テストこの終末の片隅に
「いかないでくれ」
細く節ばった指が、弱々しく服を掴んでいた。
もはや世界に希望はなく、人々は終わりに向かう世界をただ眺めていた。
きょうもどこかで悲鳴が上がり、真っ赤な炎と黒い煙がごうごう音を立てている。ひとつの強大な畏怖のもとに、人間はひれ伏すしかなかった。
それでも立ち上がる人間がいた。人々を救おうと武器を取り、立ち向かう者たちがいた。男が引き留めた彼も、そのひとりだった。
彼が戦場へ向かうことを、男は良しとしなかった。男にとって彼は唯一の存在である。どこにもいかず、ずっと自分のそばにいてほしいと願っていた。
「いくな。君は俺様のものだ。俺様の傍を離れるな。戦いなんていかなくていい」
いつも命令した。懇願した。けれど彼は一度も聞いてくれたことはない。男の手を振りほどいて、走り去ってしまう。
どうして、どうして。どうして自分を置いていってしまうのだ。そんなに男以外の人間が大事か。
「どうして有象無象の愚物のために、君が戦わなければならないのだ」
「有象無象のためなんかじゃない」
彼は男を見ていた。外から漏れる光を受ける彼は、まるで本物の救世主だ。その姿が、男の胸を締めつけた。
「他の誰でもない、あんたのためだ。あんたを死なせないために、俺は戦い続けるんだ」
「俺にとって、あんたは唯一の人だ。俺はあんたを死なせたくなくて戦うんだ」
「でも、もし最期の時が訪れたら」
「俺はあんたの隣で死ぬよ」
そのために、ちゃんと戻ってくるよ。彼はそう言って男の手を離れていく。
分かっている。あんなに弱い力で掴んでも、彼は簡単に離れてしまうこと。
これは非科学的な祈りや願いと呼ばれるもの。この絶望が覆いつくす世界で男に残された唯一の希望。
男は今日も、彼の帰りを待っている。