「ねえクレイ。僕にさ、”しのびあし”を教えてくれないかな?」
皆が寝静まった夜遅く。街の外に呼び出された俺は、勇者であるアレルにそんな頼みごとをされた。
「珍しいな、お前が頼みごとをするなんて。しかも、”しのびあし”だろ?」
盗賊稼業の基本として、幼いころから叩きこまれた”しのびあし”は、魔物との遭遇率を下げてくれる貴重な武器となっている。が、俺と違って、勇者として華々しく生きるであろうアレルには到底似つかわしくないものだ。彼が覚える必要なんて、これっぽっちもないだろう。
俺の問いに、彼は言いにくそうに眼を逸らした。
「…だって、いつも僕が足音立てるから、魔物に気づかれちゃうでしょ?」
「いつもすぐ倒せるじゃねえか。気づかれたところで大して変わらねえだろ?」
「それはそうかもしれないけど…」
そう言うや、彼はそれっきり黙ってしまった。
諦めてくれただろうか。
「じゃあいいだろ、俺が十分カバーできてるんだし。お前まだ十六だろ? 疲れがたまっちゃ元も子もねえ。早く寝ろよ」
そう言って俺は、彼に背中を向けた。その手を、アレルにがっしり掴まれた。
驚いて振り返ると、赤く上気した、思った以上に真剣な顔がそこにあった。
「教えてくれるまで、僕、動かないよ」
俺は思わず頭を掻いた。
勇者とはいえ、まだ少年だ。見た目以上に幼い頑固さがあることなどよく知っている。こうなったら、梃子でも動かないだろう。