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    賀謝⸜❤︎⸝

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    待ち合わせをする冬の日の賀謝。第130章くらいの気持ち。

    ##賀謝

    犬の耳としっぽは仕舞った方が良い 乾燥した皮膚に冬の冷気が突き刺さるような感覚がある。
     寒い、と、無意識のうちにつぶやいていたことに気付いた謝清呈は、零した言葉を誤魔化すようにこほんとちいさな咳払いを落とした。それからふと視線を下げ、手首にはめた腕時計に目を向ける。――たった今、午後四時半をまわったところだ。約束の時間まで三十分もあるという事実を目の当たりにして、謝清呈の眉間に濃いシワが何本も刻まれた。碌に時間を確認せず大学を出てきてしまった自分が悪いことは百も承知だけれど、こう寒いと八つ当たりしたくもなるというものだ。彼の脳内には、待ち合わせ時間と場所を一方的なメッセージで指定してきた男の顔がぼんやりと浮かんでいた。『調査結果を共有したい』なんて、それらしい理由も携えて。……呆れを滲ませ吐いた息は、白い靄となってそっと辺りの空気へ溶けていく。
     寒空の下、律儀にじっと彼を待っているのも億劫だった。謝清呈は彼に指定された場所へ進めていた歩みを止めて、ぐるりと辺りの景色へ目を向ける。この三十分間、暖かい場所で時間を潰した方が幾分も有意義だと思ったのだ。彼の予想通り、目的のものはすぐに見つかった。待ち合わせ相手も、きっとふたりの集合場所には到着していないだろう。それに、冷えた身体を暖めるのにもちょうど良さそうだと思ったから。そういう様々な思考を頭の中でぐるぐると巡らせてから、謝清呈はつま先をそちら――たった今見つけたばかりのカフェチェーン店へと向けて、ふたたび重たい足を動かした。

     犬の耳としっぽは仕舞った方が良い  

     平日の夕方、店内はそれなりに混雑している。大学の近くということもあってか、客の大半は謝清呈よりもずっと若い学生たちだった。――ちょうど、待ち合わせ相手である『彼』と年の近いような。
     注文したホットコーヒーを片手に窓際のカウンター席へ向かった。ここからなら、冷えた窓越しに彼との待ち合わせ場所もよく見える。そんなことをぼんやりと考えながら身に纏っていたウィンターコートを脱ぎ、ふと顔を上げた謝清呈は視界に映り込んだ景色にぴしりと動きを止めた。
     待ち合わせ場所である店の前に、見慣れた横顔が佇んでいる。この距離からでもわかる高い鼻筋に、薄いくちびる、尖った顎。冬のやわい太陽光に照らされ、足元にはぼんやりと長い影が伸びていた。黒のスキニージーンズに白のロングコートを合わせ、大学生らしいショルダーバッグを肩にかけたそのひとは、片方の手をコートのポケットに仕舞い込んだまま、反対の手でスマートフォンをいじっている。――見間違うはずもない、待ち合わせ相手である賀予が、すでにその場所に立っていた。
    「……」
     謝清呈は思わず、カウンターに置いてある買ったばかりのホットコーヒーへ視線をうつした。――まだひとくちも飲んでいないのに。まさか、彼がこんなにも早い時間から律儀に自分のことを待っているとは夢にも思わなかったのだ。ゆらゆらと湯気がのぼる出来たてのコーヒーと、冬の冷気に晒され続ける哀れな賀予へ、謝清呈は交互に目を向ける。それから、すこしだけ思案する素振りを見せたあと、まあこればかりは仕方ないかと頷いて、目前のカウンター席に静かに腰を下ろした。
     陶器で出来たマグカップに薄いくちびるを付けてミルクも砂糖も入れていないブラックコーヒーをひとくち分口に含む。そのままこくりと喉を動かすと、冷えた身体を内側から溶かすみたいに黒い液体はゆったりと彼の中心を流れていった。……無意識に、ほっと息を吐く。
     彼の視線はまっすぐにガラスの向こうの賀予へと注がれていた。退屈そうに自身のスマートフォンをいじってはいるが、ひとり静かに佇む姿は『品行方正な少年』そのものであり、それは、自身の『傷』を隠して社会に溶け込むよう努め続けた少年の『努力の賜物』だった。時折、謝清呈の前で見せる『躾のなっていない獣』のような姿なんて、あの場に立つ少年からは一欠片も感じられないくらい。
     ……だから、今、謝清呈の視界の中で繰り広げられているやり取りも容易に想像がつくことだ。
     退屈を全面に押し出している彼の元へ、ふたりの女の子が近付いていった。長いブラウンの髪を毛先の方だけ丁寧に巻き、流行りのファッションを身に纏う。こんなに寒い日なのに、短いスカートの下からはロウのように白い足がそれぞれふたつずつ生えている。古臭い思考で固められた謝清呈には微塵も理解出来ない装いだった。謝雪が同じような服装をしていたら、着替え終わるまで部屋から出ることを許さないような。
     ここから彼等の会話を聞くことは出来ないけれど、そういう文化に疎い謝清呈でさえあれが『ナンパ』と呼ばれるものであるとすぐに察しがつくくらい、彼女たちの賀予への好意はわかりやすいものだった。スラリと背の高いハンサムな青年がぼうっとひとりで突っ立っていたら、女狐たちが群がるのも当然のことであるらしい。「おにーさん、ひとり? あたしたちと一緒に遊ばない?」「待ち合わせしてるの? じゃあ、連絡先だけ教えてよ」
     女狐たちのターゲットになった哀れな賀予は、外行きの笑顔をぴったりと顔面に貼り付けて、ひらひらと両手を振り何かを口にしている。それがどういう内容であろうと謝清呈の関心事ではないけれど。……結局、女の子たちは何の成果も得られなかったようだ。ふたりでコソコソと何かを耳打ちし合ってから、残念そうに彼の元から離れていく。その姿を最後まで見送って、賀予はふたたびスマートフォンの操作を再開する。――懸命な判断だな、と謝清呈は思った。靡かない男にいつまでも時間を割くことほど、無意味なものはないだろうから。
     賀予たちへ向けていた視線を下ろし、謝清呈は鞄の中からパソコンを取り出した。彼との待ち合わせ時刻まで残り十五分。簡単なメールの返信くらいは出来るだろうと思ったのだ。ここでじっと賀予の様子を観察しているより何倍も有意義な時間の使い方があることに、今更ながら気が付いてしまった。――そうやって社会人らしく、ようやくカタカタとキーボードを叩き始めた謝清呈だったが、頭の隅では、先程の賀予と女の子たちの様子がしつこく流れる宣伝動画のようにくりかえし映し出されている。その理由について考えること自体が無駄であると、謝清呈は一蹴した。

