クラウザー少佐が生きていた。
にわかに信じ難い報告に、レオン・S・ケネディは一瞬言葉を失った。
あの時自分が彼の命を奪ったはず。
あの時、確かに彼は事切れたはず。
3度ほど瞬きをして、レザーのジャケットを羽織る。足先は報告を受けた彼の居場所とは、真逆の方向へ向かっていた。
*
翌日の夜、一通りの確認を終え、ハニガンに教えられた病院の廊下を歩いていた。この病院が纏っている空気は重く苦しい。あちらこちらでうめき声がする。精神を病んだ者の声が多い。おおよそ普通ではないことは、誰が見ても明らかだ。
一般的な病棟とは明らかに雰囲気が違う。それもその筈、ここに詰め込まれた患者たちは、社会から全うな扱いを受けることを拒絶された者達だからだ。
――いや、彼に至っては拒絶したのかもしれない。
彼は犯罪者だ。大統領の娘を誘拐し、懸命に生きようとした男の命を奪った。許される筈がない。許される、筈がない。
ぴたりと、ひとつのドアの前でレオンは足を止めた。
彼は犯罪者だ。それと同時に、自分の師でもある。
これから会う事に迷いがないわけではない。ただ、無性に会いたい気持ちが込み上げてここまで来たのだ。
自分の行動の先はきっと正しい結果が待っている、後は信じて進むだけだ。
レオンはいつだって、そうやって生きてきた。
*
ガチャリ。
ドアノブを捻り、重いステンレス製のドアを開けた。
こじんまりとした薄暗い病室に、シンプルなベッド。さぞ生命維持装置や拘束器具などを持ち込んでいるものだと思っていたので、あまりの簡素な病室に、レオンは少々拍子抜けした。
「…クラウザー」
呼びかけに対し、クラウザーと呼ばれた男は無反応だ。
ベッドに横たわり、ただ黙って低い天井を見上げている。
「生きてたんだな」
一歩、一歩とぐっと踏みしめるように足を彼の方へ向ける。
「俺だ、レオンだ。分かるか?」
「分かるに決まっている」
やっと口を開けた。誇り高く、常に闘志を燃やしていた青い目は、今はただただ虚ろなガラス玉のようだった。そのガラス玉はレオンを見ることなく、天井の一点を見つめている。
「仕留めそこなったな。今のあんたには、この現実は地獄だろうか」
「…」
「俺が刺したところに寄生体が居て、寄生体だけ駆除できた…なんて、そんな上手い話は無いよな?」
「…」
「だけど、俺やアシュリーが生きてることは奇跡だ。奇跡はあるんだと思う。」
あんな年代物の機械でプラーガの除去手術をしたのだ。無事でいられる保証なんてどこにもない。それが二人共五体満足で生存できたことは、奇跡以外ない。
その奇跡が、少佐に起こったとしても――別に不思議でもないかもしれない。
奇跡を体感したであろう、憔悴した顔の元軍人は、ようやくレオンの方へ顔を向けた。
「今ここで、俺を殺してくれても良いんだぞ?」
「はっ、俺まで犯罪者にさせるつもりか?」
腰掛けるような椅子も無いため、レオンはベッドに腰をおろした。
「一ヶ月、養生させるそうだ」
「…?」
「一ヶ月経ったら…取り調べを受けてもらう」
「…構わん。死刑だろうが終身刑だろうが、どちらでも、もう構わん」
生きることさえ諦めたようなその青い目は、レオンから視線を落とし、また天井を見上げた。
「我ながらしぶといな。もう何も残ってないというのに。」
「その事だが…」
レオンはここにきて、初めて迷いを見せた。形の良い唇をきゅっと結んだ。そして深呼吸をひとつ。
「…?」
「グラハム大統領と話を着けてきた。あんたを、見逃してやってほしいと。」
さっきまで無表情だったクラウザーの顔が、見る間に赤くなった。赤くなった途端、怒りに任せて枕をレオンに叩きつけた。
「自分が、何を言ってるのか解っているのか!?」
「…ああ。」
「ふざけている!馬鹿げている!お前は…そんな事をする奴じゃないッ」
「その台詞、そっくり返すよ」
あんただって、あんな事する人間じゃなかっただろう――?
レオンの胸ぐらを掴もうとしたクラウザーの手が止まる。行き場を失った右手を、彼は力なくシーツに落とした。
「ふざけている」
「俺もそう思う」
だが、驚くほど話は進んだのだ。殺人を犯し、婦女子――我が娘を誘拐した犯人を、大統領は許したという。そんな甘っちょろい話があるかと、クラウザーは唸った。レオンとアシュリーがグラハム大統領に直訴したとして、一国を担うリーダーがこんな馬鹿な判断をするはずがないだろうと。
だが、あの村、あの島で起こったことはごく一部の人間しかまだ知らない。いくらでも話は変えられてしまう。そう、あの忌まわしいミッションのように。
「良くも悪くも、話は書き換えられるもんなんだな」
「…いっそ、死刑にしてくれた方がありがたい。俺には、もう惜しいものは…」
「クラウザー」
シーツに落ちた彼の右手を、レオンの右手が覆う。
「…償いにも、色んな形があると思う。折角助かったんだ。俺は…あんたに…生きてほしい」
あの遺跡で、彼にトドメを刺す時心を決めた筈だった。
死にたい彼に生きろというのは、どれほどエゴで残酷な事かは解っている。
だが奇跡が起こったのだ。縋って当然だろう。縋りたくて縋りたくて、本当は仕方なかった。
「生きてほしいんだ、あんたに」
「…よせ」
「許される筈がないのは理解してる」
「よせと言っているッ!!」
「理解しているが――理解できないんだ」
「黙れッ!」
今にも殴りかかりそうになったクラウザーを制し、レオンは彼の胸ぐらを掴んだ。
「理解できないんだ。この気持ち」
そう言って、彼にキスをした。