。
ありがとう遊星。
君とはもっと違う形で出会いたかったな。
悔いが残っている筈なのにどこか清々しい気持ちで満たされた。
そして僕は眩い光に包まれた。