     作業に集中していると、時間が経つのはあっという間のことらしい。
     溜め込んでいたメールの返信を終えた謝清呈が時計を見ると、賀予との約束の時間は残り数十秒というところまで迫ってきていた。何度目かの嘆息を零しながら、パソコンの電源を落とし、ゆっくりと立ち上がる。相変わらず窓越しに見える冬の沪州は寒そうで、そんな中ぽつりとひとりで立つ賀予も流石に冷えてきたのか、いつの間にかスマートフォンの操作をやめて両方の手をコートのポケットに仕舞い込んでいた。心なしかいつもより背中も丸まっているような気がする。そんな彼を一瞥し、ウィンターコートを身に纏った謝清呈は空っぽになったマグカップを手に持ってカウンター席をあとにした。

    「謝哥!」
     冬の花が雪の中で色鮮やかな花びらを開くように、謝清呈の姿を見つけた賀予の顔にパッと笑顔が咲いた。頭にはピンと立った犬の耳、後ろには千切れそうなくらいぶんぶんと振られる犬のしっぽまで見えるのだ。先程までの退屈そうな表情や、女の子たちを相手にしていた外行きの笑顔とは全く違うそれに、謝清呈は一瞬面食らう。――このほんのすこしの気持ちの揺れは、あまりにわかりやすい表情や態度の変化を目の当たりにしてしまったせいだ、と次の瞬間には自分自身に言い訳も零して。
     寒空の下で長い時間を過ごしたためか、賀予の尖った鼻のてっぺんはほんのりと赤く色付いている。ぐるぐると巻き付けているマフラーに顔の半分を埋めていた賀予は、嬉しそうにもう一度「謝哥」と彼の名前を呼んだ。「謝哥、時間通りだね」
    「……君は、ずっと待っていたのか」
     寒そうに鼻の頭を赤くしている少年を前にして、ついそんなことを口にしてしまった。……一瞬、ふたりの間に薄い沈黙が落ちる。賀予の長い睫毛がふわりと揺れて、彼は呆気にとられたようにぱちんぱちんと二度大きくまばたきを零した。それから薄く整ったくちびるをゆるめ、掬い上げるように謝清呈の顔を覗き込むと、うっとりと美しく微笑みかける。
    「うん、待ってた。ずっと良い子で待ってたよ、謝哥」
    「……」
    「今日の沪州はすごく冷えるし、おかげでほら、手も氷みたいになっちゃった」
     謝清呈が待ったをかける前に、彼の長くて骨ばった指が謝清呈の手をあっという間に捕まえてしまう。そして、まるで安い恋愛映画のワンシーンのように十本の指をそれぞれ謝清呈のものと絡ませると、賀予は「ね、冷たいでしょ」と悪戯を仕掛ける子どもの顔でそう言った。
    「……離せ」
    「謝哥が心配してくれて嬉しい。すごくすごく寒くて、風邪を引きそうだったから」
    「……」
    「だから、良い子で待ってた可愛い生徒にご褒美をください、謝先生」
    「……」
     無言のまま勢い良く自身の手を引いて彼の拘束から逃れた謝清呈は、尚も機嫌が良さそうににこにこと微笑んでいる賀予をじとりと睨む。調子に乗るな、と。喉まで出かかった言葉を飲み込んで、代わりに、謝清呈は呆れを滲ませたため息を零した。これ以上この話題を続けることに意味を感じられなかったのだ。……何となく、こちらの方が分が悪いように思えたので。謝清呈のそういう胸中に気付いているのか否か、賀予は美しいアーモンドの瞳をそっとゆるめて謝清呈を静かに見つめている。その視線から逃れるように顔を横に背けた謝清呈は、こほんと誤魔化すような咳払いをしてから「……行くぞ」とちいさく零した。
    「うん、謝哥」
     賀予の犬の耳がふたたびピンと持ち上がり、しっぽはぱたぱたと機嫌良く動かされる。思わず、視線を賀予の方へ戻してじっとそれらの幻を見つめてしまった。唐突に動きを止めた謝清呈を不思議に思ったのか、賀予は「謝哥?」と彼の名前を呼んでこてんと首を傾ける。
    「……何でもない」
    「うん? そう?」
     それなら良いけど。口ではそう言いながら、賀予は謝清呈の胸中を探るように彼の桃花眼を覗き込む。至近距離で交わった視線に謝清呈はぱちんと一度だけまばたきを落とすと、繋がった糸を切るようにふと目を逸らし、そのまま何も言わずに賀予を置いて歩き始めてしまった。彼の背中を見つめ、くつりと喉の奥で笑みを零した上機嫌な『犬』は、すぐに『ご主人様』の後を追いかける。――冬に覆われた沪州に、そんなふたつの長い影が伸びている。
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