こわれないものラジカセが壊れた。
少し前から音が飛んだりCDを読み込まなくなったりしていたので、もうだめかなと薄々思ってはいたが、とうとうどのボタンを押しても反応しなくなってしまった。
「だめかあ」
「だめみたいだな」
よく執務室で一緒に仕事をするはじまりの一振りである山姥切国広と顔を見合わせた。彼はラジオを聞き流すのが好きだったからか、少し残念そうな顔をしていた。
「今日がこいつの寿命だったんだろうな」
国広のその言葉に私は頷いた。
「うん。仕方ないね」
「俺よりも先輩だったからな」
むしろよくもってくれたものだと思う。
このラジカセは、審神者になるよりもずっと前、実家を出る時に持って来たものだ。もう時代遅れかもしれないが、私はこれでCDを聞いたりラジオを聞いたりするのが好きだった。
物はいつかは壊れる。頭ではわかっていても、長く使っていた物ほど寂しいものだ。
仕事を終えた国広が執務室を出ていき、私はひとりで残りの仕事に向き合っていた。
いつも流していたラジオが聞こえないと、静かすぎて落ち着かない。PCからタイムフリーのラジオを流そうか……と考えたが、どうも気乗りせずにやめた。
未練がましくもう一度ラジカセの電源ボタンを押すも、やはりなんの反応もない。
「はーー仕方ないね!!仕方ない!!」
自分を納得させるためにひとりで大声を出していると、執務室の外から「主」と呼びかける声が聞こえた。
「はい!どうぞ!」
聞こえてたかな。聞こえていたら恥ずかしい。
「失礼する」
近侍の大包平だ。
「今日の日誌を書き終わったので持って来たのだが……。何かあったのか」
大包平が少し迷ったように言った。やはり聞こえていたらしい。恥ずかしい。恥ずかしさを誤魔化すように私は早口で答えた。
「大声出してごめん!実はラジカセが壊れちゃって。長く使ってたから寂しいなーって。それだけなんだけどね!いつかは壊れちゃうものだしね、仕方ないよね」
「そうか」
大包平はラジカセを静かに見つめた。一呼吸置いてこちらを向く。
「大事にされているものは見ればわかる。ずっとこいつは主に大事にされているのだなと思っていた」
真面目な顔でそう言った。
「物はいつか壊れる。だが、大事に使ってもらえば、それだけ応えたいと思うものだ。きっとこいつもそうだったはずだ」
「大包平……」
「大事に長く使われるということは、幸せなことだと俺は思う。こいつがどう思っていたかは、分からんがな」
大包平はふっと笑った。
「うん……。そうだったらいいな。今までありがとう」
私はラジカセをそっと撫でた。
付喪神が宿るほど年老いてはいない、まだぴかぴかしているけれど役目を終えてしまったもの。
寂しいことには変わりないけれど、大包平の言葉が胸にすっと沁み込んで、軽くなった。彼のまっすぐな言葉はいつも私の胸にきちんと届く。
私は、あといくつのものの最期を見届けるのだろう。
今までだって何度もこういう別れがあったけど、審神者になってからは、より「もの」との別れについて考えてしまうようになった。
きちんと大事にしてあげられただろうか。私がこのものの主でよかったのだろうか……。
目の前にいる、千年の間大事にされてきた美しいものを見る。このひとは、ものでありながらものではない。
「……俺はそう簡単には壊れんぞ。大事にしてもらっているからな」
まるで私の考えを見透かしたように少し笑って言った。
彼の「もの」らしい言葉に少しどきりとするが、大事に思っていることが伝わっているようで嬉しかった。
大包平の刀身を初めて見た時のことを思い出す。大事にされてきたものというのは、こういうものなのだと強く思った。
「あのね……私、大包平の刀身を初めて見た時、ああものすごく大事にされてきたんだなって思ったの。だから、私も大事にしたいって、思ってるよ」
ものとしてじゃなくて、大事なひとだって思ってるよ。
そこまでは、言えなかった。ずるいかもしれないけど、それでも伝わってくれたらいいなと思って大包平の目を見た。
「ありがとう。……ちゃんと伝わっているぞ、お前の想いは」
いつもの真面目な顔。どこまで伝わっているかはわからないけど。
「それなら、よかった」
大事にされているものは見ればわかる。
それは大包平だってそうだ。私もそう言われるに足る主でありたい。
「これからも大事にするね」
「ああ、よろしく頼むぞ」
そう言って大包平は笑った。